幕間:天才神官少女
ノアゼットは、クラウス大神殿の廊下を歩いていた。この神殿で神の教えを学び早や3年。その前は、帝国魔法学園で魔法を5年学んだ。どちらでも今までで最高の俊英と言われ、その知識を吸収してきた。
今日は大神官様に呼び出され、
「ついにその時が来ました。長い間、良く修行しましたね」
「はい。ありがとうございます」
「修行を始めたのは?」
「10の時でございます」
「それでは、任務を与えます。究極魔法を学び身に着け帰国することを命じます」
ここ、帝都アンシーを中心としたタンリーエン帝国は平和を享受し繁栄してきたが、数十年前より、その輝きに曇りが生じるようになった。闇の勢力の浸透により、人心は荒廃しはじめたのだ。
それを憂慮した皇帝がクラウス神の神託を仰いだ結果が、誰か優れた神官を神の元に遣わし、究極魔法を求めさせよ、とのことだった。この魔法を使えば、人の心の弱さを克服させ闇のささやきに対する抵抗を強めるとされた。ただ、この魔法を使うには、魔法に対する深い知識と膨大な魔力が必要とされる。
ノアゼットを送り出した大神官はお付きの者に言う。
「うまくやり遂げてくれればいいのだが」
「ノアゼットは優秀ですが、今は魔法を全く使えません。たどり着くのは困難と思われますが」
「あまりに強力な究極魔法は人間の持ちうる最大の魔力容量を必要とする。他の魔法を覚えてはその容量が足りなくなる。仕方あるまい」
「確かにあれほどの容量、常人ではありませんが……」
究極魔法用の巨大な魔力容器がノアゼットだった。魔法の基礎理論を学び、魔力を増幅させ、神の力を代行する術を身に着けた究極魔法専用の天才神官。ただ、その外見は、まだ、あどけなさの残る金髪の少女である。
翌日、身支度を終えたノアゼットは、大神官以下大勢の人に見送られて出立する。遠く西にあるという神の住まう地を目指しての旅だった。皇帝の命で付けられた従者2名を連れ、馬に乗って西へ西へと進む。帝国領内は治安も良く、安心して旅をすることができた。
1カ月ほど旅をして、帝国の国境を越え、とある山に差し掛かったところ、3体の魔物が襲い掛かる。それぞれ、黒山羊、虎、熊の頭をした魔物はノアゼット達をたやすく捕獲して、住処にさらっていった。
「へへ、今日はいっぺんに3人とはついてるな」
「ああ、早速頂いちまおう。腹が減った」
「3人は多いな。1人とっておこう」
「あれが一番うまそうだ。俺は楽しみはとっとく主義でね」
そう言うと、従者2人を引き出し、バラバラにして食べてしまう。
ノアゼットは目をつむったが、バリバリと人骨をかみ砕く音を耳にして気をうしなってしまう。しばらくして気づくと魔物たちの気配はしない。手足を縛られて身動きできないノアゼットに誰かがささやく。
「じっとしてて、縄を切るから」
手足をさすりながら、立ち上がるノアゼットの目の前に金色の羽をした小妖精が現れる。
「クラウス様の指示で陰からお守りしている者です。さあ、今のうちに」
そう言うと、馬のいるところに案内して、そっとノアゼットを抜け出させた。しばらく進むと小妖精は姿を消す。
供の者がいなくなり心細くなったノアゼットだったが、決意も新たに西へと進む。そして、2・3日進んだ森の中で、餓狼の群れに出くわしてしまった。必死に馬を駆って逃げるが地の利に明るい狼に岩場に追い詰められてしまう。口からよだれを垂らし、じりじりと輪を狭めてくる狼がノアゼットに飛び掛かろうとする瞬間、どこからか飛んできた矢が先頭の狼に刺さる。
慌てふためく狼に次々と矢が突き立ち、岩場の上から人影が飛び降りてくると狼たちは尻尾を巻いて逃げ出した。
「危ないところをありがとうございました」
礼を言って顔をあげたノアゼットの可憐な容貌に驚きながら、
「もう大丈夫です。私はこの辺りで猟をしている者です。今夜は私のところにお泊りなさい」
朴訥そうな姿を見て、ノアゼットはその好意に甘えることにした。
簡単な夕食の後、猟師が訪ねる。
「女の子がこんなところで何を?」
「私はアンシーから来ました。クラウス様の元に魔法を習いに行く途中です」
事情を聞き、猟師が請け合う。
「私もタンリーエンの国民です。ここは国境外ですが、私の庭のようなもの。途中まで送っていって差し上げます」
連れができ安心していたノアゼットだが、一緒に旅をして3日後、猟師がいとまごいをする。
「この山の向こうはチベ国です。私も様子は分かりません。ここでお別れです」
必死になってかき口説く美少女にほだされそうになるが、気の毒そうに言う。
「残念ですが、この先ではお役に立てないでしょう」
そこへ、うおおおおおお、という雄たけびが響きわたり、ノアゼットが身をすくめる。ますます、取り乱すノアゼットに、
「ああ、あれはあの山に閉じ込められた罪人です。出られないから大丈夫ですよ」
信じないノアゼットに、では直接見てください、と猟師はその場に連れて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます