11*ツクヨミの死
ツクヨミは、カラス衆を率い、天ツ軍の上陸地を定め、紀伊国熊野(熊野国)の山陰に隠れた。草香の戦と同じ。いや、熊野はツクヨミの本拠地。草香以上の勝戦を挙げられた。
しかし。
カラス衆のタカクラジがツクヨミを襲った。
そしてカラス衆の頭(カシラ)ヤタノカラスに導かれ、オオクニヌシ軍の陣所を避け、天ツ軍は、大和国忍坂に着いた。忍坂に構えたトミビコ軍は軍将不在のまま攻め入られた。後方の三輪に構えたニギハヤヒ軍の援軍はなかった。
*
『大神、タカクラジが参りました』
ニウヒメの後で控えるタカクラジが傅く。
『タカクラジィ。クマノの戦はよくやったなァ。ツクヨミの屍に縋るスサノヲを見たかったが、そんな暇はァない。天ツ軍を受け入れる用意で忙しくてなァ』
ニギハヤヒは硬くなってるタカクラジの両肩を握り、立たせる。
『カラス衆にィ背後を襲われ、慄くツクヨミも見たかったァ。なあ、ニウ』
『はい』
『それで天ツ神はァ、なんて言ってる。剣璽がないとォ大神は名のれない』
『はい、トミ族の長トミビコの首の献上が神剣下賜の条件と』
『偉そうだなァ、あいかわらず。神璽はどうしたァ。ツクヨミはァ持ってなかったのか』
『はい、持ってませんでした』
『……さっきからなんでオレサマの顔を見ない?キサマァ、なにか隠してるのか?』
タカクラジの乱れた襟を正しながら、耳元で囁く。
『天ツ神にィ、なにか言われたのか?』
『いえ、た、確かに持ってませんでした。ニギハヤヒ様に、隠しごとを……』
『お、お、か、み。大神だァ。まあいい。トミビコの骸は喪屋にある。義兄の首を刎ねる悪趣味はない。キサマが持っていけェ』
タカクラジが出ていき、ニギハヤヒはニウヒメを招く。
『いかがしましたか?』
『タカクラジはァ神に焦がれてる神人だ。神威も無い神人に赤の神衣はァ合わない。そしてェ。タカクラジは知りすぎてる。神剣を手に入れたならばァ、いいな、ニウ』
『わかりました』
『キサマはァ、ほんとうにかわいいな』ニウの頬を撫でる。
『お、大神ッ』
幕外でタカクラジが叫ぶ。
*
あるはずのトミビコの骸がない。血の跡は喪屋の外に続いてる。ニウヒメが屈み、血の痕跡を辿る。振り向き、タカクラジの手に着いた血痕を見つめる。
『だれか運んだようですね』
『キサマかァ』タカクラジを睨む。
『ワ、ワタシがニギハヤヒ様に……』
後ずさるタカクラジの右手が動いたとき。
『物覚が悪いなァァ』
ニギハヤヒの剣がタカクラジの胸を貫く。血反吐。凭れかかるタカクラジを払い、顔についた血を拭う。剣をニウヒメに渡す。
『……わかってる。この性格をォ直さないとな』
足元に倒れたタカクラジを見おろし、親指の爪を噛みながら、喪屋を歩き回る。
『せめて急所を外し、どこに運んだか聞いていただかないと』ニウヒメが窘める。
『うるさいィィ。わかってるとォ言ってるだろォォ』
『トミビコの骸は無くなり、代わりにタカクラジは骸となりました』
『こんな展開はァ思ってなかった』
『天ツ軍に説明は難しそうですね。……いかがしますか?』
血を拭った剣をニギハヤヒに渡す。
『ニウ、後はァ頼む。先に逃げる』
『では、国ツ神に祟られ、死んだということに』
***
『こんなフカフカの寝床は何百年ぶりだろー』『スケールが違う』と笑いあった。
こんな展開は思ってなかった。
私の隣でニウヒメさんは眠ってる。私は疲れてるのに、眠りたいのに眠れない。
どうせ眠れないならば。スマホで調べる。
ほんとだ。神話でトミビコさんとニギハヤヒは義兄弟だ。ニギハヤヒは天ツ軍進軍前に、タカミムスヒの命で防衛や天ツ物部など、約40人と降りた。タカクラジはニギハヤヒの子神、または従神といわれ、ともに降りた人々をまとめた。柱でなく人、つまり神でなく人だ。ニギハヤヒは河内国、大和国を本拠地とした。トミビコさんを殺し、大和国を天ツ軍に渡した。トミビコさん、殺されちゃうんだ。ニギハヤヒは国ツ大神に成れなかったみたい。その後は出ない。
タカミムスヒは別天ツ神。カミムスヒ様と対になる神様。高木神(高木の神格化)。草木の生育を司る根源的日神と言われる。高天原の最高位神。出雲のホヒ族の神話で神王と呼ばれる。カムド族はカミムスヒ様が祖神。
ワカヒコくんも天ツ神に殺されちゃう。タカヒメ、タカヒメ、あった。亦名をシタテルヒメ。あれ、シタテルヒメって、さっき、ワカヒコくんと……な、なるほど。え、タカヒメはオオクニヌシさんの子神なんだ、オオクニヌシさん、結婚……してるんだ。フツヌシは出自は諸説がある。神名のフツは剣を振ったときの音で剣神といわれ、ミカヅチヲの持つフツの剣の神という説が推しみたい。出雲国は嵩神社に祀られてる。ワカフツヌシは出雲国の神話に出てる。ワカフツヌシもオオクニヌシさんの子神。
眼鏡好男子の、あの笑顔は、あのトキメキはなんだったんだ。枕を叩く。
「眼鏡アイテムに騙されるところだった」
改めて。スサノヲさんは知ってる。イザナギの禊で生まれた神様だよね。大気現象の生じる海神。なるほど。彗星の神、日食や月食を起こす暗黒の星神。日神、月神に対して辰(トキホシ)神、日月の交わる時間の神。よ、よくわからない。高天原で天ツ罪を犯した。出雲国の神話はあまり出ない。そうなんだ。クエビコさんは今も昔もカカシなんだ。あたりまえか。
でも、神話と現実は、設定も物語も違うよね。うーん。ニウヒメさんは……。
「眠れないのー?」ニウヒメさんが寝がえり、声をかける。
「色々と気になり、調べようと」
「……ほんと忘れたの?」
「まったく。ぜんぜん」
「なるほどー。ツクヨミは死んだということね」
「し、死んでません。生きてます。忘れてるだけです」
「忘れたなら、生きてる価値もないわけで、ほかに利用価値がなければ、殺されるわけだー」
「どういう意味ですか?」
「すぐにわかる。明日、早いからー。おやすみー」
ニウヒメさんは寝がえり、背を向けた。私も目を瞑る。がんばって眠ろう。
ワカヒコくんも、トミビコさんも神話は死んじゃうけど、現実は死んでない。でも、痛そうだった。斬られて、また斬られて。足を捻っただけで痛いのに。私だったら死んだほうが……。
私は蹲り、キューピーちゃんを抱えながら泣く。
「助けて、キューピーちゃん。助けて、父さん」
足も痛い。逃げたくても逃げられない。このまま、神話と現実が違いますように。
*
《……めざめたとき、ソナタはツクヨミだ……》
私を呼ぶ声。あの声じゃない。
周囲を赤く染めるのは、血。たくさんの骸の血。その中で私は倒れてる。死んでるんだろうか。意識があるから、生きてるんだろうか。暗い闇が迫り、黒い霧が包んでいく。このまま、死ぬんだろうか。頭上に舞う黄蝶。その上空を飛ぶ烏。啼く。黄泉に堕ちるんだろうか。ツクヨミは天ツ神じゃなくなったから、還れないんだろうか。逝くんだろうか。
私を呼ぶ声……。
「起きてー姫様」
ニウヒメさんの呼ぶ声で私は夢から現(ウツツ)へと還される。カーテンを開ける音。もぞもぞと起きあがる。朝の4時。
ホテルのチェックインが夜の0寺。ベッドインが1時。眠れず、悶々としてた。ニウヒメさんと隣室の男神はゆっくりと眠れたようだ。
「急がないとイヅモの神に捕われるからねー」捕われた身が、捕われるのか。
「どこに行くんですか?」
「キイ国。姫様とアタシの故郷よ」
なんで知ってるんだ。言ったかな。……ま、いっか。
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