第125話 神様のお勉強

 雑な自己紹介を終えた私たちは、とりあえず街道をそって隣町へと向かう。アレドニアの町で地図を確認させてもらったとき、隣町までは3時間程度で着くらしいことを知っていた。


「隣町はシハクだっけ? 銀行あるといいね。」


 退屈になった私がシンにそういうと、シンは苦々しい表情を浮かべて言う。


「……まあ、そこまで小さな町ではないらしいから、多分銀行はあるだろう。問題は、やっているかどうかという話だがな。」


 空に浮かぶ太陽をフード越しに睨みつけながら、シンは唸る。秋ではあるが、まだ日中は汗をかきそうになるくらいには暑い。早く涼しくなってほしいものだ。

 そんなシンに、デリットは声をかける。


「シハクの町はミハイ様とともに訪れたことがあったので、疫病の心配はしなくても。ですが、街を治める貴族に対して暴動があったらしく……正直、銀行が正常に動作しているかまでは……。」


 言いよどむデリットさん。それを聞いたシンは、ピクリと体を硬直させた。

 あーあ。運が悪いね。私がそう思っていると、シンは顔を引きつらせてデリットさんに言う。


「おい待て。? 俺たちはそのミハイ様とやらの恨みを買っているのだから、まずいだろ。行くなら別の町だ。」

「あ……そうでしたね。ですが、ここいら一帯の町には診療のため回ってしまいましたし……。」


 シンに引き続くように顔を青くするデリットさん。私は首をかしげて言う。


「え~、そこまでする? 別に大丈夫じゃあないの?」


 思わずそう言った私に、デリットさんは「ありえない」という表情を浮かべ、シンは深くため息をついて眉間を抑えた。何で?


「お前……常識知らずも大概にしておけよ。殺されかけたのだぞ?」


 あきれたという表情を浮かべてそう言うシンに、私は思わず言い返す。


「でも、そんなすぐに情報がシハクの町まで届く?」


 私のその問いに答えたのは、デリットさんだった。


「届きますよ。というか、私が破門されたので、その連絡がアリステラ教会に回っています。その経路でミハイ様が直接手を下そうとしたあなたの……シロさんの情報も伝わっているはずです。」

「マジか。」


 怖いな、教会。じゃあ、なくなった食料や物品はどうするか……しばらくはサバイバルかな……。

 そんなことを思いながら、私はついでにデリットさんに質問する。


「そういえば、アリステラ教の詳しい教義って、知らなかったわ。よかったら、教えてもらえたりとか……」


 私がそういうと、デリットさんは目を丸くして言う。


「あ、もしかして、シロさんは他国から来たのですか。」

「あー、まあ、そんな感じ?」


 他国じゃなくて、異世界だけどね。さすがにそこまでは言えないため、そっと口を閉じれば、デリットさんは何かを察してくれたらしい。ありがとう。

 デリットさんは少しだけためらったあと、教えてくれた。


「そうですね……女神アリステラ様は、創造神に使える神々の一柱です。」

「え、一神教じゃあなかったの?」

「イッシンキョウ……?」


 きょとんとした表情を浮かべたデリットさんに、私は首を横に振った。あー、この世界、一神教の概念がないのか。


「あー、気にしないで。続きをお願い。」

「は、はい。」


 少しだけおかしな顔をしたデリットさんだったが、彼女は癖なのか、髪の毛に指を絡めながら言葉を紡ぐ。


「創造神様は、月が満ち欠けする間に、世界をつくられました。最初の七日間で大地を、次の七日間で空と海を、三回目の七日間で魔力を注ぎ、最後の七日間で生き物を作り出しました。」


 あー、なるほど? そういう感じね。たしか日本の神様は泥をかき混ぜてなんとかみたいなことをしていたけれども……。

 デリットさんは言葉を続ける。


「作り出された世界の中に始め、人間はいませんでした。原初の生き物たちは争うことをせず、平和に暮らしていました。ですが、それを変えるものが現れたのです。創造神様が作り出した記憶のない存在、悪魔が、黒色の生き物に『悪』を教え込んだのです。」

「悪魔って、何もないところから生まれたの?」


 私の質問に、デリットさんは淀みなく答える。


「その説もありますが、概ね世界を作り出した際のひずみが原因でできてしまったという説が主流です。その説であれば、原初の世界から存在していたとされる『ダンジョン』の説明ができますので。」

「へえ……」


 私には、日本の知識があり、その説が日本のそれとはまったく異なることとは理解できている。だが、この世界には、日本では説明できない『魔法』という存在がある。すべてが全て正しいというわけではないのかもしれないが、真っ向から否定する気にもならなかった。


 デリットさんは、説明を続ける。


「黒色の生き物に教え込んだ『悪』は、瞬く間に純粋だった原初の生き物たちの間に広がっていきました。その結果、楽園のであった世界はあっという間に崩壊してしまい、それに怒った創造神様は、それらを制圧するために『悪』への対抗を持った『天使』を作り出しました。

 作り出された天使たちは、原初の生き物たちの間に広がっていった『悪』を討伐していきました。ですが、ここで誤って『悪』に触れてしまった一部の天使が、天界に帰ることができなくなってしまいました。創造神様はひどく心を痛め、その天使たちに加護を与えました。それが、『人間』の祖先となったのです。」


 ああ、だから悪魔はアリステラ教でタブーなのね。……佐藤さんが思いっきり使役しちゃっているけど、大丈夫なのかな?


「ふーん。」

「反応うっすいな、おい。」


 私のその返答に、シンが思わず突っ込む。

 吹いてくる風にさらわれないようにフードを抑え、私はシンに対して言う。


「あんまりおもしろくなかったし。創造神様も、加護を与えるのじゃなくて、『悪』をどうにかして天使たちを天界に戻せばよかったのに。」

「……きっと、何か事情があったのだと思われます。地上に残った天使たちは、長い年月をかけて様々に変化していきました。木の力を受け継いだ天使たちはやがて『エルフ族』に、火の力を受け継いだ天使たちは『ドワーフ族』に、原初の生き物たちの力を受け継いだ天使は『獣人族』や『妖精族』にと、様々な種族に別れていきました。『人間族』は、最も天使の原型に近い種族だとされています。そして、『悪』に触れすぎた天使は、『魔族』へと姿を変えました。」


 少しだけ疑問に思った私は、デリットさんに質問する。


「じゃあ、ミハイさんは?」

「ミハイ様は天使族……つまり、天界に住まう天使の一人です。」

「なるほど。」


 で、アリステラっていうのは、どこから出てくるのだろう?


「地上に様々な種族が生まれたことにより、やがて、悪魔によって『悪』が再度地上に広まることになりました。ですが、『人族』は元天使ですので、悪魔の甘言には耳を貸しません。そこで、悪魔が目を付けたのは、『悪』に触れすぎた天使たち、つまり、『魔族』でした。

 悪魔は、魔族たちに取引を持ち掛け、永い寿命ととてつもない力を与えました。その代わりに、魔族たちは異形の姿へと変り果て、あくなき闘争心を覚えるようになったのです。

 そして、強大な力と闘争心を覚えた『魔族』と、力を持たない『人族』の戦争がはじまりました。

 当然、最初は魔族のほうが優勢でした。なにせ、『人族』は魔族たちのもつ『悪』に対抗する力を持っていなかったのですから。あまりにも劣勢な『人族』に、創造神は心を痛め、『人族』に加護を与える存在を作り出しました。

 一人が、平和と秩序をつかさどる女神アリステラ様。

 一人が、戦いと正義をつかさどる女神ウォーリア様

 一人が、学問と文化をつかさどる女神ソフィア様

 一人が、商売と繁栄をつかさどる女神トーレア様

 他にも様々な神様がいらっしゃいますが、大神とされるのが、この四人です。その存在……『神様』は、『人族』に加護を与え、そうして魔族を押し返すに至りました。ですが、魔族を滅ぼしたわけではないので、いまだに争いがくすぶり、『人族』は神を信仰し、『魔族』は異形であるのです。

 私は、女神アリステラ様に仕えておりました。……ついさっき、破門されてしまいましたが。」


 そこまで言うと、デリットさんは少しだけうつむいた。思い出させちゃって、ごめんね?


「へぇ……たくさんいる神様のうち、一人を信仰するのか……。創造神を信仰する人はいないの? あと、男の神様っていないの?」

「創造神を信仰する人は、居ないわけではありません。ですが、国によっては弾圧があるため、圧倒的少数です」

「あるんだ、宗教弾圧」


 私の言葉に、デリットさんは顎に手を当て、軽く頷く。


「宗教、弾圧。なるほど、的を得た言葉ですね。あと、男性の神様もいらっしゃいます。戦の神バトロア様などは男性の神ですし、女神ウォーリア様の元夫でもあります。」

「でも、大神ではないのね。」

「ええ。教義が戦いを推奨するものですので、他の神とそりが合わないのです。」


 というか、元夫ってことは、バトロアは離婚したのか。もしかして日本神話みたいに神ごとにバックストーリーがあるとかそういうやつ?


「神様にもいろいろあるんだね。教えてくれて、ありがとう。」

「いえいえ。神様ごとに詳しい話や、教義がありますので、かなり省いて話してしまいました。」

「ああ、やっぱりあるんだ。」

「……やっぱり?」


 私の言葉に首を傾けるデリットさん。やっべ、余計なことを言ってしまった。

 そんな私のフォローにはいるかのように、シンが口を挟んだ。


「……あんまり気にするな。こいつ、シロはたまに意味不明な言葉を吐く。」

「ひどいことを言うね、シン。私のどこが意味不明なのよ!」

「存在そのもの。」

「ひどい!」


 そんなこんなで、私たちは『商人の国』を目指して街道を歩き続けた。

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