31*ツンデレとカナヅチ

 ホームの先端の最も暗かった処。タカヒメ、イヅメの隠れてた処の壁に、出演者控室と書かれた紙が貼ってある。壁に寄せられた祭壇上に玩具のボタンがあり、押すと「へぇ」という音とともにホームが明るくなる。結界が無くなる。ふざけてる。


 新大阪駅は平穏を戻す。現世の構内に居る人々が、倒れてる人に気づく。騒めく人々をすりぬけ、駅を出ると、平穏な大阪の朝の街。

 近づいてくるオオクニヌシさんとワカヒコくんが見える。手を振る。ワカフツヌシさんに抱えられたタカヒメが暴れる。恥ずかしいから降りたいようだ。満身創痍なのにワカフツヌシさんは譲らない。疲れたスサノヲさんは地面に寝てる。置かれたため、戦況が見えなかったクエビコさんが、スサノヲさんに色々と聞く。スサノヲさんは欠伸。

 ワカヒコくんが走ってくる。タカヒメを通り過ぎ、私に抱きつく。タカヒメが暴れる。ワカフツヌシさんが諌める。私は見た。ワカヒコくんが通り過ぎるとき、横目でタカヒメを見たのを。

 オオクニヌシさんが私に頭を下げる。頭上をふよふよとキューピーちゃんが浮かんでる。オオクニヌシさんを叱ってるようだ。私は笑う。


***

「ホホホ。イヅメ様。やられちゃいましたね、門番」

「いーの。門番なんて腐るほどいるから。神代と現代のコラボ、みんなゴーゴー計画もOK牧場。帰ろう、帰ろう、カラスが鳴く前に帰ろう」

「ハハハ。あれ、逃がしちゃっていいんですか」

「バッチグー。ワカワカがいるかぎり、また会える。それと……」

「フフフ。もしかして、もしかしたら」

「ハッピーサプライズがあるかも。キャハ」

「ホホホ。さっすがイヅメ様。ぬかりありません」

「イヅメの気遣を喜んでくれるかな、クソ地祇は」

「ハハハ。あったり前田のクラッカーですって」

「フフフ。イヅメ様に掛かれば、地祇なんて。ねー、ソコツミ」

「ホホホ。赤子の手をひねるような感じ」

「フフフ。おちゃのこさいさい」

「ハハハ。へのかっぱー」

「余裕のよっちゃんよ。仲のいいイワイワがやられちゃったから、タヂタヂ……って弱そうね。えーと、たっちゃん。たっちゃん、がんばって。イヅメを甲子園に連れてって」

「……」


***

 新大阪駅でなにがあったかの整理。

 イワドノヲを倒したタカヒメは、イヅメの呪術に陥り、古の戦のときの記憶に戻った。剣を構える戦神は天ツ神に見え、倒さないと倒されるという強迫観念にかられた。ワカフツヌシさんは、とまどい、苦戦を強いられ、戻ってくる私達を待ったらしい。ワカフツヌシさんの情報。

 タカヒメが大阪で泊まってた比売許曽神社は、イヅメを祀る高津神社の摂社。また、生國魂神社の近所で、けっこう2柱は因縁があったらしい。クエビコさんの情報。追加情報で、クエビコさんに言われて難波碕の顕彰碑を調べたが、大阪天満宮にあった。顕彰碑は大阪城の南方に建てるべきらしい。どうでもいい。

 タカヒメは呪術に完全に陥ってなかった。投げた短剣でスサノヲさんはわかり、イワドノヲと戦った。戦う前に武器を捨てる武神は居ない。短剣は合図だったらしい。スサノヲさんの情報。

 しかし完全に陥ってなかったら、私達と戦う必要なない。イヅメが居なくなったら、振り返ってイワドノヲを倒せばいい。なのにワカフツヌシさんを倒し、私を倒そうとした。ワカフツヌシさんに意見を聞いた。タカヒメが『永遠の貸しだ』と呟いたら、ワカフツヌシさんは黙った。もう聞けなかった。スサノヲさんを信じたいけど、完全に陥ってたと願う。

 私はツクヨミに成ってたらしい。スサノヲさん、クエビコさん、ワカフツヌシさんの情報。情報は正しい。私もツクヨミに成った記憶があるからだ。以上、整理終了。


 忘れてた。イヅメは、タカヒメと私達を戦わせた。ニギハヤヒ、ニウヒメさんもそうだ。じぶんは戦わず、他の神を誑かして戦わせた。大嫌い。私の感想。


 高く昇った陽の下。新大阪駅の駅前は車や人が行き交ってる。人の話す声、街の雑踏。しかし私達は隠世に隠れてるため、暗く、聞こえる音や声は篭ってる。

 肩を回し、背にノヅチの剣、腰に短剣を佩びる。指の関節を鳴らす。タカヒメの出立儀式。ワカフツヌシさんもボロボロの神衣を正し、太剣を佩びる。オオクニヌシさんに頭を下げ、私を見る。

「ワタシはイヅモに戻る。天ツ神が降りてきた。父神に代わり、イヅモの神々をまとめなければならない。ワカフツ、ワカヒコ、行くぞ」

 ワカヒコくんはタカヒメを見ない。

「ボクは行かない。ツーちゃんと行く」

「いいかげん、乳ばなれしろ」大きな声にワカヒコくんも驚く。

「タカヒメ、いきなりどならないで。そんな厳しい言い方はやめて。ワカヒコくんもトミビコさんを亡くし、色々と思うことはある。まずは理由を聞いてあげないと、だれもついてこないよ」

 トミビコさんも言ってた。

「タラタラと言ってたら、死ぬぞ。戦場で死にたくなければ、下は上の言うことを聞け」

「ここは戦場じゃない。ワカヒコくんはタカヒメの下じゃない」

「天ツ神は降りてきた。もう戦場だ。ワカヒコ、オマエはイヅモの神だ。そして古の戦でミナカタの兄神が負けたのは、オマエのせいだ。わかってるだろ」

 ワカヒコくんは俯いたまま、なにも言い返さない。なんかあったのかな。

「……もういい、ワカフツ、行くぞ」

 タカヒメとワカフツヌシさんが去る。ワカヒコくんはまだ俯いてる。強く拳を握ってる。オオクニヌシさんが言ってた。ワカヒコくんは、本心を話さないって。


 私達はトミビコさんの霊魂を祀るために、古の戦で眠ってた神社に向かう。オオクニヌシさんだけが知ってる。思いだし、隣のスサノヲさんの背を突く。

「スサノヲさん、後で、私の眠ってた神社も教えてね」

「お、おお」

 怪訝に私を見る。オオクニヌシさんが私を睨む。

 忘れてた。ま、いっかー。昔のツクヨミは昔のツクヨミ。今の私は今の私。気にしない。


 新大阪駅から大阪駅まで東海道本線で5分、鶴橋駅まで大阪環状線で15分、桜井駅まで近鉄大阪線で40分、三輪駅まで桜井線5分。合計65分。乗換、徒歩を含め、約90分間。


 車中で勉強。神話(神代)は現実(現代)に続いてる。神話を学べば、現実で勝てる。天ツ神に勝てる。まずはアマノクメ組。久米御縣神社に祀られてる。神話でイヅメが率いたクメ水軍。一説に、九州北部のアヅミ族といわれる。出自不明。和多都美神社、後に志賀海神社が本拠地。オオワタツミを崇める海人族。オオワタツミ、聞いたな。山のサチヒコに媚びた古の神だ。

「ねえ、スサノヲさんは、なんで海原を治めなかったの?」

 せっかく、地球の70%の領地を貰えたのに。

「あ、いや、その……」

「ス、スサノヲは、泳げない。い、いわゆるカナヅチだ」

「クエビコ、オマエ……ッ」

 クエビコさんの布で作った顔を握りつぶす。口の処のへの字がひしゃげてる。たぶんニヤついてるんだろう。

「へえ」

 新大阪駅のホームで拾った玩具のボタンを押す。スサノヲさんが睨んでるが、私は気にせず、スマホを弄る。つぎはイヅメ。神話で、マガツヒさんが生まれたあと、禍いや穢れを直す神とともに生まれる。凶事を吉事に直す巫神。凶事の神と吉事の神の間に立つ巫神。善神っぽいプロフィールなのに。本拠地は……。

「クエビコさん、イヅメの本拠地は大阪から奈良へと移ってる。香具山の周辺だって。ちょっと離れた処の鳥坂神社に祀られてる。橿原神宮の近所」

 神話で、宇陀(菟田)で山を降りた天ツ軍。初瀬街道を進めば忍坂、そして三輪に着く。国ツ軍の軍形を確かめようと高倉山に登って想定外の軍勢にびっくり。慌て、イヅメが斎主となり、香具山の土で斎器を作り、顕斎(うつしいわい)を行い、タカミムスヒの神威を得る。

 タカミムスヒは天ツ軍の守り神、司令神。タカクラジに天ツ軍に神剣を渡すように命じたり、ヤタノカラスに天ツ軍を導くように命じたり。そしてなんと天ツ軍の進軍前にニギハヤヒに降りるように命じてる。ニギハヤヒは天ツ軍に大和国を譲ってる。過保護なタカミムスヒの御蔭で天ツ軍は古の戦に勝ち、大和国を奪った(貰った)。だいたい、オオクニヌシさんが作った中ツ国を奪ったわけだから、ジャイアンと変わらないよね。

「カ、カグ山?……お、思いだした、ツクヨミ。ア、アスカだ」

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