第118話 表彰と悪意

 表彰が行われるのは、領主の屋敷の広い庭だった。

 庭師の手入れが行き届いたこの広大な庭も、今日に限っては一般公開され、たくさんの町人がこれから始まる表彰式を待ち望んでいた。


「か、帰っていい?」

「無理に決まっているだろ。さっさと行け。」


 弱音を吐く私に、シンは情け容赦なくそう言い捨てる。うへぇ。そりゃ、こんなに人が集まっているのに、急にキャンセルするのはダメだよね。

 緊張を落ち着けるために深呼吸をしてから、帽子を深くかぶりなおした。


「__アレドニア地方を救った恩人として、大天使ミハイ様と、白き薬師様を表彰する。こちらへ。」


 若い領主代理の落ち着き払った声と、町民の大歓声。

 隣で待機していたミハイは、フッと口元に笑みを浮かべて、堂々とステージの方へと向かっていく。


 うん。よし、行こう。

 私も、シンの方に軽く手を振ってから、できるだけ胸を張って足を踏み出した。



_____________________________________


 ステージに登壇してきた彼女ら二人を見て、私はミスをしたと思った。


 帽子を深くかぶって顔がよく見えない白き薬師。平民にしては高いであろう、シンプルながらも上品なワンピースを身につけ、つややかな白髪を緩くみつあみに編み上げていた。冒険者が可能な限りの精いっぱいの正装といった雰囲気だ。


 対して、大天使ミハイは、ダイヤモンドや高級なシルクのふんだんに使われた、最高級品のドレスを身につけ、金色の髪には銀の美しいティアラが輝く。正直、私も息を飲むような美貌だった。


 だが、失策だった。彼女らの装飾に、あまりにも差がありすぎた。動揺を周囲に撒かないよう、口元を引き締めながら、私は思考する。


__領主代理として、双方にドレスを提供すべきだった。私の判断ミスだ。


 彼女大天使ミハイと並べられるのは、女として相当な屈辱であろう。白き薬師に対する配慮がなされていなかった。

 内心恐々としながら、私は淡々と行事を進めていく。幸いにも、双方私が手渡した感謝状を両手で受け取り、そのまま一礼した後に下がった。


 だが、問題はその後に起きた。


「では、一言をお願いいたします。」


 表彰の慣例として、私がそう言うと、フッと優しく微笑んだミハイ様がステージの上に再度立った。瞬間、歓声が上がる。上げているのは、主に彼女らの護衛や治療を受けた方々だろう。


 ミハイ様はそんな歓声の中、右手を軽く上げる。その一動作で、場は一気に静まり返った。

 そんな中、ミハイ様は血色のいい唇を開く。


「本日は、私どもの表彰にお集まりいただき、ありがとうございます。我が神アリステラ様の采配であなたたちアレドニアの皆様を救うことができました。アリステラ様への祈りをささげていただけると幸いです。ところで__」


 ミハイはそこまで言ったところで、言葉を一度切った。

 そして、とても悲しそうな表情を浮かべて言う。


「いったいなぜこのようにめでたい場に、神敵がいるのでしょうか?」


 ミハイはそう吐き捨てると、ステージから降りて席について、きょとんとした表情を浮かべた白き薬師を指さす。そして、その眉を顰め、口調に怒りを含ませる。


「神に逆らいし者。あなたのことです。」

「……えっ?」


 白き薬師は、小さく驚きと困惑の交じった声を漏らす。


__待て、神に逆らいし者だと?


 困惑しながらも、今現在まずいことが起きていると判断した私は、警備員たちに厳重警戒の命令を下し、私自身も席からたちあがり、ミハイ様のもとに行こうとして……彼女の従者たちによって止められた。


 困惑のさざめきが町人の中に広がる。

 ミハイは、堂々と声を張りあげ、言葉を紡ぐ。


「天使にしてアリステラ様の下僕である私の目をごまかすことはできません。『神に逆らいし者』よ。懺悔なさい。己の行いを。」

「……⁈」


__どういうことだ⁈


 ミハイ様の意図が読めず、私はただ茫然と彼女の動向を見守るほかなかった。


「あなたはこの薬を持って、何をなそうとしたのでしょうか?」

「いや、普通に人助けだけれども……?」


 困惑を含んだ声でそう答える白き薬師。だがしかし、この場はミハイが支配していた。


「人助け、ですか? では、なぜあなたは人助けに金銭を要求したのでしょう?」

「え? していなくな……」

「虚偽を吐くな! 貴様はロゼの村で金銭の要求をしただろうが!」


 そう怒鳴るのは、彼女の護衛の男。領主代理は、この男のことをよく覚えていた。彼が、交渉役の男だったからだ。

 男は剣を抜き、切っ先を白き薬師の方へと向けて怒鳴る。


「貴様は大天使ミハイ様のような聖人ではない! 薄汚れた俗人が!」

「いや、待ってよ。ロゼの街で」

「しゃべるな、汚らわしい!」


 弁明しようとする薬師にかぶせるように、男は罵声を吐く。そして、切っ先をふるう。


__まずい!


 観衆から、悲鳴が上がる。彼女は椅子から飛びのき、ぎりぎりで回避することができたのだ。だが、彼女のかぶっていた帽子が剣先にひっかかり、空中へと放り投げられた。

 そして、彼女の容貌が明らかになる。


 艶めくような白髪。神秘的とすら取れるほどに真っ白な肌。

 そして、吸い込まれるような


 その目を見たミハイは、勝ち誇ったように言う。


「やはり、あなたは魔族交じりなのですね! その赤い瞳が動かぬ証拠です!」


 そんなミハイに対して、白き薬師は首をかしげていった。


「えっ? 違うけど?」


 私は悟った。これはミスなどではない。大失敗だったと。

 湧き上がる悪意くろが、白を襲おうとしていた。

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