17.***黄泉***

 黄泉比良坂よもつひらさか――生者と死者をわける坂を、亡者の群れが這い登る。抑えるはずの結界が消えた境を、彼らはやすやすと越えてみせた。


 本来ならば死者を弾く境は、あっという間に黄泉と化す。


≪参りましたね≫


『結界が消えた原因は?』


 黒衣をゆったり捌いて厳しい声をあげる闇の神に、黒葉は首を横に振った。まったく原因がわからない。それゆえに打つ手がないのだと、お手上げの状況を示した。


『……やはり均衡が崩れたためか』


 切欠きっかけはアカリが降りたことだ。本来、光の神族であるアカリが地上に降臨出来る筈はなく、けれど彼はあっさりと降りた。この時点で天と地の均衡はすでに崩れていたのだろう。


 不安定な地上にアカリのみならず、光の神将たちが続いた。さらには最上神の天照大神までが。ここがおかしい。彼女が降りられるほど、地上は清らかではなかった。


 人である闇の巫女との間に生まれた息子に会いに立った地上は、明らかに偏っていたのだ。いつから均衡が崩れ、何が原因か。まったく分からぬまま、ついに結界は崩れて消えた。


≪地上で何か起きなかったか、調べてまいります≫


真桜あれに聞くがよい』


≪はい≫


 大地を示すブロンズ色の髪を揺らし、黒葉は一礼して消える。大きな刀を左腕に呼び出し、闇神は優雅に構えた。闇の色に染まった刃は光を弾かず吸収する。


『これより先は、我が妻が眠る墓所に続く。亡者ごとき触れさせるわけに行かぬ』


 彼の断言は言霊となって暗い坂に響き渡った。足を止めない亡者に、闇の神は冷たい笑みを浮かべて刀を振るう。出口で光を背に立ち、足元に届いた者から遠慮なく切り捨てた。


『我が眷属よ、この痴れ者どもを消し去れ』


 応える声なき意志が、黄泉比良坂を埋め尽くす。亡者が踏みしめる坂のいたるところから黒衣の影が生まれ、死のかいなで魂を絡め取った。


 浄化を待ち、生まれ変わる筈だった魂たちを掴み、消滅させていく。闇の神族には死者の管理が一任されていた。つまり転生させるも消滅させるも、彼らの胸ひとつだ。


『愚かな輩だ』


 悲鳴を上げて斬られた魂を、哀れみをもって見送る。黒い刀で斬った魂は二度と黄泉還よみがえることはない。生前のおこない正しき魂であっても、どれだけ徳の高い魂も、この坂を護る主には関係なかった。


 ――亡き妻とやくしたのだ、人の世の秩序を護り続ける、と。

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