第10話「発見、出会い、再会、そして飛び蹴り」

 くら十二翼じゅうによくが飛び去る様は、さながら天使が昇天するかのような神々こうごうしさだった。

 だが、その輝きが去ると、再びヨシュア達の周囲を闇が支配する。

 そして、その暗さに目が慣れ始めると、自分達が上昇する円形の床に立っていることがわかった。尚も洞察力を発揮するヨシュアに、左右から仲間達が抱き着いてくる。


「ちょっと、もぉ! あんたっ、なにやってんのよ! ……よかった、無事だ。傷も平気ね?」

「助かったッスゥ! 流石さすがヨシっち、伊達に超絶イケてるワルキューレな自分を召喚してないスねえ」


 ホッとしたのか、ヨシュアは身を浴びせてくるシレーヌとレギンレイヴに押し倒された。

 本音を言えば、まだ夢見心地だ。

 そして、妙な胸騒ぎが先程から収まらない。

 ついさっき、自分はなにをしたのか。

 自分が咄嗟とっさに呼び出したものは、あれはなんだったのか。


「な、なあ、二人共。あれは……あいつは、なんだった? 俺は……なにを呼び出したんだ」


 顔を見合わせるシレーヌとレギンレイヴ。

 どうやら心当たりがないようだが、なにかが引っかかる。ヨシュアは、引きこもっての半年で調べ上げた文献に、あの姿を見たような気がするのだ。

 とても女性的な、少女然しょうじょぜんとした愛らしい男の子。

 その背に広がる、十二枚の黒き翼。

 思案に沈んで記憶を掘り起こすヨシュアに、目を輝かせて迫るのはシレーヌだった。


「なにって……超美形イケメンショタだったわ! もう、かわいいの……ほっそりとして小柄で、そんな子がヨシュアを。ああっ、とうとい……ヤバみが凄いわっ! 有名絵師ゆうめいえしえが絵巻物えまきものみたい」

「な、なんスか? ヨシっち、シレっちが壊れたッス。なんか変なこと口走ってるス」

「素敵……そうね、ヨシュアも見た目だけは悪くないから、さっきの子と……ああん、無理! もう無理! 細い巻物が不徳ふとくなるわ!」

「……やっべ、シレっちくさってるッス」


 興奮に顔を上気させ、シレーヌが拳を握る。

 なんの話だかさっぱりわからなかったが、ヨシュアは妙な悪寒おかんが背筋を突き抜けるのを感じた。

 レギンレイヴのジト目が、普段の五割増で厳しい視線を送る。

 それに気付いたシレーヌは、ゴホンと咳払せきばらいして話題をそらした。


「そ、それより、この床動いてるわよね? 昇ってるわよね? ど、どこに……もとの落ちた場所に戻るのかしら」

「だと、思う、けど……そのさらに上、地上に繋がってるかもしれない」

「あっ、ヨシュアあんた……それが目的? そっか、第一階層を縦に貫く空白地帯って」

「ああ。誰が作ったかは知らねえが、昇降用の施設があると思った……ドンピシャだぜ」


 目を凝らせば、周囲の壁面には無数の小さな光が走っている。

 まるで皮膚にうっすら浮かぶ血管のように、ほのかな輝きが筋を引く。

 やがて、自分達が落ちた開かずの扉を通過し、さらに上へと装置は三人を運んでゆく。

 その間、モビルガードナーや迷宮ダンジョンのモンスター達は襲ってこなかった。三人に確定の死をもたらしかけたグレーターデーモンも、今は塩のかたまりとなって部屋の隅に積もっている。

 やがて、うなるような音と共に床は停止する。


「と、止まったわ……ここ、どこ? ちょっとヨシュア、地図っ! 地図の準備よ!」

「わ、わかってるって、ったく」

「ほえ? あそこ、開くッスねえ」


 空気が抜ける音がして、目の前の壁から扉が浮き出て開いた。

 先程落ちる前、ヨシュア達がへばりついて調べた扉と同じである。

 そして、その奥へと恐る恐る進めば……不思議な空間がヨシュア達を出迎えてくれた。淡い光は月夜にも似て、まだまだ暗いが見えないほどではない。それより、妙に肌寒いのが気になった。

 見渡せば、そこはまるで研究室か工房だ。

 そして、錬金術師であるシレーヌが正直に同じ感想を口にした。


「素敵な工房じゃない。いいわね……あたしもこういう環境で研究に没頭したいわ。寒いのは少しいただけないけど」

「同感だ。引き篭もりやすそうで凄くいい。見ろ、本棚に見たこともない本がビッシリ」

「周囲の実験装置は、これはなにかしら。この箱はひもが何本も――きゃっ!」


 床にも大小様々なケーブルが無数に散らばっている。それらは周囲の不思議な石碑コンピューター同士を繋いでおり、シレーヌが足を取られて転びそうになった。

 慌てて手を貸せば、吐息といきを感じる程に顔が近い。

 思わずヨシュアは呼吸を忘れてしまった。

 こうして見ると、キーキーうるさくて怖いが、シレーヌはとても綺麗だ。


「ちょ、ちょっと……どこ触ってんのよ?」

「え? ど、どこって」


 ヨシュアがシレーヌの背に回した手は、そのまま小柄な彼女をぐるりとめぐって……

 慌てて二人は離れて、赤面に顔をそむける。

 リョウカは豊かな起伏の曲線美きょくせんびだし、セーレは見てて恥ずかしくなるくらいにグラマーだ。だが、シレーヌの平坦な身体は、不思議と欠けた女性らしさを主張してくる。

 どぎまぎしていると、あきれ顔でレギンレイヴが溜息ためいきこぼす。


「なにやってんスか。アホらし……とにかく、もう少し光が欲しいッスね。松明たいまつとかあると便利かも。……あーそうそう、そういう感じッスよ! ナイス、ヨシっち!」


 なにもしてないので、ヨシュアは首をひねる。

 しかし、背後に気配を感じて振り向くと、まばゆい光が凝縮して浮かんでいた。まるで、地上に落ちてきた太陽のようだが、不思議と熱くない。

 そして、なにもない空間から突然、人影が飛び出してきた。


「わわっ、ヨシ君っ!」

「なにっ、ちょ、おまっ! ……リョウカ!?」


 そう、飛び出してきたのはリョウカだ。

 ブレイブマートのエプロン姿で、慌てて受け止めたヨシュアと抱擁ほうようする形になる。少しよろけたが、なんとかヨシュアは彼女を床へ降ろしてやることができた。

 ただでさえ、ひょろりとせて背も低いヨシュアだ。

 密かに男らしさを気にしているし、リョウカの方が目線一つ程背が高いから意識させられる。

 そして、リョウカが突然この場に現れた原因が、呑気のんきな声と共に光を消した。


「やっほー、ヨシ君。大丈夫だったあ? なんかね、ヨシ君の気配が突然薄れて消えかけたから、びっくりして。ほら、私は七十二柱ななじゅうにちゅうの中では運搬や移動が得意じゃない? ちょちょいとワープで」

「セ、セーレッ! ……心配してきてくれたのか?」

「モチ! どぉ? 頼れる魔神でしょ、れた? 惚れ直したぁ?」

「うっ、うるさいよ、もう! それより、ここはなんだ?」

「えっと、地上一階くらいかな? つまり、ここは」


 セーレは相変わらずの薄布うすぬの薄着うすぎで、気にした様子もなく周囲を歩き出す。

 地上一階……だとしたら、この場所はソロモニアの人間全員にとって特別な場所だ。


「つまり、さっきの縦坑たてこうはやっぱり……

「そゆこと。お、レギンちゃんは無事だね? ついでにシレーヌちゃんも。よかったよかった……んで、なんか寒くなーい? 妙なものばっかり並んでるし」


 その時だった。

 不意に声が走って、全員が身構える。

 一番機敏に反応したのは、持ってきた剣をさやから抜いたリョウカだった。自然とヨシュアは、彼女に守られるような格好になる。

 謎の声は冷たく鋭く、抑揚よくように欠いた響きで同じ言葉を繰り返した。


「おめんどは誰だあ? ここがアモン様の研究室と知っての狼藉だか!」


 妙ななまりの言葉と共に、白黒モノクロームの少女が近付いてくる。

 最初に部屋に入った時、人の気配はなかったはずだ。

 そして、一同の前に少女が立った今も、その気配は存在しない。そう、ヨシュア達が出会った不思議な乙女は、人間ではなかった。

 一目で人間じゃないとわかる、整い過ぎた白磁のような顔、そして全裸のシルエットなのにメタリックな光沢のボディ。例えていうならそう、宝石細工ほうせきざいくのビスクドールである。

 ヨシュアが詩的な自分をなかなかだぞと思っていると……リョウカとシレーヌが同時に口を開いた。


「わわっ、ロボットだ。ロボットの女の子だあ。へえ、こういうのトモキ君が好きだったな」

「なにこれっ、自動自律人形オートマトンじゃない! すっごい、まだあたしでも理論しか完成させてないのに!」


 ロボットとか自動自律人形とか、ようするにからくり仕掛けの人間らしい。


「オラはアモン様が発掘してくだすった、第七世代型アンドロイドのグリットだあ。ロボットでも自動自律人形でもねえよ」

「……えっと、発掘? アモン様って……あの魔王アモンかっ!?」

「んだよ? ここはアモン様のプライベートな研究室だべ」


 慌ててヨシュアは地図を取り出し、ディープアビスの第一階層『白亜ノ方舟回廊ハクアノハコブネカイロウ』のものに一枚重ねる。確かに魔王城にも空白地帯があり、それは今いる場所で例の縦坑と重なっていた。

 魔王城は天へとそびえて高く、最上階に魔王アモンの玉座があるらしい。

 必定ひつじょう、まだ見ぬ財宝を求める冒険者は、一階などに見向きもせず上へ向かう。もしくは、地下の入口からディープアビスへ挑戦するのだ。

 全くノーマークだった一階に、隠し部屋……それも、ブレイブマートと安全に行き来できる装置がある。ヨシュアは自然と、握ったこぶしで自分の手を叩いた。


「っし! リョウカ、マッコイ商会に連絡を取ってくれ。この縦坑と昇降装置を使って、商品をブレイブマートへ納品させる。さっきやばい奴がいたが、俺が……俺が召喚した奴が倒した。安全だと思う。輸送のコストが大きく下がるぞ」

「あ、なるほど……エレベーター! そっか、ヨシ君それで」

「……お、俺が働く店でもあるからな、ブレイブマートは。潰れてもらっちゃ困るんだよ」

「ヨシ君……ヨシ君っ! ありがとっ!」

「あーもぉ、くっつくな! ひっつくな! ……あとシレーヌ、お前は怒るか喜ぶかどっちかにしろ」


 尊いとか殺すとか言いつつ、シレーヌは身悶みもだえるように地団駄じだんだを踏んでいた。その姿にグリットは首を傾げ、皆は笑いを連鎖させる。

 その時、彼女の背後で扉らしきものが開いた。

 誰もが振り返ると、冒険者と思しき一団が入ってきた。


「ふう、やっぱ勇者様と冒険した魔導師は違うね。解錠かいじょうの魔法一つとっても一流だ」

「っと、ありゃ? 先客がいるぜ、この隠し部屋。おいおい、なんだよもー」

「って、ディアナちゃん? おーい、なに……どした?」


 そこには、ブルブルと身を震わせる妹のディアナがいた。彼女は何故なぜか「お兄ちゃんっどいて! そいつなぐれない!」と言いながら……殴るといいながら、

 訳もわからずリョウカをかばって、ヨシュアは妹の鋭い蹴りを顔面で受けるのだった。

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