30*ツクヨミの覚醒
「ボロボロの舞。ふざけた名だが、恐ろしい舞だった」
シコヲさんが翔んでくる。結界が破られ、ワタツミ三女神が退いたという。
「し、新大阪駅はどう、なった」
「知らない。オオクニの記憶を継いだのはナムヂだ」
結界の中心は新大阪駅。
顕彰碑を介し、私達の行動を知り、合わせて結界を張り、ヒダルに冒されたニギハヤヒを遣る。イヅメの神威は別天ツ神以上という。
「タカヒメ、ワカフツヌシさんが危ない。スサノヲさん、連れてって。クエビコさんも一緒に。シコヲさん、ニギハヤヒを上之社に。ニウヒメもいるはず。ワカヒコくん、教えてあげて。そしてトミビコさんの傍にいてあげてほしい」
「ツーちゃん、タカちゃんを、タカちゃんを」
「大丈夫、タカヒメは私が守る」
*
平穏な大阪の街。まもなく夜が明ける。
陽の沈む夕刻の黄昏時は、誰そ彼(タソカレ)時。暗くなり、顔の見えない人に声をかけ、他所者を見つける。そして陽の昇る朝刻を彼は誰(カワタレ)時という。まだ暗い時刻に歩く人に声をかけ、不審者を見つける。闇夜に潜む鬼が居なくなり、人が最も畏怖を感じるのは、同じ人という。
夜が明け、不穏な新大阪駅が浮び上がる。暗い闇、黒い霧に包まれてる。
通り過ぎる人々は見えない。見えなければ不穏を、畏怖を感じない。見えてるのは、いつもの新大阪駅。人々は、もうひとつの新大阪駅があると気づかない。しかしイヅメに時間と空間を抂げた瞬間に居た人々が倒れてる。タカヒメとワカフツヌシさんが戦ってる。
「なんで新大阪駅なんだろう?」
「イ、イヅモからキイへのオレ達の行動の、中継点にあった。イヅメの本拠地は、ナ、ナグサ、後にナニワだ。ナニワのどこでも良かったと考える。古の戦も、考えた戦術でなかった」
「え、イヅメも和歌山なの?」
「は、はっきりしないが、そうだ」どれだけ神様がいるの?
駅構内に入る。体に纏わりつくような湿った空気。床が濡れ、粘ってる。
「しがみつかれる感じね」
「ヨモツシコメのようだな」スサノヲさんが笑う。
よくわからないので、スルー。
音も声も聞こえない。不穏度倍増。倒れてる人々を避けながらホームに向かう。
「戦は終わったのか」
スサノヲさんは鼻を動かす。鼻で神威を嗅ぐらしい。さすが鼻から生まれただけある。
戦った処にタカヒメも、ワカフツヌシさんも居ない。黒い影も居ない。結界が破られたからか。なのに暗い。私達が隠世に隠れてるからか。
「クエビコさん、ここの結界も無くなったのかな?」
「な、無くなってない。現世の、ひ、人が居ない。倒れてる人が居る。どこか結界の、ちゅ、中心となる祭壇があるはず」
「強い神威がふたつ」
スサノヲさんが暗いホームの先端を指す。イヅメが居た処だ。
「知ってる神威だ。それとヒダルの匂い」
スサノヲさんが長剣を構える。
タカヒメとワカフツヌシさん?
それともアイドル女神と親衛隊隊長&世紀末覇王男神?
いや、イワドノヲはタカヒメが倒した、はず。
「兄神、退がれ」
スサノヲさんの叫び声を遮るように剣が飛んでくる。スサノヲさんが弾く。
転がった剣は、タカヒメの短剣。
***
『ダメだよ、タカタカ。やっちゃおうよ。ファックユーだよ。なに、いまさら。にえきれないな、よーし、イヅメが勇気と神威をあげる。がんばっ……』
『……タケフツヲを葬る。そして高天原の最強の剣神となる。待ってろ、タケフツヲ……』
『イワイワ、ブツブツとうるさいな。気が散るじゃん。すぐに葬らせてあげるから。鬼術が終わるまで黙って』
***
「遅かったな、天ツ神」
暗闇に現れたのは、虚ろな目のタカヒメと、横にワカフツヌシさんでなく、黒い影を纏ったイワドノヲ。ともに傷だらけで、イワドノヲはタカヒメに斬られた大きな剣傷がある。
「イワドノヲはヒダルに冒されてる。タカヒメはわからない」
「ちょっと、スサノヲさん、どういうこと?」
結界が破れ、黒い影は生じなくなったはず。ワカフツヌシさんはどこに。
「あ、あの剣神はかなり、強欲のようだ。ヒダルに冒されたのでなく、ヒ、ヒダル衆と化してる。タカヒメは、あ、操られてる。イヅメの呪術だ。さ、刺田比古神社でイヅメと会ったと考えられる。気を許すな、ツ、ツクヨミ」
タカヒメとイワドノヲが迫る。速い。ノヅチの剣と2振の両剣が襲う。スサノヲさんがノヅチの剣を弾く。しかし両剣はスサノヲさんの両足の太腿を斬る。苦痛で屈む。イワドノヲは斬りつけた両剣を抜きたいが、抜けない。スサノヲさんは屈み、同時に両剣の柄を握り、押さえつけてる。ふんばる。
「ど、どうした、高天原の最強の剣神」
イワドノヲは両剣を抜かず、逆に傷口に押し込む。スサノヲさんも逆に引き離すが、押し込む力のほうが強い。傷口は深まる。
「天ツ罪を犯し、高天原を逐われた最弱の武神スサノヲか。ミカヅチヲ、タケフツヲの認める武神の力を知っておこうか」
「さすが現役の天ツ神、ヒダルと化しても自我を失わないとは」
「オレは高天原の最強の剣神。最弱の武神スサノヲ、最強の剣神に葬られろッ」
「スサノヲさん、危ない」
スサノヲさんの後にまわったタカヒメがノヅチの剣を振り下ろす。
「……ッ」
タカヒメが弾かれる。
「ワカフツヌシさん」
ワカフツヌシさんがタカヒメにぶつかった。ホームの下に隠れてた。
体中が剣傷だらけ。黒色の迷彩服は血で赤く染まってる。スサノヲさんが横目で見る。
「フツ、寝てたらどうだ」
「いえ、充分に休ませていただきました」
「そうか、来たとき、神威を感じなかったぞ」
「はい、好機が来るまで、見つからないように抑えてました」
「言いようだな」
「はい。しかしスサノヲ様の足をひっぱりそうです」
タカヒメがワカフツヌシさんに斬りかかる。ワカフツヌシさんの太剣がノヅチの剣を受ける。両端が剣になってる両剣も、曲剣のノヅチの剣も接近戦に弱い。一撃を躱せば接近戦になる。
「タカヒメ様、目を覚ましてください。従神ワカフツヌシです」
タカヒメはワカフツヌシさんをわからない。タカヒメは間合を取るために退がる。ワカフツヌシさんはタカヒメのノヅチの剣を受けるだけで戦わない。
「……イヅモは天ツ神に渡さない……」
「い、今のタカヒメは、戦神は、す、全てがイヅモを奪った、仇の天ツ神に見えてるらしい」
そうか。
「タカヒメ。私よ、ツクヨミよ。しっかりして」
タカヒメが私に気づく。ノヅチの剣の切先向ける。
「え、私?」
走ってくる。ノヅチの剣を大きく振り上げる。瞬間、ワカフツヌシさんが駆け寄ってノヅチの剣を弾くが、勢い剣を落とし、転げる。左手を付いて起きあがるが、苦痛で体を崩す。
「バ、バカか、ツクヨミは、仇の天ツ神だ。それもワカヒコを誑かした、こ、恋仇だ」
「……こ、恋仇」恥ずかしい。
「……そうか、オマエがツクヨミか……」
タカヒメは退がり、ノヅチの剣を構え直す。ゆっくりと歩いてくる。
鼓動が高まる。
幾度と危機はあった。殺されそうになった。恐怖を感じた。
……違う、この感じ。
「……そうだ……」
私はクエビコさんを置き、ワカフツヌシさんの太剣を拾い、構える。
「ツ、ツクヨミ、なにする。オマエ、剣を、も、持ったことないだろう」
目を瞑る。息を整える。ゆっくりと吸い、ゆっくりと吐く。
なにか。もやっとした脳がすっきりとする。ずっと朦朧としてたのに。
なにか。ブレスレットをつけた右腕に力が入る。重いはずの太剣なのに。
なにか。聞こえる。
《……めざめたとき、ソナタはツクヨミだ……》
タカヒメがノヅチの剣を構えながら走ってくる。
「兄神ッ」遠くでスサノヲさんが叫んでる。
「ツクヨミ様ッ」遠くでワカフツヌシさんが叫んでる。
「ツ、ツクヨミッ」遠くでクエビコさんが叫んでる。
黒色の太剣が金色に輝く。ツクヨミの心が、ツクヨミの力が私を変える。
「……そうだ、ワタシがツクヨミだ」
私はタカヒメが振り下ろしたノヅチの剣を受ける。刃先が鳴る。タカヒメの目を見る。
「タカヒメ、ワタシだ。ツクヨミだ。しっかりしろ」
タカヒメが目を大きく開く。瞬間。私はノヅチの剣を弾き上げ、太剣の柄頭でタカヒメの腹を打つ。タカヒメはノヅチの剣を構えながら気を失い、崩れる。私は崩れたタカヒメを抱え、床に寝かせる。
私はスサノヲさんとイワドノヲの処へ走る。走りながら叫ぶ。
「スサノヲ、ワタシが剣を振り上げたら手を離せ」
言いながら太剣を振り上げる。傷口に両剣を押し込まれ、必死に引き離そうとふんばってるスサノヲさんに手を離させる。私はスサノヲさんとイワドノヲの間に太剣を振り下ろす。両剣は斬り折られ、反動でイワドノヲは仰け反る。仰け反ったイワドノヲに切先を向ける。
「ヒダル衆と化した欲の深き天ツ神よ。欲を無くせと言わないが、抑えろ。抑えられないというならば、欲とともにオマエを斬る」
イワドノヲに纏った黒い影は消えない。
折られた両剣の片剣を両手に持ち、ゆっくりと立ち上がる。睨む。
「強き剣神の居るかぎり、オレは倒さなければならない。オレは高天原で最も強い剣神に成らなければならない。なぜならば……」
イワドノヲの両剣が左右から私を狙う。私は屈み、イワドノヲの横腹を斬る。黒い血飛沫。
「オ、オレは……高天原の四方の天門を……守る、神」
倒れる。
骸に纏った黒い影が消える。
「思い上がるな」
私は踵を返し、スサノヲさんに斬り込まれた両剣を抜く。
「あ、兄神……」
「久しぶりだな、スサノ……」
私は気を失う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます