第8話 VSオーク
「ええと、3ですね。1,2,3」
アーロン様とミニホムちゃんが向かい合って、床に座っています。二人の間に置かれているのはとあるボードゲーム。さいころによって駒を進めるスゴロクというやつです。
このスゴロクはただのスゴロクではありません。人間の人生をなぞるようにしてゴールを目指すものなのです。たしか、異国で発売されて過去に大ヒットしたのだとか。
人生のゴールというなら、最後は死ぬところまでやってほしいところですがね。
ああ、それにしても。
「二人だとさすがにつまらなくなってきたね」
ぼそりと彼女はこぼします。それについては薄々私も気が付いていました。
困りました。また、蔵をあさって娯楽を探してこなければ。
ここ数日のアーロン様はあまりプログラミングに没頭することもなく、少し物思いにふけっているようにも見えます。
それもこれも、あの宗教勧誘の男が残していった冊子のせいです。あれを読んでからアーロン様はちょっとおかしくなってしまったのです。
「はぁ……」
「決着はまた今度にしますか?」
「うん。片づけておいて、ホームちゃん」
憂鬱な顔をしたアーロン様は、それだけを言うと、私がすぐそばに出現させたふかふかのソファへと体を預けました。
それと同時に私は、正面から侵入してきた存在を察知しました。私はそれを映したモニターを、アーロン様の目の前にポップアップさせます。
「あ、オークだ」
ソファの上にあったピンクのクッションに顔をうずめながら、アーロン様はもごもごと言います。
「オークは馬鹿が多いからあんまり期待できないんだよね……」
「同感です」
モニターの向こう側のオークは、家の玄関を破壊してこじあけようとしていました。ドアを開けるという行為すら知らないとは。まったく、知性のかけらも感じられません。
「ホームちゃん、自動でやっておいて」
「かしこまりました」
中には学のあるオークもいるんですがね。魔王の従える四天王のうちの一人がそうでした。
私はオークを映していた画面を消すと、分裂した思考をオークの撃退に、もう一つの思考をスゴロクの片づけに使い始めました。
アーロン様は、例の冊子をぱらぱらとめくった後、私にある指示を与えました。
小さなモニターが開き、呼び出し音が数回。
「もしもし、パパ?」
モニターに現れたのは遠く離れた王都にいるはずの、勇者様の姿でした。いわゆる、魔導通信というやつです。
「おお、アーロン! どうしたんだ急に?」
夜の9時ごろの通信でしたが、身なりを見るに勇者様は起きていたようでした。きっと何かの宴会に呼ばれたのでしょう。後ろからは騒がしい音声が響いてきます。
「……ちょっとパパの声が聞きたくなっただけ」
恥ずかしそうにアーロン様がそう言うと、勇者様はその場で崩れ落ちたようでした。画面外へと消えていった勇者様を待つこと十秒ほど。復活してきた彼は、満面の笑みでぼろぼろと泣いていました。
「アーロン。今、俺は感激の涙を流している」
「見れば分かるよ」
冷静にアーロン様は答えます。
「ぐおおおおおお!!」
外から罠にかかったオークの悲鳴が響きます。二人は全く気にしていません。
「お仕事は順調なの?」
「ああ。王への謁見は済ませた。近いうちに諸王会議があるんだが……それに立ち会ってほしいと言われたよ。正直面倒だし、早くお前のところに帰りたい」
ああ、もうこれは立派な親ばかです。子煩悩です。
ともすれば恋人にでもかけるべき言葉を受けて、アーロン様は首を少しかしげました。
「魔王を討伐した勇者であるパパが、中立の立場で出席しないと、会議が荒れるんでしょ? 仕方ないよ」
「お、おお。よくわかったな。ホームに教えられたのか?」
「ううん。ちょっと考えただけ」
「そうか……アーロンは天才なのか……?」
「恥ずかしいから外でそういうこと言うのやめてね」
そのまま沈黙が数秒。アーロン様は落ち着かないようで、もじもじとしているようでした。
「アーロン、何かあったのか? パパがすぐに帰ろうか?」
心配そうに眉尻を下げた勇者様に、アーロン様は首を横に振りました。
「ううん、何も変なことは起こってないよ」
しかし彼女の言葉の直後、オークのすさまじい悲鳴が表のほうから響いてきました。
「うごおおおお! うがああああああ!」
ええ、彼女は何もおかしなことは言っていません。私が魔族を追い出すのは、変なことではなく日常ですから。
「そうか……でもどうしたんだ? お前からこうやって通信が来るだなんて初めてだろう」
「ぎゃあああああああああああ!!」
ひときわ大きな悲鳴を上げたオークを、私は家の敷地の外へと放り出しました。いっちょあがりです。
アーロン様は手にしていた冊子をぎゅっと握りしめ、意を決した様子で勇者様に向き直りました。
「パパ、私、魔王の話が聞きたいの」
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