25.***事終***
―――二月後。
「早くしろ、遅刻するぞ」
駆け出した真桜が声をかければ、アカリが呆れたような顔で溜め息を吐く。暦盤を指差し、淡々と事実を突きつけた。
「……忌み日だろう。休みだ」
「え?」
仮にも陰陽師ともあろう者が情けない。
馬鹿にしたようなアカリの態度に苦笑した真桜の隣で、華炎が肩を竦める。
この結末を読んでいたのか、止める様子もなく華守流は食事の膳を片付けていた。アカリのいる生活にようやく慣れた式神だが、感じた気配に表情を強張らせる。
「あら……もう食事は終わりましたの?」
栗毛の少女は庭から中を覗きこみ、残念そうな声を上げた。
いい加減慣れた光景である。
『真桜さま……』
困ったような顔の黒葉の呼びかけに、大げさな溜め息を吐いた真桜が振り返れば……想像通りの人が立っていた。
「……闇王…」
『嫌そうな顔をするものではないよ、一応父親なのだから』
自ら一応と称する辺り、育てなかったことへの自責は多少なりとも感じているのだろう。
見回せば人間と呼べる者がいない屋敷の中は、半透明の闇神族…高天原の高貴な女神様、その眷属、人に使役される立場ながら神々の末席に属する式神など……錚々たる顔ぶれである。
「どうした? 真桜」
「いや、すごい面子だよなと思ってさ」
アカリの問いかけに答える真桜も、闇の神族と人の巫女が生んだ珍しい存在だ。他人のことは言えないだろうと思いながら、アカリは小さく笑みを零した。
「オレさ、賑やかなの好きだぜ」
にっこり笑った真桜の一言に、とんでもない声が混じった。
「僕たちを無視して楽しそうですね」
奥殿に篭っている筈の今上帝――山吹の君とその妻――瑠璃の姫を振り返り、真桜の笑顔が引き攣る。
「どうやって…ここに…?」
「抜け出すのは簡単ですわ。あら……御機嫌よう、天照様」
「お久し振りね、瑠璃の姫」
闇、光、人のそれぞれ頂点に立つ人物が勢ぞろいした屋敷で、家主はがくりと肩を落とした。
ある意味、この中で一番常識的な感性の持ち主である。我が家さながら寛ぐ神や帝相手に抗議する声は、自然と呟きに近くなった。
「ここは、オレの屋敷だぞ……」
ぼやいた陰陽師の唇は、美しいアカリの唇に奪われ……気づいた面々はそっと移動を始める。夢中になった接吻けを解いたとき、周囲は完全に無人だった。
「あれ?」
不思議そうに見回す真桜の首に、白い手が絡みつく。再び接吻けを強請る神様を抱き寄せ、陰陽師はつかの間の幸せに酔った。
この後、散々からかわれる未来を知らぬままに……。
――終――
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