た、大変だ。マダムが……
憩いの春
春が来た!
いやあ。春って最高。暖かくなってくるし、新芽も芽吹くし。視界に緑が多くなってくるだけで、こんなに気持ちが浮き立つなんて思わなかった。カッラムの街から抜け出して2週間。俺達は浮き立つ気持ちの中で旅を続けていた。寒さが大嫌いなプウラムは、暖かくなってとってもご機嫌だ。
機嫌がいいだけじゃなく、やたらボディタッチが増えている。ノアゼット様やディヴィさんにベタベタしてごろにゃんしているのは、生きてく上で必要な行為であるからして当然なのだが、なぜか、俺に対しても接触が多くなっている。なんだか本人も良く分からないまま、体がウキウキしてしょうがないようだ。
数カ月前の幼女の面影は全くなく、スラリと伸びた手足と相変わらずの幼い顔立ちのアンバランスさは危険な組み合わせだった。例えるなら、部活を熱心にやっている女子中学生みたいな感じだろうか。本人は姿かたちが変わったことに特に感慨はないようだが、俺は時折ドキドキするはめになる。
無邪気に俺にじゃれつくプウラムをどうしていいのか悩んでいるのは俺だけではないようで、ノアゼット様やディヴィさんもそのようなシーンを見るたびに微妙な表情をした。
「ねえ。プウラム。あんまり、そうやってシューニャにくっついたらダメよ」
見かねてディヴィさんが言うが、プウラムは全く意に介さない。
「どうして?」
「どうしてって、ちょっと変だからよ」
「変かなあ。別にシューニャは全然変じゃないよ」
「そうじゃなくて、あまり触ったりするのがおかしいってこと」
「えー。じゃあ、ノアゼット様やディヴィさんに触るのもダメなの?」
「それはいいの。だって、そうしないとあなたはお腹すくでしょ。でも、シューニャからは別に何ももらってないんだから」
「じゃあ、シューニャからも分けてもらえばいいんだね」
そうプウラムが言うと同時にごく軽い眩暈がする。
「うーん。やっぱり、ちょっと違うね。前よりは刺々しくなくなったけど、まだノアゼット様みたいに優しい味じゃないね」
何、そのグルメレポーターみたいな講評。
どう諭したらいいのか、言葉に詰まったディヴィさんが困ったように俺を見る。いや、俺を見ましても。
「ほら、プウラム。周りを見て見なよ。あまり、大人同士で抱きついている人なんていないだろう?」
プウラムはキョロキョロする。立ち寄ったホランドの街の広場を見回したプウラムは不満そうに言った。
「あそこの2人もそうだし、あっちもそう。あそこにもいるじゃない。シューニャの嘘つき」
まだ、日没には時間があるというのに熱心に客引きをしているオネーさんを指さしていた。向こうのは格好からするとただのカップルか。いずれにしても抱擁を交わすのが居ないわけじゃなかったか。
「あの人たちはお客を店に呼ぶためにやっているんだし、向こうの2人は特別な関係だからだと思うよ」
「そうよ、プウラム。アタシやノアゼット様がシューニャに抱きついたりしないでしょ」
「うーん。ねえ。シューニャは嫌?」
「えーと、嫌じゃないけど、人目のある所だと恥ずかしいかな」
「そうかあ。じゃあ、人のいるところではやらない」
ディヴィさんはまだ難しい顔をしていたが、これ以上の説明は自分でも難しいと判断したのだろう、それ以上は何も言わなかった。
宿に戻って食堂で夕食にする。塩漬け肉が数種とじゃがいもの入ったオムレツ、青野菜のスープに、チーズ入りの小麦粉の粥。そして、ワインの壺がテーブルの上にドンと置かれた。いつぞやのディヴィさんとの約束がやっと果たせるわけだ。
「かんぱーい」
ディヴィさんの声が弾む。
「ああ。何か月ぶりのお酒かしら。いいわあ」
「何か月ぶりというのは大げさだと思いますけど」
「そお? 2カ月は経ってると思うけど」
「何カ月といったら、普通は4とか5カ月ぐらいを言うと思うんですけどね」
「ねえ、シューニャ。人の感動に水を差すことはないんじゃない。そういうことばかり言ってると女の子に嫌われるわよ」
「へいへい、すいませんね。まあ、久しぶりなのはよく分かりましたから、羽目を外さない程度に楽しんでください」
「羽目を外したことなんてあったかしら?」
「はい。あります。ねえ、マダム?」
「そうですね。ディヴィさんは酔うとちょっと変ですね」
「そうなの? 何しました?」
「本当に覚えていないんですか?」
俺が呆れた声を出すとディヴィさんは心底不思議そうな顔をする。
「ぜんぜん。楽しくお酒を飲んでお店を後にしているところまでは覚えてるけど、お店じゃ変なことなんてしてないわよ」
「部屋に戻ってからです」
「何したってのよ?」
「いいんですか言っても」
「何よ、その言い方。いいから言ってみなさいよ」
「ノアゼット様に抱きついたり、俺の前で服を脱いだりとか、そんなことですよ。プウラムのこと言えませんよ」
「まーたまた、面白くない冗談言わないでよ」
「いえ、冗談ではありません」
ディヴィさんは俺達の顔を見回す。残念ながら、誰一人として否定の表情はしていなかった。
「あーあー。何も聞こえないわ。変なこと言うから、喉乾いちゃったじゃない。お姉さんお替り用意して」
ダメだこりゃ。
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