第十話 オアシス

 村長宅で厄介になることになり、一晩明けた朝。

 ライラさんに呼ばれて全員で朝食をとることになった。

 本当は一人で食べたいが我が儘を言うわけにはいかない。


 村長と酒を飲んだ居間であの時と同じように囲炉裏を囲んでの朝食。

 ヘルミの家で食べたものより柔らかいパンと、囲炉裏の上に吊した大きな鍋に入ったスープが朝食メニューだ。

 鍋には肉や野菜がたっぷりと入っていて、栄養も食べ応えも満点な素晴らしいものだったが……。


 昨日村長宅に着いてから、用意してもらった個室で鍵を掛けて寝入った。

 つまり修羅場からちゃんと話し合いが出来ていない。

 ……とても気まずい空気だ。

 だからか美味いはずなのに味がしない、味わえない。


「ユリウス様、熱いので気をつけてくださね」

「……」

「私が冷まして差し上げましょう」

「……いや、いいです」


 マリアだけは空気を読まず、俺の世話を焼こうと一人騒がしい。

 ある意味尊敬出来る。

 中身が気弱な日本人OLな俺には『空気を無視』なんて真似できない。


 ヘルミがそんなマリアを冷めた目で見ていた。

「ユリウスは子供じゃないんだから、一人で食べれるわよぉ」と、小さく零していた。

 心無しか、俺への嫌味も混じっている気がする。

「早くその女を黙らせなさい」という心の声が聞こえた気がした。

 すみません……すみません……。


 リクハルトは相変わらず俺を睨んでいる。

 そんなに眉間に皺を寄せ続けて疲れないのだろうか。

 目が合うと更に睨まれた。

「ちやほやされて調子に乗るなよ」という心の声が聞こえた気がした。

 ごめんなさい……ごめんなさい……。


 そんな様子をにやにやしながら眺める村長。

「若人はいいねぇ」だと……!?

 当事者になってみろ!

 お前のその砂漠化したおでこが手遅れになるくらい、猛スピードで枯渇していくはずだ。

 村長をジト目で見据えているとライラさんがため息をついた。


「朝から辛気臭いねぇ」


 元凶は俺ですね……真に本当に申し訳ありません。

 ああ、胃が痛い。




※※※




 お通夜の様な朝食(一名を除く)が済んだ後、ただ飯を頂くわけにもいかないので手伝いを申し出でた。

 ライラさんに言われて薪割りや荷物運び、草刈などの雑用をしたが、この身体はやはりこの程度で疲れることはなく、早々に言いつかった仕事を終わらせてしまった。


 更に何か出来ることはないか、なければ先延ばしになってしまった毒蜘蛛の森に行ってこようか相談したが、今は体調を整えることと問題の当事者達と話をして辛気臭い空気をどうにかしてくれと言われてしまった。

 そうですよね……今のところそれが最優先事項ですよね。


 混乱して逃げていたが、いつまでもそうしている分けにはいかない。

 村長宅にいるとマリアが付き纏ってくるので、一人になって落ち着けるようにこっそり家を出た。

 

 村をのんびり……いや、心持ちマリアを警戒しながら歩いていると、短い草が広がる空き地に出た。

 小学校の運動場くらいだろうか、中々広い。

 子供達が十人程走り回って遊んでいる。

 とても和む光景だった。


 見つけた、ここはオアシスだ。

 もう一度マリアがいないことを確認してから、木陰に座って子供達の様子を眺めることにした。


「こっちだよ!」

「あはは!」

「きゃあ!」


 子供達の賑やかな声が聞こえる。

 ただ走るだけが何故そんなに楽しいのか分からないがとても楽しそうだ。

 自分も子供の頃は無駄に走り回っていたなあ、なんて懐かしくなってしまった。

 子供達の動きを目で追っていると、俺に気づいた子がこちらをチラチラ見るようになった。

 邪魔をしてしまったかな。

 なんとなく笑顔で手を振ると子供達、特に女の子達が顔を見合わせてこそこそと相談し始めた。


 怖がらせてしまった?

 あ、あの、変質者ではないですよ、通報しないで!

 焦っていると遠くから一人の少年が駆け寄ってきた。

 第二村人兄弟の弟の方、レオだった。


「ユリウスじゃん! ここでなにしてるのぉ? リク兄の嫁が探してたよ?」

「えっ」


 マリアのことだよな?

 村を探し回っているのか?

 噂になりそうで嫌だ、自重してくれよ!


「モテルオトコはつらいねぇ」


 レオ少年が俺の肩をぽんと叩いた。

 事情を知っている風だ。

 もう手遅れということか……。

 こんな小さな村だし、少年が知っているということはある程度俺達の事情が出回っているのだろう。

 噂の出所は村長な気がする。

 きっとそうに違いない。

 あのおっさんが面白がって色んなところで話していそうだ。

 問い詰めて事と次第によっては、あの親父の頭から緑をなくしてやろう。

 完全砂漠化だ。


「で、ユリウスはどっちをとるの? 嫁? ヘル姉!?」

「君ね……」


 直球か。

 ……っていうか君、本当にいくつだよ。

 ワイドショーのレポーターか!


「空が青いなあ」


 もちろん、俺は相手にしない。

 空を見ながら呟いた。


「ユリウス、それは『ゲンジツトウヒ』っていうんだよ」


 だからいくつだよ。

 俺はお前の将来が心配だ。

 レオと話をしていると、さっき顔を見合わせていた女の子達が目の前までやって来た。

 何か用があるようだ。


「何?」


 話し掛けると、もじもじとしながら手に持っていたものを俺に差し出した。


「あげる」


 渡されたもの、それは花だった。

 広場に咲いていた花を集めて持ってきてくれたようだ。

 なんだと……凄く嬉しい、この子達可愛い!


「ありがとう」


 花を受け取り、笑顔でお礼を言うと女の子達は照れくさそうに笑った。

 ああ……癒やされる……天使か!

 そして不審者だと思われていなかったようで安心した。


 花束の中に白詰草があった。

 子供の頃、よくこれで花冠を作ったものだ。

 作り方、覚えているかなあ。

 試しに作り始める。

 編み始めると、女の子達が興味深そうに覗きこんできた。

 こんなに真剣に見られている中で失敗は出来ない。

 緊張する。

 試行錯誤しながら、なんとか完成することが出来た。


「どうぞ」


 完成した花冠が小さかったので、一番小さな幼稚園児くらいの女の子の頭に乗せてあげた。


「可愛いよ。お姫様」


 髪を撫でながら誉めてあげると、両手で頬を押さえて照れていた。

「ありがとう」と小さな声も聞こえてきた。


 かかかっかわあ、激可愛っ!

 荒んだ心が修復されていく……本当にありがとうございます。


 その様子を見ていた周りの女の子が「ずるい! 私も欲しい!」と声を揃えて主張し始めたので、そこから暫く俺の花冠作りの内職タイムが始まったのであった。

 『女の子達の笑顔』という報酬が貰えるのなら頑張りますとも。

 結局その場にいた子供全員、男の子にも花冠を作ってあげることになった。

 ちょっと疲れた。

 でも子供達の笑顔パワーで、かなりHPが回復した。

 やはりここはオアシスだった。


「あれ?」


 いつの間にかレオの姿が見えなくなっていた。

 子供達に聞いても知らないと言っていた。

 一言「ばいばい」くらい言っていけよ! と思っていると、少年が再び姿を現した。

 ……ヘルミを引き連れて。

 少年はヘルミを此処に案内してきたようだ。


 そしてヘルミを俺の目の前まで連れてくると、そそくさと何処かへ行ってしまった。

 素敵な笑顔を浮かべながら……。

 小さな背中が『世話焼きなご近所のおばちゃん』にしか見えなかった。


 ヘルミが来ると周りの子供達も、自然と離れて行き……。

 ヘルミと二人肩を並べて座った。


「こんなところで何してるのよぉ。探したじゃない」


 若干声が低い。

 お怒りのようだ。

 しまった、マリアから逃げることに夢中でヘルミに一声かけるのを忘れていた。

 こういう時はプレゼントで誤魔化すのだ。

 花冠を余分に一つ作っておいたのだ。

 それをヘルミの頭に乗せてやる。


「可愛いよ」

「……もう」


 口を尖らせてはいるが満更ではなさそうだ。

 作戦は成功だ。


「これ、ユリウスが作ったの?」

「ああ。結構上手いだろ?」

「器用なのねぇ」


 ヘルミはこういう細かい作業は苦手だと言う。

 裁縫は上手かったから、不器用ではないと思うが。

 作り方を教えて欲しいと言われたので教えることなった。


「ここを通して、今度はこっち」

「こっち? あっ! うーん、また千切れたぁ」


 宣言通り苦手なようだ。

 力が入るのか千切れてしまうことが多い。

 ……ヘルミ、千切るの得意だもんねえ。

 薬草やら、ナニやら。


 それはさておき、ヘルミとも少し気まずい関係になっていたのだが今は和やかに話が出来ている。

 花冠を作りながらさりげなく聞きたいことを聞くことにした。


「なあ。ヘルミ」

「うん?」

「恋人のふり、俺の記憶が戻るまで続けたいのか?」

「……うん」

「リクハルトとよりを戻したいとは思わない?」

「全く。全然。皆無よぉ」

「そうか」


 マリアは既にリクハルトのことはそっちのけな態度だ。

 だったらヘルミとリクハルトで元の鞘に収まるのも有りなのではないか、と思ったのだが……そういうわけにもいかないか。


 確かに自分を捨てた男が女に捨てられても戻って来て欲しいと思わないな、『私』も。

 愛情が深ければ受け入れられるかもしれないが。


 ヘルミの気持ちは分かったが、一方の俺は恋人のふりは止めたいと思っている。

 よく考えたが最終的にはヘルミのためにとかではなく、自分のためにだ。

 やっぱり他人の身体で人と深い関係を持つのが怖い。

 もう少し自分の状況が分かるまで、マリアともヘルミとも距離を置きたい。

 それが本音だ。


 だがヘルミの力になりたい、ヘルミが喜ぶことをしてあげたいという思いもある。

 恩を返したいとも思う。

 ヘルミも馬鹿じゃない。

 どこかで気持ちの整理をするだろう。

 自分なりの落とし所をみつけると思う。

 まだ出会って僅かな時間だが、ヘルミはそういう子だと思った。

 だから……。


「分かった。『マリアとは恋人だったかもしれないけど、今の俺はヘルミが好きだ。だから今の俺はマリアとはやり直せない。記憶が戻るまでヘルミの傍にいたい』と、いうことにする」

「え……? いいの?」

「ああ。でも、俺の記憶が戻ったらどうなるか分からない。それでもいいか?」


 あまり良くないことだと思うが、俺も愚かなようだ。

 本当は最初に断った方が良かったのだろう。

 そんなことを言っても後の祭りだが。


 ヘルミを見ると困ったように微笑んでいた。


「うん。分かってる」


 記憶が戻ったら、本来の『俺』が戻ったら俺達はどうなるのだろう。

 お互い辛い思いをするんじゃないだろうか。

 そんな予感がして気持ちが沈みそうになったが、しっかりしなければいけないと気合いを入れて顔を上げた。


「帰ろうか」

「……うん」

 

 ヘルミの手を引きながら帰路を辿る。

 彼女の手には力が入っていた。

 花冠は完成しなかったが、また今度だ。


 マリアとも話をしなければならない。

 死んだと思っていた恋人が生きていて、記憶を失って他の女性と一緒になっていたとなったら凄く辛いと思う……それが本当なら。

 マリアには違和感がある。

 本当に恋人だったのだろうか。

 胸の傷のことは知っていたが、知人というだけで恋人ではないかもしれない。

 そのことを踏まえながらも、マリアに本来の『俺』について聞かなければならない。

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