18.***黒葉***

 はぁ……大きな溜め息を吐いて、机に突っ伏した。まだ熱が下がらぬ真桜だが、陰陽寮のあまりの忙しさに駆り出されたのだ。


 天地の均衡が崩れ、大量に発生した幽霊らしき妖に怯える貴族にとって、都一の陰陽師を休ませておく理由はない。それが彼の体調不良であっても、気遣う繊細さを求めるのは無理だった。


 とにかく自らの保身が一番なのだ。


「あと何枚?」


 寝込む時間すら削られた真桜の声は掠れていた。体調の悪さと激しい眩暈で、さすがに外回りは免除してもらった真桜だが、代わりに式紙を大量に作成する破目になった。眉を顰めるアカリが、作成済みの式紙を確かめる。


「あと50枚程か」


「げっ……」


「大人しく寝ていろ。俺が作る」


 主人である真桜を庇う発言をするアカリだが、彼の前にも大量の紙が積み重ねられていた。これらはアカリの割り当て分だ。白紙の札をひらひら持ち上げ、彼らは顔を見合わせる。


「あのさ、屋敷すべての部屋に札を貼るのって無駄だよな」


 遠まわしに、全員が一室に集まってくれたら作る札の枚数は激減すると示唆する。陰陽寮の誰もが同じ意見だが、貴族が従う筈もなく押し切られていた。


 男女が同じ部屋にいること自体はばかられる世の中だ。使用人から屋敷の主や姫まで全員を同室に放り込むのは、いくら緊急事態でも納得するわけがない。分かっていても愚痴は口をついた。


「確かにに札を使う必要はない」


 アカリの指摘に、真桜は熱に浮かされた頭で理解に努める。屋敷ごとに結界で囲うより、この都ごと覆った方が早いのではないか? 少なくとも札の数は減らせるし、多少霊力が不足するが……補う方法はアテがある。


『……真桜さま』


 幼い頃から知る守護者の呼びかけに、熱に潤んだ青紫の瞳が空中へ向けられた。幸いにしてこの部屋にはアカリと2人――正確には華炎もいるので3人――なので、不審な目で見られずに済む。


 闇の神族の眷属である黒葉くろばを視れるのは、かなり霊力が高い人間か神族だ。今上帝はもちろん、陰陽寮でも黒葉を視認できるのはわずか数名だった。


「どうした?」


『結界が崩れた洞穴以外から、死者が溢れています。お力をお貸しください』


「別の……穴?」


 真桜が眉を顰める。黄泉比良坂よもつひらさかは洞穴であり、黄泉と地上を繋ぐ唯一の出入り口だった。根の国へ向かう1本道である通路以外から魂が逃げるとしたら……。


「えっと、つまり……あれか」


 言霊ことだまおそれてにごす真桜が肩を落とした。

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