青春ハーレム野郎に求愛される悪夢を見るか?

神祇翠

第1話

「好きです。結婚を前提に付き合ってください」


 突然だが、この学校には鹿角要ろっかくかなめという男子生徒がいる。 いや、正確には男子生徒ではない。

 女に大層モテるし、男子用の制服には身を包んでるし、体育の時も体育大会の時もすら男子と同行動であったが、彼は歴としたである。

 え? 意味が分からない?? 詳細を説明しろ???

 いや、コレには都市伝説研究会の一番槍(自称)である俺も驚愕の、摩訶不思議かつ変幻自在の超絶不可思議現象が起こっていてだな……。


「……あの……浅倉くん……?」


 それは兎も角、この男鹿角要は男なのに関わらず艶のあるストレートな黒髪を短く切り揃え、クリッとした丸こい瞳と白皙の肌を持ち、細い手足だというのに運動神経は抜群。 勉強方面も優秀。嫌味なのか家庭科の授業でさえ満点だ。勿論実技で、である。

 そんな彼はそりゃあモテる。モテてモテてモテまくり、我ら他の男達を嘲笑うかのような黄色い声援の中の人間だ。


「あーさーくーらーくーんー?」


 おっと、そろそろ現実逃避で誤魔化すのも限界に近い。

 何しろ要のクリッとした大きな目が、今にも据わり出してきているからだ。

 見た目によらず強引な部分もまた、コイツが女子からモテる所以の一つである。 だから俺は至って冷静にスマートに、


「丁重にお断りします」


 にべもなく断ったのであった。



 そもそも、この学校にて知られる天賦のモテ男こと鹿角要は……実のところ女なのである。

 同学年の生徒はおろか、年上や年下、果ては教師陣や保護者勢にさえ男と断じられる彼女だが、彼女は何故かそうで、よく見ると身体つきも容姿も立派な思春期女子なのであった。

 では何故そんな摩訶不思議かつ奇々怪界な事態に陥っているのかと問われれば、コレもまた超常現象である。と言わざるおえない。


 ……ふざけているわけではない。


 思春期症候群。

 思春期の多感なお年頃である者だけが患ってしまうという、近年ネット上でその名をよく聞く超常現象。

 「他人の心の声が聞こえる」「自分ではないもう一人の自分を見た」などなど、患った者達からは不可思議な報告が尽きない。

 一種の病気とされており、理想と現実のギャップを埋める為の超常現象だ。とオカルト的に語る者も居れば集団パニック障害やら催眠やらと断じる者も多い。

 また、巷では思春期症候群の疾患者を見た!やら思春期症候群に巻き込まれた件。などと言う題名で、ネットでは虚実入り混じった書き込みが無闇矢鱈と書き込まれている。

 その様は最早一種の都市伝説である。

 

 当然、都市伝説ならば都市伝説研究会たる我らの出番。というわけで、俺も思春期症候群については一通り調べている。

 その結論から言わせてもらうと、


「つまり、男として見られるのをやめられたいから……彼氏を作ることにした。と? そうすれば男として見られることはないから?」


「…うぅ。改めてそう言われると、なんだかボクがすごーく軽薄みたいだね」


 お前の女に対しての行動はどんな軽薄ナンパ野郎も真っ青な、歯が浮きそうなセリフ回しのオンパレードだけどな。


「一応言っておくけど……誰でも良かったわけじゃないよ? なんでか知らないけど……君はボクを女の子として見てくれてるみたいだし……こんな事、君にしか頼めないよ」


 そういうセリフをさらっと言えるのが軽薄だということではないのか。 俺は訝しんだ。


「そう。コレは必要なことなんだ。あくまでも、義務的なこと。そうそう、義務なんだよ義務」


 とはいえ、この提案は正直断り難い。

 というのも、彼女がこの提案に行き着いたのは全く以って俺の所為。言うならば身から出た錆なのであった。

 何故なら彼女ーーー鹿角要を女だと見抜けたのは、全校生徒教師保護者全ての中で俺だけだからだ。 俺だけが、彼を彼女だと見抜いてしまった。

 アレはかれこれ一年前、自分のことを男だと思い込んでいる人々によって、彼女が柄にもなく追い詰められていた時のことだ。 校舎の隅で落ち込む彼女が放って置けなくてーーー声をかけた。それが運の尽きだったとも言える。


「だから、改めて言うね? ボクと付き合ってください。ううん、ボクの彼氏のフリをしてください!」


 彼女の瞳を見る。

 真っ直ぐな瞳が、彼女の中の全てが、本気なのだと告げていた。

 もう一年も付き合ってきた病気なのだが、いい加減克服したいのだろう。 彼女なりに考え、何度も思い悩んだのだと推測できる。

 何しろ彼は彼女なのだ。にも関わらず、男装の服に身を包み、周りからは男としてか扱われない環境。 男として囃し立てられ続けて生活する環境は、いったいどれほどのストレスを彼女に与えているのか計り知れない。

 故に解決したいと言うなら吝かではない。 何しろ俺はこう見えて、彼女とは友達歴一年なのであった。それなりに親しい男友達だという自負くらいは持っている。

 だから、


「丁重にお断りします」


「なんでさ!?」


 懇切丁寧にお断りさせてもらった。

 今度は堪らず。と言った面持ちで要が叫ぶ。同時に地味に利き手を握りしめたので、慌てて両手を挙げて制止した。

 コイツ、こう見えて暴力タイプかよ!?


「俺が男色家だと思われたらどうする?」


「その時はおふざけだったって事にしたら良いよ! ボクの発言力は知ってるよね!?」


 うん知ってる。 ついでにお前の発言力なら、おふざけとは真反対の事にできるってのも承知してる。


「まあ考えてみろよ。 俺がもしお前と恋仲になんてなってみろ? お前が男であれ女であれ、お前に惚れてる奴らが黙ってないだろ」


「………あぁ」


 と、そこで何処か遠い顔をする要。

 世に生きる男子生徒としては切実に否定して欲しいところだが、要に惚れている女子は多い。 しかも軒並み揃って愛が重い。学園系テンプレラブコメ主人公も真っ青なハーレム野郎が、鹿角要なのであった。

 それもこれも、コイツの性格に難がある。要は困っている者を放って置けず、持ち前のコミュ力と万能さによって大体の悩みを聞き出して解決する。してしまう。

 しかも悩み事を抱いた自分を救ったのは超絶美形と超高スペックを兼ね備えた好青年。 女子からすれば、白馬の王子様にでも見えるのだろうと容易に納得できた。

 だからこそ、彼女に惚れ込む女は多い。そしてその事に対して要もまた、本当は女子である為に想いに応えてやることはできない。


「……それにな、そんな面倒くさいことしなくても解決できるかもしれないぞ。 しかも、お前に惚れる女達に後腐れなく、な」


「ほんとう!?」


 要が身を乗り出して尋ねてくる。

 やはり要とて、己に想いを寄せてくれる存在のことは気掛かりだったのだろう。

 本当は同性だというのに律儀なことだ。そんなに律儀だから、惚れられてしまうというのに。


「あぁ。その為には、お前がソレを引き起こすキッカケっぽいのを教えてくれないか? 過去のトラウマでも、家庭環境でも、叶えたい夢でも何でも良い。 兎に角思いつくものを、だ」


 そんな彼女の律儀さに応えてやりたい。と、俺は等々今まで意図的に避けてきた話題に踏み入った。案の定、要は一瞬顔を曇らせ、そして次第にぽつぽつと話し出す。

 それは彼女が、鹿角要という一人の人間が、思春期症候群を患うキッカケになった一つの特別な事情である。



 鹿角要。

 6月20日生まれ。双子座。O型。

 好きな食べ物は芋煮で、嫌いな食べ物はフライドポテト。好きな事は人と話す事。嫌いな事は荒事と話が通じない状況。趣味は運動勉強人助けで、座右の銘は清廉潔白。

 そんな彼女は、そこそこ裕福な家柄に産まれたらしい。 しかしソレが患ってか、彼女が産まれた時に両親は良い顔をしなかったのだという。

 曰く、産まれるならば男児が良かった。

 少々古い歴史のある家だったらしく、彼女の父は普段からそう公言して憚らなかった。 当然女子である彼女には興味を示さず、あまり関心も持たなかった。 その事実が、幼い彼女にどれほどのショックを与えるのかも知らずに。

 『男でなければ意味がない』

 そんな、ある種の理不尽に晒されて、それでも彼女は諦めなかった。 持ち前の精神力と努力肌によって彼女は好成績を残し続けた。 勉学ならば男に圧勝。 運動においてさえも男を圧倒した。ボーイッシュなファッションを普段から心掛けたし、極力女子とではなく男子と遊ぶようにも振る舞った。全ては厳格な父に、己を見て欲しいが為だけに。


 だが。


 彼女の父が彼女に興味を示すことは、ついぞなかったのだという。


「おかしいと思ったのは、高校入学前。 父さんが急にボクの家に入ってきたんだ。大真面目に、男の子の制服を持ってね」


 お前も明日から立派な高校生だ。この服を着て、精一杯家の為に励みなさない。


 彼女の父はそう言った。

 そうして彼女は程なく知った。周りからの彼女への視界が、彼へと変わってしまったのだと。


「………そうか」


 辛かったな。だとか、気分の悪いことを思い出させてすまん。とかそんな気の利いた言葉は言わなかった。 言えなかった。


「それなら、何とかなりそうだぜ」


 代わりに、俺は笑みを浮かべてみせた。



「それで、どうなったのです?」


 時は過ぎて一週間後の放課後。三階の、使われていない用具室。そこに、俺達の部室はあった。

 最も、都市伝説研究会は二人しかいないし、部としても認められてないのでーーー俺達が勝手に部室と呼んで入り浸っているだけなのだが。

 そんな場所で、俺に話しかけるのは都市伝説研究会部長(自称)の痣井先輩。 整った顔の変態男であり、俺が先輩と呼ぶ数少ない人物だ。


「どうこうもありませんよ。 要のハーレム要員に要が女って真実明かして、アイツらみんなで話し合わせたんです。 後は正直アイツのコミュ力次第でしたけど、なんとか上手くいきました」


 明らかに言葉少なな発言を瞬時に読み取り、先輩は了解した。


「成る程、女友達というわけですね? 鹿角要という人物は父に自分のことを見て欲しいが、しかし男として生きたくない。という矛盾を抱える人間です。

 しかし、彼女の幼少期は父が原因で女らしいことは何一つできなかった。 ボーイッシュな立ち振る舞いを心がけ、友人も男の人を選んでいた。つまりそれは……」


「女友達が居たことがないんですよ。アイツには」


 アイツが女に戻るにはは、つまるところ女として、女友達を作る。 それだけで良い。 彼氏を作る。というのも悪くない着地点かもしれないが、こちらの方が正答だろう。


「ではもう一つの質問です」


 ……。


「どうして……今回の鹿角要男装事件。 その事件において、誰も気付くことができなかった彼女の男装を見抜けたのです?」


 先輩の瞳が光る。

 コレは、都市伝説えものを見つけた時の瞳だ。


「貴方も、思春期症候群なのですね?」


 有無も言わさぬ先輩の言に、気付けば俺はただ首肯していた。


 始まりはなんてことはなかった。

 思春期ならば誰にでも経験があるだろう。一つ上の美人の先輩に恋をした。 先輩は一般ピーポーにしては途方も無い美人で、恋というよりかはアイドルへの憧れ的な感情も強かったんだと思う。

 だから彼女に告白した。 夕日の綺麗な日のことだったと記憶している。

 彼女はただ微笑んで、考えさせて下さい。とだけ言った。 思えばそれは自嘲的なモノだったように思う。

 翌日、彼女は自殺した。

 聞けば、彼女はイジメにあっていたらしい。それも、度重なる男からの告白が原因で。


「出る杭って言うんですかね? 兎に角同性からは良い顔をされなかったみたいで……」


 そんな、聞けば珍しい話でもないコトが俺のトラウマ。


「それ以降ーーー人の心が、絵に見えるんです」

 

 絵に恋をする人間はいない。当然俺も、鹿角要の淡い想いについては気づいている。アイツは流石に、恋人のフリを他人に無責任に頼むヤツではない。


「成る程。ですが……」


 ドカドカドカッッ!!


 そこで足音が響いた。

 見るまでもない。騒がしく鬱陶しい騒音が、音の主が誰であるかを分からせてくれる。俺は反射的に隠れられる場所を探したが、察したように先輩がニヤリと笑った。


「此処に隠れられる場所はありませんよ」


 人の悪い笑みに確信する。己はこの人に嵌められたのだと言うことを。


 「質問を変えます。どうして、彼女を初めに助けたんですか?」


 質問に、無意識髪を掻いてしまう。顔面に熱が集中して赤面するのが自分でも分かった。


「心が、涙を描いてたんだ」


 絵に恋する人間なんて……。


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