11*ツクヨミの死

 ツクヨミは、カラス衆を率い、天ツ軍の上陸地を定め、紀伊国熊野(熊野国)の山陰に隠れた。草香の戦と同じ。いや、熊野はツクヨミの本拠地。草香以上の勝戦を挙げられた。

 しかし。

 カラス衆のタカクラジがツクヨミを襲った。

 そしてカラス衆の頭(カシラ)ヤタノカラスに導かれ、オオクニヌシ軍の陣所を避け、天ツ軍は、大和国忍坂に着いた。忍坂に構えたトミビコ軍は軍将不在のまま攻め入られた。後方の三輪に構えたニギハヤヒ軍の援軍はなかった。


『大神、タカクラジが参りました』

 ニウヒメの後で控えるタカクラジが傅く。

『タカクラジィ。クマノの戦はよくやったなァ。ツクヨミの屍に縋るスサノヲを見たかったが、そんな暇はァない。天ツ軍を受け入れる用意で忙しくてなァ』

 ニギハヤヒは硬くなってるタカクラジの両肩を握り、立たせる。

『カラス衆にィ背後を襲われ、慄くツクヨミも見たかったァ。なあ、ニウ』

『はい』

『それで天ツ神はァ、なんて言ってる。剣璽がないとォ大神は名のれない』

『はい、トミ族の長トミビコの首の献上が神剣下賜の条件と』

『偉そうだなァ、あいかわらず。神璽はどうしたァ。ツクヨミはァ持ってなかったのか』

『はい、持ってませんでした』

『……さっきからなんでオレサマの顔を見ない?キサマァ、なにか隠してるのか?』

 タカクラジの乱れた襟を正しながら、耳元で囁く。

『天ツ神にィ、なにか言われたのか?』

『いえ、た、確かに持ってませんでした。ニギハヤヒ様に、隠しごとを……』

『お、お、か、み。大神だァ。まあいい。トミビコの骸は喪屋にある。義兄の首を刎ねる悪趣味はない。キサマが持っていけェ』

 タカクラジが出ていき、ニギハヤヒはニウヒメを招く。

『いかがしましたか?』

『タカクラジはァ神に焦がれてる神人だ。神威も無い神人に赤の神衣はァ合わない。そしてェ。タカクラジは知りすぎてる。神剣を手に入れたならばァ、いいな、ニウ』

『わかりました』

『キサマはァ、ほんとうにかわいいな』ニウの頬を撫でる。

『お、大神ッ』

 幕外でタカクラジが叫ぶ。


 あるはずのトミビコの骸がない。血の跡は喪屋の外に続いてる。ニウヒメが屈み、血の痕跡を辿る。振り向き、タカクラジの手に着いた血痕を見つめる。

『だれか運んだようですね』

『キサマかァ』タカクラジを睨む。

『ワ、ワタシがニギハヤヒ様に……』

 後ずさるタカクラジの右手が動いたとき。

『物覚が悪いなァァ』

 ニギハヤヒの剣がタカクラジの胸を貫く。血反吐。凭れかかるタカクラジを払い、顔についた血を拭う。剣をニウヒメに渡す。

『……わかってる。この性格をォ直さないとな』

 足元に倒れたタカクラジを見おろし、親指の爪を噛みながら、喪屋を歩き回る。

『せめて急所を外し、どこに運んだか聞いていただかないと』ニウヒメが窘める。

『うるさいィィ。わかってるとォ言ってるだろォォ』

『トミビコの骸は無くなり、代わりにタカクラジは骸となりました』

『こんな展開はァ思ってなかった』

『天ツ軍に説明は難しそうですね。……いかがしますか?』

 血を拭った剣をニギハヤヒに渡す。

『ニウ、後はァ頼む。先に逃げる』

『では、国ツ神に祟られ、死んだということに』


***

『こんなフカフカの寝床は何百年ぶりだろー』『スケールが違う』と笑いあった。

 こんな展開は思ってなかった。


 私の隣でニウヒメさんは眠ってる。私は疲れてるのに、眠りたいのに眠れない。

 どうせ眠れないならば。スマホで調べる。

 ほんとだ。神話でトミビコさんとニギハヤヒは義兄弟だ。ニギハヤヒは天ツ軍進軍前に、タカミムスヒの命で防衛や天ツ物部など、約40人と降りた。タカクラジはニギハヤヒの子神、または従神といわれ、ともに降りた人々をまとめた。柱でなく人、つまり神でなく人だ。ニギハヤヒは河内国、大和国を本拠地とした。トミビコさんを殺し、大和国を天ツ軍に渡した。トミビコさん、殺されちゃうんだ。ニギハヤヒは国ツ大神に成れなかったみたい。その後は出ない。

 タカミムスヒは別天ツ神。カミムスヒ様と対になる神様。高木神(高木の神格化)。草木の生育を司る根源的日神と言われる。高天原の最高位神。出雲のホヒ族の神話で神王と呼ばれる。カムド族はカミムスヒ様が祖神。

 ワカヒコくんも天ツ神に殺されちゃう。タカヒメ、タカヒメ、あった。亦名をシタテルヒメ。あれ、シタテルヒメって、さっき、ワカヒコくんと……な、なるほど。え、タカヒメはオオクニヌシさんの子神なんだ、オオクニヌシさん、結婚……してるんだ。フツヌシは出自は諸説がある。神名のフツは剣を振ったときの音で剣神といわれ、ミカヅチヲの持つフツの剣の神という説が推しみたい。出雲国は嵩神社に祀られてる。ワカフツヌシは出雲国の神話に出てる。ワカフツヌシもオオクニヌシさんの子神。

 眼鏡好男子の、あの笑顔は、あのトキメキはなんだったんだ。枕を叩く。

「眼鏡アイテムに騙されるところだった」

 改めて。スサノヲさんは知ってる。イザナギの禊で生まれた神様だよね。大気現象の生じる海神。なるほど。彗星の神、日食や月食を起こす暗黒の星神。日神、月神に対して辰(トキホシ)神、日月の交わる時間の神。よ、よくわからない。高天原で天ツ罪を犯した。出雲国の神話はあまり出ない。そうなんだ。クエビコさんは今も昔もカカシなんだ。あたりまえか。

 でも、神話と現実は、設定も物語も違うよね。うーん。ニウヒメさんは……。

「眠れないのー?」ニウヒメさんが寝がえり、声をかける。

「色々と気になり、調べようと」

「……ほんと忘れたの?」

「まったく。ぜんぜん」

「なるほどー。ツクヨミは死んだということね」

「し、死んでません。生きてます。忘れてるだけです」

「忘れたなら、生きてる価値もないわけで、ほかに利用価値がなければ、殺されるわけだー」

「どういう意味ですか?」

「すぐにわかる。明日、早いからー。おやすみー」

 ニウヒメさんは寝がえり、背を向けた。私も目を瞑る。がんばって眠ろう。

 ワカヒコくんも、トミビコさんも神話は死んじゃうけど、現実は死んでない。でも、痛そうだった。斬られて、また斬られて。足を捻っただけで痛いのに。私だったら死んだほうが……。

 私は蹲り、キューピーちゃんを抱えながら泣く。

「助けて、キューピーちゃん。助けて、父さん」

 足も痛い。逃げたくても逃げられない。このまま、神話と現実が違いますように。


《……めざめたとき、ソナタはツクヨミだ……》


 私を呼ぶ声。あの声じゃない。

 周囲を赤く染めるのは、血。たくさんの骸の血。その中で私は倒れてる。死んでるんだろうか。意識があるから、生きてるんだろうか。暗い闇が迫り、黒い霧が包んでいく。このまま、死ぬんだろうか。頭上に舞う黄蝶。その上空を飛ぶ烏。啼く。黄泉に堕ちるんだろうか。ツクヨミは天ツ神じゃなくなったから、還れないんだろうか。逝くんだろうか。


 私を呼ぶ声……。

「起きてー姫様」

 ニウヒメさんの呼ぶ声で私は夢から現(ウツツ)へと還される。カーテンを開ける音。もぞもぞと起きあがる。朝の4時。

 ホテルのチェックインが夜の0寺。ベッドインが1時。眠れず、悶々としてた。ニウヒメさんと隣室の男神はゆっくりと眠れたようだ。

「急がないとイヅモの神に捕われるからねー」捕われた身が、捕われるのか。

「どこに行くんですか?」

「キイ国。姫様とアタシの故郷よ」

 なんで知ってるんだ。言ったかな。……ま、いっか。

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