第114話 ねえ、それはよくないと思うのだけど!

 一人で外にいると、ふと、この別荘の門の前に誰かが立っているのが目に入った。とりあえず私は、涙をしっかりとぬぐってから門の方へと向かった。


 門の前に立っていたのは、美しい金髪の二十歳前後に見える女性だった。青い瞳は星の光を反射させ、整った目鼻立ちは女性らしさを際立たせている。

 だが、キッと横に閉じたその口許が、怒りと言うべきか、決意と言うべきか、それに近い感情を滲ませていた。


「えーっと、どちら様でしょう?」

「私は大天使ミハイ様の従者、デリットと申します。貴女様が『白き薬師』様でしょうか?」


 ……は? 誰それ?

 辺りをキョロキョロするも、それらしい人物は見当たらない。昨日一昨日のことを思い返してみるも、白い服を着ていた人物は思い出せない。

 そこまで考えたところで、自分の髪色が白であることを思い出す。


 もしや、私か?


 私は、おずおずと彼女に答える。


「あのー、私はシロと言います。白き薬師って言うのはご存じないのですが……。」

「そうですか。でしたら、確認したいことがございます。今から貴女にとある魔術をかけますが、さほど気にしないで下さい。『真実に祝福を、虚実に罰を、【神聖魔法 宣誓】』!」

「えっ、ちょ、まっ」


 デリットと名乗る彼女は、私が口を挟む暇を与えることとなく早口で呪文を唱えあげる。

 一瞬、夜闇を切り裂くような閃光が辺りに広がり、そして、すぐに消え去った。何? 意味がわからない。


 私が彼女の行動に意味もわからず呆然としていると、彼女は透き通る声で私に詰問した。


「貴女が人体実験を経てあの『神の試練』を乗り越える薬を作成したのは、事実ですか?」

「……は?」


 冷たい夜風が私のフードをはためかせる。


 何だそれ。

 頬がひきつるのが分かる。

 何それ。


「私はそんなことをしていません! あれができたのは……本当に偶然です!」

「……そうですか。では、あの薬を作るのに、非人道的な素材を使っていますか?」

「使っていませんって!」


 私は、思わず怒鳴る。

 怒鳴られたデリットさんは少しだけ顔をしかめ、また質問を重ねる。


「では、貴女は悪魔と契約していますか?」

「していませんよ!」


 知り合い佐藤さんはしているけどね。

 ここまで質問されたことで、ようやくデリットさんは表情を怒りから疑念に変えた。


「貴女は……一体、何をしたと言うのですか?」

「何って……人命救助?」

「………………貴女は………?」


 声がだんだんと弱くなっていくデリットさん。そんな彼女に、私は質問した。


「あなたは、何のためにこんな質問をしたのですか? 少なくとも私は、疑われて何か……凄く嫌な気分になりました。」

「……その、すいません。ですが、そのような疑いがございましたので質問いたしました。」


 そこまで答えると、デリットさんは言葉を切って後ろを振り返る。

 私もそれにつられるようにそこをみて、そして、驚いた。

 暗闇を切り裂く光がそこにいた。いつのまにか立っていたのは、二対の翼に、輝かしい金色の髪。明らかに高そうな、レースの重ねられた純白のドレスをまとったその異形。彼女の眉は吊り上がり、私を睨みつけていた。……え?何で?


 いつの間にかいた天使に私が驚いていると、デリットさんが恭しい態度でその天使に声をかけた。


「ミハイ様、このものに、とがはないように思えますが……」

「いえ、必ずあるはずですよ、デリット。このものは、『』なのですから。」

「いや、それ、事故っていうか、理由がわからないっていうか……。」


 あまりの迫力に私がそう答えると、天使……いや、ミハイは張りのある声で私に詰問した。


「あなたは、我が神アリステラ様に何をしたのですか?」

「いや、何もしてないです。」


 私は、きっぱりと答えた。

 実際、私はアリステラ様とやらに何かをした記憶はない。というよりも、むしろ被害者というか、胡散臭いと思っている程度だ。


 冷たい夜風が吹く。瞬く星空がいつの間にか現れた雲に隠されようとしている。

 私の答えは、彼女のお気に召さなかったらしい。軽く舌打ちをすると、聞き取れないくらいの小声で何かを吐き捨てるようにつぶやき、再度私に質問してきた。


「あなたは何者ですか? 我が神アリステラ様に害を及ぼそうとする不届きものですか?」

「別に、あなたの信仰する神様に何かしようってわけではないのですが……んん?!」


 私がそう答えると、突然全身に痛みが走った。大体痛みは、静電気と同じくらいだろうか。軽く体を見てみるも、怪我はしていない。HPも多分減っていない気がする。

 私のその反応に、ミハイは口元をゆがめた。それは、怒っているというよりも、やはりそうだったのかと確信を持ったかのような満足そうな表情だった。

 そして、ミハイは単語を区切るようにして質問をする。


「あなたは、我が神に害を及ぼそうとする、不届きものなのですね?」

「いや、違いますって。あの、さっきから、何なのですか?」


 今度は、静電気がこない。何だったんだ?さっきの痛みは。

 私の返答に、ミハイは眉をひそめる。そして、そのふっくらとつややかな紅色の唇を開く。


「私はあなたに質問をしているだけです。あなたは__」


 彼女がさらに質問をしようとしたその瞬間。曇りかけていた夜空を叩き壊すような大声が聞こえてきた。ついでに、正面の玄関の扉が開け放たれる音も。


「おいこら、シロ! どこに行きやがった!……あ”?」

「あれ? シ……ジャック。どうしたの?」


 フードをかぶっているせいでよくわからないが、シンはどうやらご立腹らしい。かなり威圧感のある声だ。あら怖い。

 私と、私のそばにいる彼らに気が付いたシンは、口を閉じて私のそばへ歩み寄る。そして、デリットさんに一言。


「かけている魔法を解け。話はそれからだ。」


 ……ん?

 もしかして、魔法ってあれ?あの、さっきデリットさんが私にかけていたあの呪文?


「え? あれって何か害でもあるの?」

「あるに決まっているだろ。つーか、てめえも簡単に魔法をかけられるな。」


 シンの金の瞳に、あきれの色が浮かぶ。悪かったな、もう。

 デリットさんは少しだけ視線を泳がせた後、ミハイのほうに「よろしいですか?」と質問をする。


「いえ、彼女には『神敵』の容疑がかかっております。宣誓の魔法はかけたままでいてください。」


 デリットさんの質問に、ミハイはそう答える。「神敵」って何?

 そんなことを考えていると、シンは頭を抱えて私に言う。


「……おいこら、お前、何で『宣誓じんもん』をかけられて平然としているんだよ。抵抗の一つや二つくらいしろ。」

「じんも……まって、ずいぶん物騒なことを言うね。」

「言うわ。」


 夜はまだ明けない。

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