第117話 side茜 お見舞いと不穏
冬の間、『戦士の国』に留まると決めた茜たちは、冬が来るまでに貯蓄を増やすことを決定した。雪解けと同時に『戦士の国』を出て、隣国の『狩人の国』に行くつもりなのだ。『狩人の国』は獣人の国であり、『戦士の国』にいるよりも、イナバの家族の情報が手に入ると予想したのだ。
午前中の内に仕事を終えた茜たちは、店で売っていた果物の篭と依頼で余ったオークの肉を土産に、フルメンバーで通り魔に挑んだという双頭の竜のパーティのお見舞いに向かった。
双頭の竜のメンバーは、すでに大まかな傷がいえていたのか、宿屋のベッドの上で退屈そうに寝転がっていた。
「失礼するわ。茜よ。」
「おお、アカネか!」
茜たちが泊まる宿よりも幾分か整ったその部屋に立ち入った茜は、赤色の鱗が特徴的な竜人族に声を掛けられる。彼が、『双頭の竜』のリーダー、クロムだ。
「何の用だ? っても、見舞いか。」
そう聞いたのは、つややかな緑色の鱗の、槍使いニオブだ。ベッドに寝転んだニオブは面目なさそうに自身の頭を鋭そうな爪でかくと、ベッドのそばに置いてあった椅子を指さす。そこに座れということだろう。
椅子に座りながら、ニオブの質問に、茜は答える。
「ええ、そうよ。果物と一緒にオークの肉も持って来たわ。宿の人に好きに料理してもらって。」
「新鮮な肉はうれしいな!」
篭を受け取ったクロムは、そう言ってオーク肉の一塊をナイフで大きく切り分け、それにかぶりついた。当然、肉は生だ。
「うん、油が乗っていて旨いな!」
「……あなたたちなら大丈夫かもしれないけれども、肉には火を通した方がいいわよ?」
「つっても、俺たち、肉は生で食わないと食った気がしないし……。」
苦言を呈す茜に、ニオブはそう言いながらクロムが切り分けた肉塊に手を伸ばす。草食の兎獣人とは反対に、竜である竜人族は、肉食である。もちろん、野菜を食べないというわけではないが、やはり、肉のほうが体に合うのだろう。
「イナバちゃん、果物食べる?」
そう聞くのは、『双頭の竜』の紅一点、セレンだ。滑らかな空色の鱗が夕陽を反射させてオレンジ色に染まっていた。セレンは比較的軽症なのか、体に包帯を巻きつけておらず、部屋のソファに腰かけていた。
セレンの言葉を聞いたイナバは、嬉しそうに瞳を輝かせる。
「いいの⁈」
「いいわよ。リンゴでいいかしら?」
「わーい!」
無邪気に喜ぶイナバを横目に、茜は二人に言う。
「悪いわね、あなたたちへのお見舞いなのに。」
「べつに大丈夫さ、俺たちは果物よりも肉のほうが好きだし。」
クロムはそう答えると、腹に巻き付けられた包帯を撫でる。今回の襲撃で一番の大けがを負ったのは、リーダーのクロムだった。
クロムは渋い顔をして、茜に言う。
「ギルドからの依頼で通り魔を捕まえようとしたんだが……このザマだ。面目ねえが、ありゃ、人間じゃあないな。」
「犯人は獣人か魔族ってこと?」
質問する茜に、クロムは手に持っていたかじりかけの肉をほおばり、答える。口の周りが肉の油でテカテカしているが、気にしていないらしい。
「いや、そうじゃあねえ。魔族かもしれないって言われたらそうかもしれねえが、人間だとしたらタガが外れすぎている。」
「……いかれているってこと?」
「ああ。間違いなくイカレている。なにせ、あいつと会ったとき、真っ先に何て言われたかわかるか? 『俺を殺してくれ』って言ったんだぜ?」
「……は?」
茜は、意味が分からず間抜けな声を出す。
「……殺してくれって言ったのに、抵抗したの?」
「抵抗っつうか、だいぶ一方的にやられたけどな。」
ニオブが苦笑交じりにそう答える。
通り魔を王都でやれば、間違いなく死刑に課せられる。つまり、通り魔は死にたいのなら抵抗することなく『双頭の竜』の案内する場所についていけば、そのまま死ねたのだ。
「何を考えているのかわからないわね。」
「ああ。だから、イカレている、だ。」
ニオブはそう言うと、枕元に置いていたらしきナイフを茜に見せる。茜はそれをとり、鞘をはずし、そして、驚きで目を丸くした。
鞘の大きさから、刃渡りはおおよそ三十センチ程度の短剣だったと予想できるそれは、柄だけがのこり、刃にあたる部分は一切残ってはいなかった。
「このナイフ……切断されている?」
「ああ。お前さんの体の大きさくらいはありそうなバカでかい鎌で、俺の手を跳ね飛ばさずに、正確にこのナイフだけを切り飛ばした。へし折った、じゃあねえ。切りやがった。」
「アタシもそれに近いわね。杖の先端の魔法触媒だけを狙って切られた。」
イナバと遊んでいたセレンも、そう答える。それに続くようにクロムも口を開いた。
「俺は大剣使いだが、細い路地だと振り回せないと判断して、拳で戦った。まあ、結果は柄で殴られて瞬殺だったけどな。環境が整っていて、俺の相棒が使えていたとしても、正直勝てる気がしない。なぜ俺たちが殺されなかったか、まったくわからなかったぜ。」
「……ふぅん?」
茜は、ナイフをじっと見つめる。ほとんど鋼の部分は残ってはいないが、Aランク冒険者のニオブが使っていた短剣である。安物を使っていたというわけではないだろう。
茜は少しだけ考えた後に彼らに質問する。
「そいつの……通り魔の使っていた鎌って、どんな素材だったの?」
「……もしかして、お前、アレに挑むつもりか?」
茜の質問に、クロムが眉を寄せて低い声でうなる。
「やめておけ。お前が実力不足だとは言わないし、言えない。だが、お前には守るべき妹がいるのだろう? だったら、わざわざ首を突っ込むな。」
Aランクパーティーリーダーとしての、忠告。
それは、嫉妬でもなく、不甲斐なさから発せられるものでもなく、ただただ、心配から発せられたものだった。
茜は、一瞬だけ目を見開く。そして、奥歯を噛みしめた。
「勘違いしないで。別に、あなたたちの仇をとろうと思ったわけじゃあないわ。ただ、興味が沸いただけなの。」
「だとしても、止めておけ。ギルドにはお前には通り魔の討伐依頼を託さないように言っておいた。」
「何で⁈」
クロムを睨む茜。そんな茜に、クロムはひょうひょうと答えた。
「お前は、まだ子供だろうが。」
「……!」
あまりに久しく感じた『気遣い』に、茜は思わず息を飲んだ。
期待の新人だともてはやされた茜は、慢心だけはしていなかったが、同時に頼れる他者という者もいなかった。そばにいたのは、自身の正気を保つ最後の砦である、庇護対象のイナバたった一人だけだったのだ。
親友であるののが死んでからは人を信用しなくなった。そして、強くなると決意してからは、できるだけ人を頼らなくなった。
つまり、茜は『孤高』であると同時に、『孤独』だったのだ。
この世界での成人年齢は15歳である。その点だけで見れば、茜は成人間近であるといえる。だが、子供扱いされたと怒ることはできなかった。ただ、胸の中に喜びに近い感情が沸き起こるだけだった。
「私は……別に、あなたたちの仇をとりたいわけじゃあないの。」
「ああ、そうか。」
茜の独白に近いそれに、相槌を打つクロム。
「ただ、そんな危ない通り魔がいるのは、怖いと思っただけ。いるのだったら、避けたいから、見た目の特徴とか、そういうのを教えてほしい。」
「ああ。そうか。それだったら、教えておいておこう。」
フッと優しく微笑んだクロムは、ベッドに寝ころんだまま、茜に情報を教える。
「正直、最初に言った通りに、アレが人間だとは思えない。見た目はそれこそ二十や三十くらい……あー、いや、四十か六十? くらいの人族に見えた。性別は……骨ばっていたし、たぶん男だろう。」
「ずいぶん大雑把ね?」
「うるせえな、俺たち竜人族に人族の見分けが付くわけないだろ。__服装は、ぼろっちい黒いローブで、裾とか襟とかに金色の刺繍がしてあったな。何かの呪文が縫い付けられているように見えたが……」
クロムがそこまで言ったところで、セレンが口を挟んだ。
「刺繍はぱっと見、防御用の呪文には見えなかったわ。むしろ、封印用というか、防御力低下とか、その辺の呪文に見えたわ。効果があるかどうかはわからないけれどもね。」
「ああ。そんな感じだ。で、鎌は黒色でバカでかい。刃渡りは軽く一メートルを超えていただろうし、素材は……鉄じゃあないとは分かったが、詳細な素材まではわからなかった。銀や銅でもないな。ミスリルかアダマンタイトみたいな魔法金属だろうと思うぜ。あと、めちゃくちゃ禍々しかった。」
「なるほど。身長はどれくらい?」
「ニオブよりも低いくらい……だから、人族の中では背が高いほうだな。」
「うるせえ! チビって言うな!」
「言ってねえよ。」
竜人族であるニオブの身長は、230センチを超える。これでも竜人族の平均よりも低いのだという。
「髪は白色……というよりかは、銀色って感じだな。バサバサで手入れされずにの伸ばしてあったな。目元に隈があって、頬はこけていた。不健康そうに見えたな。体つきは、そこまでがっしりしているほうではないが、俺を吹っ飛ばすくらいには力があった。」
「見た目は浮浪者そのものだけれど……やたらに行動が洗練されていたわね。鍛錬を積んでいるのかもしれません。」
セレンはそう言いながらイナバの頭を撫でた。
「そんなところか。気になることはあるか?」
「武器は鎌だけ?」
「ああ、そうだな。正直、二度と近づきたくない。」
クロムはそう答えた。
茜とイナバはクロムら『双頭の竜』と別れ、宿屋に向かった。
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