第3話 たぬき
あらかた片付け終えるともう昼の時間はとっくに過ぎてしまっていて、初食堂のタイミングを逃してしまった。
「引っ越しといえば蕎麦だよな〜」
と荷物から秘蔵のカップ麺"緑のたぬき"なるものを取り出した。
あまり実家では食べる機会がなかったものだ、懐かしい…なんてフッと笑う。
何故俺がこんな所帯じみた部分を持ち合わせているかというと、決して元庶民がひょんなことから大金持ちに!とかそんな大それた経歴があるわけではなく、前世の記憶なるものがはっきりと残っているからだ。
いや、それもある意味大それた経歴になるのだろうか…?
俺の前世は清水 麻衣子、普通の一般家庭でそだち大学進学を機に上京、そして就職したOLだ。
前世生きた人の名前も経験も趣味や交友関係まで全て覚えている。
この逢阪家と関係していたことも。
それもこれも彼女が27歳という若さで事故にあい、生涯を終えたその翌月には母の腹の中にすでに新しい生命として転生した、という事に関係があるのでは…なんて考えている。
あくまでも憶測の範囲なのは、さすがに死後の世界までは記憶にないからなのだが…
普通、死後は天国か地獄に逝き魂を浄化して転生すると言われているけど、その浄化っていうのはおそらく生前の記憶だったり罪を洗い流す作業なのだろう。
そしてまっさらな状態に戻ってからその魂は転生され新しい人生を歩んでいく。
だから普通の人には前世の記憶なんてものがないし、たまーに夢とかで前世を見た!って体験する人もいるだろうけど、俺みたいにもう一人の人が共存しているって感じるほどはっきりわかる人なんていない。
彼女の死後、四十九日を迎える前に転生した理由はわからないけど、その浄化という作業をすっとばしたために俺は清水 麻衣子の記憶そのままを受け継いで生を受けたのだ。
つまり俺の中には27歳の女性の記憶、経験、感性があり、それらと共存してこれからも生きていかなくてはいけないのだ。
生まれた時からそうだったからか、普通と違う事で苦労はあったけど、もうしょうがないって感じで割り切って生活している。
最初は立ちションこそとかもちょっと抵抗あったけど…!精通とか本当パニクったけど…!
もう平気だ、多分元々の清水 麻衣子自身もそんな割り切った性格だったからかもしれないけど…人生何事も経験って事で片付けている。
まぁ、この記憶のせいで天才児なんて祭り上げられてあんなガリ勉学校に入れられたんだけど…うん、そこはちょっとこの記憶を恨んだかも…
そりゃ、3歳くらいの子が足し算、引き算とか言葉を無意識に理解したら騒がれるよな…
彼女はあまり勉強好きじゃなかったみたいだし、俺もそうだったから中学から本当ついて行けなくてここに外部入学なんて事になったのだ。
逢阪家の血筋のおかげで頭の出来がよかったから成績が壊滅的とかはならなかったけど勉強漬けは本当キツかった!ゲームしたい漫画読みたいテレビ見たい!!なんて普通の男子みたいな気持ちが抑えられなかった。
あのガリ勉学校で遊んだり部活に精を出したり出来てたのは、俺みたいな紛い物じゃない本物の"天才児"ってやつだけだったしな…なんて思い当たる中学の友達を思い返した。
おっと3分経ったかな〜っと
肩より少し伸びた髪をゴムでまとめてズルズルと天そばを貪る。
んー、このチープな味が懐かしい。
全寮制の高校に行くことに決めた時、部活の合宿慣れしてた友達に連れられ非常食や部屋着を大量に買い込んだのだが、彼の謎なセンスで選ばれたゆるいTシャツは"新しい地で友達を作るきっかけになる"と言いくるめられたので今日から着用しようと思う。
下手くそなパンダの絵の下に"いぬ"と書かれた謎のTシャツにどれほどの効果が見込めるのかわからないが、部屋の片づけをするにあたっては楽でよかった。
寮の食堂や寮付近、門までの帰路は私服で構わないが、校舎内はさすがに制服を着用しなくてはならないらしいが、今から着替えるのも億劫だし今日は校舎内以外の散策でもしてみるか…それとも匠くんと合流するか…
27歳独身OLの生活を記憶している身としては、お一人様ってのが余裕で出来てしまう。
むしろ、ご飯や映画は一人のが楽だ…性格的なものもあるだろうけど普通の学生ならば何人かでつるむものだろう、実際彼女が学生の頃は何人かで行動を共にしていたみたいだしな。
…うん、一人で散策しよう。そうしよう。
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