4
あれから二日後。桐谷先輩は何もなかったようにあたしに接してくる。
あの日、先輩に急に本部に呼ばれた日は、心ここにあらずという状態で、ふらふらと家に帰った。そのままずっと先輩のことが頭から離れなくて、夕ご飯の味も分からなかった。ベッドに入っても、先輩の顔がまぶたの裏にちらついた。翌日、寝不足のまま学校に行くと、先輩はいつもどおりの顔で挨拶してくる。もう、意味が分からない。パラレルワールドを本気で信じてしまいそうだ。
森は、相変わらずもの静かに過ごしている。
一ヶ月以上彼を監視していて、あたしと森は、なんだか変な関係になっていた。委員会の任務なので、友達になったり、必要以上にコミュニケーションを取ったりすることはなかったが、ふとした瞬間に目が合うと、互いに顔を見てにやりとすることを繰り返していた。あの日のことを先輩は何も気にしていないようだが、あたしは気まずくてならないので、委員会にもほとんど顔を出していない。それでも森を監視し続けるのは、彼との変な関係を無意識に楽しんでいるからだろうか。それとも、先輩のことを忘れる口実か、あたしにも分からない。
スピーカー化現象も鳴りを潜め、先輩との関係も進展しない、奇妙で平和な日々がしばらく続いた。綱渡りのようにぐらぐらとして、今にも壊れそうな日常はそこそこ楽しく、いつか終わるだろうと分かっていても、終わってしまうのが惜しい気がした。しかし、やはりそんな不安定な状況がいつまでも保つわけがなく。ある日、あたしは再び呼び出された。今回は、桐谷先輩ではなく森桜雅によって。
一限から六限までの授業がすべて終わり、教室は騒がしくなっていた。あくびをして伸びをする者、友達と笑いながら教室の外へ出る者、意味もないのに大声を上げる者、色々な人の姿が色とりどりに視界に踊る。帰宅部のあたしもそろそろ帰ろうかと、鞄に伸ばした。
「あの」
手が鞄に触れるか触れないかくらいのところで、声が降ってきた。落ち着いた中高音の声。男子だ。誰だろうと思いながら、とりあえず鞄をとって、あたしは何気なく顔を上げた。そして言葉を失った。
「……森?」やっとのことで声を絞り出す。
森桜雅が、あたしの机の前に突っ立っていた。いつも距離をとって監視していたからか、近くで見るとどぎまぎしてしまう。あたしを見下ろす彼を呆然と見返しながら、疑問が渦をまいた。どうして来たんだ。監視がばれたのか。いや、もうばれているか。じゃあどうして。なんで来てしまったんだ。あのまま、目が合うたびに笑いあう仲でいることが一番なのに。
「社……さん?」あたしのことをどう呼べばいいか迷っているのだろう。困った表情がかすかに眉をかすめた。「社でいいよ」あたしはみじかく答える。少し嬉しそうにうなずいた彼に、疑問はふくれあがるばかりだった。
普段から森は、誰かに話しかけるようなキャラではない。いつも一人で、近寄りがたいオーラすら出している。そんな彼が急にあまり面識のないはずのあたしのもとに歩み寄って、会話をしているのだ。クラス中があたしたちに注目していた。
居心地の悪さを感じて彼を見ると、どうやら何も気にしていないようだ。あたしはいたたまれなくなって、彼の手を掴んで廊下に出た。驚く彼を無視してずんずん歩く。しんとしたクラス内が、あたし達が外に出た瞬間、どっと沸くのを背中で感じた。どうしてこんな。急に話しかけてきた森に対してイライラして、頭がかあっと熱くなった。思わず、握りしめた彼の手首を締め上げてしまう。あたしは、早足で歩きながら頭を冷やした。
森を半分引きずるようにして、人気の少ないところへ出た。教室の喧噪が遠雷のように遠くに聞こえる。森の手をむんずと掴んだ、そのポーズのまま、あたしは立ち竦んだ。ごちゃごちゃした頭が、蜂のようなうなり声をあげている。
「社……?」
遠慮がちな森の声に、頭の中で飛び回っていた蜂が、すっといなくなった。
「なに?」あたしは向き直って、改めて森と対峙する。
彼をこんなに近くで見たのは初めてかもしれない。桐谷先輩とは比べ物にならないくらい、普通の男子だ。背は百七十センチ前後、薄い胸は、制服をだぼつかせてだらしない雰囲気だ。目にかかった長めの黒髪は暗いイメージを植え付る。細い鼻と色のない薄い唇に、ワイシャツの袖から伸びる白く骨張った腕は、線の細さを強調していた。しかし、前髪の隙間から覗く一重の黒い瞳は、なにか不思議な魅力を放ち底光りしていた。
「俺のこと、監視、してただろ」ゆっくりと言葉を選ぶように声帯を震わせる森の声は、細い身体に似合わず、しっかりと力強いものだった。
「ええ」聞かれると覚悟していたからか、すんなり声がでた。
「してた」委員会のことを聞かれるのだろうか。要警戒の相手だ。森をそっと盗み見ると、目元は髪で隠れて見えないが、薄い唇が微かに笑っていて驚いた。
「ありがとう」薄く笑いながら、彼は言った。
「監視っていう名目でも、俺に笑いかけてくれて、俺を意識してくれて、嬉しかったんだ」
呆然としたあたしに、わずかに弾んだ口調で森は続けた。
「気持ち悪いかもしれないけど、本当に、嬉しかったんだ。」
そう言ってあたしを見た彼の目は、綺麗に透き通っていて。かっこつけた先輩の美しさをも凌駕して見えた。
「嬉しかった……?」
うん、と、素直に答える。
「あたしは、あんたを監視してたのよ?」
うん。
「スピーカー化したら処理するつもりでだよ?」
うん。
なんでそんな。
無邪気な森が、悲しかった。こいつは今まで、どれほど孤独にいたのだろうか。
「スピーカー化抑制ピル。」
ふいに意外な言葉が出て、あたしは勢い良く顔を上げた。
顔を上げて一番に飛びこんだのは、透明な茶色の瓶だった。視線を森に移すと、悲しげに笑ってあたしを見ている。
「これって……」記憶の端を、こするものがあった。
「社が俺を監視してたのって、スピーカー化する可能性が高いから、だよね?」うなずく。
「それ、半分当たってるんだ。」
「え」
「スピーカー化はもう始まってる。」森は、ワイシャツの袖をめくってあたしの方に伸ばした。
あたしは思わず息を飲んだ。森の肌の白さは生まれつきではなかったのだ。異常なまでに白い腕には、ぼこぼこした大きな突起が無数に出ており、伸びようとした何かが途中で無惨に潰されたかのようで、それらは目を逸らしたくなるほど醜かった。
「これが、スピーカー化抑制ピルの効果。変化が確実に遅くなる代わりに、免疫力の低下と醜い傷を残す。もう俺は、薬なしじゃ生きていけないんだ。」
言葉を失った。あたしの顔を見て、少し困った顔をした森は、急いで言い足す。
「えっと、俺が言いたかったことはこんなことじゃなくて……。社が俺のことを、監視し始めてから、薬の量が減ったんだ。」
あたしはひどい顔をしているだろうか。精一杯気を遣った痛々しい笑顔で、森は早口にしゃべる。
「だから、俺、社に感謝してる。社に会えて。社に監視されて。気持ち悪いかな。半分スピーカーになった、バケモンみたいな俺に笑いかけてくれて。うれしかったんだ。」
森の口が、ぺらぺらと動く。スピーカー人間みたいに、自分の全てを吐き出すように。
「社なら、分かってくれるだろ。スピーカー処理委員の中で、スピーカー人間を人としてみてるのは社だけだった。社がいたから、半分バケモンの俺でも、いつかスピーカーになってしまう俺でも、生きていたいって思ったんだ。そう思えたんだ。」喋りながら強く握りしめて、ずり上がったワイシャツの隙間から、白く生生しい傷跡が覗いた。「さっさとスピーカー化して楽になりたいって思ってたのを、社が変えてくれたんだ。だから。……だから!」
森の黒い目から、白い雫が盛り上がって落ちた。一滴落ちるのを境に、ぼろぼろと涙がこぼれる。
「だから、俺は、社がすきだ。」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、ほとんど聞こえないくらいにかすれた声を絞り出した。
あたしはそんな森に、同情していたのだろうか。
あたしの視線の先には、スピーカー化抑制ピルがあり。頭の中には、桐谷先輩がいた。
「ごめん」目をそらして言った。
この時、あたしの脳裏にはあの日の先輩がいて。暗い本部で蹴った鞄から転がり出た茶色い瓶があり。陶器のように白く浮かび上がる先輩の頬があった。
「ごめん、森、あたし――――」言いかけて、はっと思い至った。森は、スピーカー化抑制ピルを服用している。そんな不安定な状態の彼に、この衝撃は大きすぎるんじゃ。『二次災害だけは起こさないようにしとけ』先輩の声が耳に蘇った。
「うん」落ち着いた声がして、ぱっと森を見る。
「予想してた。」涙を拭いながら、彼はあかるく笑った。
「初恋は実らないもんな」話聞いてくれてありがとう。
そう言った森の笑顔は、スピーカー化する気配は微塵もなく、紛れもない人間の普通の顔で、あたしは電気が走ったような衝撃を受けた。
森の笑う顔に、紫苑が重なる。彼女がスピーカーになった瞬間から、その前の記憶が蘇る。木村先生の授業が、あたしが処理してきた人たちにあったであろう過去が、脳を駆け巡った。先輩のことばかり考えて、森を人間扱いしなかったのはあたしじゃないか。スピーカー人間は一人の人だとか、綺麗事で塗り固めて、スピーカーを本当に恐れていたのは、あたしじゃないか。
森はスピーカー化しない。あたしがいるから、スピーカーにならない。人は、誰かのためなら頑張れるのだ。誰かがいるから踏みとどまるのだ。
「森」目頭が熱くなって、視界が歪んだ。涙が、こぼれるのを感じた。
「ごめん」
「えっ」驚いた声がする。
「ごめんね」
「ち、ちがっ」
「ありがとう」あたしは膝を折って泣き出した。なんであたしが、こんなに泣くのだろうと思いながら。
遠慮がちにそっと肩に触れた森の手も、おそらくそう思っていることだろう。
教室から鳴り響いていた雷はもう止み、吹奏楽部の奏でる不協和音が、あたしたちを優しく包み込んでいた。
ビーーーーーーーー!
突然鳴り響いた警報音が鋭く空気を裂いて、あたしたちを凍り付かせた。こんな音、聞いたことがない。少しずつ校舎が困惑したざわめきに包まれていく。
そんな中、どこかでつんざくような悲鳴が聞こえた気がした。
「なんのおと?」惚けたように森が呟く。
「大変だ!スピーカー人間だ!スピーカー人間が出たぞ!」
誰かの怒鳴り声で、あたしと森は身体を堅くした。
「スピーカー処理委員会本部だ!」びくんと身体が動く。
「桐谷桃吾がスピーカー化した!」
あたしは勢い良く立ち上がった。
先輩の姿がフラッシュバックする。薄暗い部屋で、妖艶に浮かび上がる滑らかな肌。大きな平べったい手の平。あたしはその手をとって、委員会に入ったのだ。あたしの肩をつかんだ力強い両手。初めて会った先輩は、孤独だったけれどエネルギーに満ち溢れ、まぶしいほどに輝いていた。
「あたし、行くね」
背中で、森が力強くうなずくのを感じながら、あたしはぱっと駆け出した。
校舎内は大騒ぎだった。生徒が、教師が、我先にと本部がある方向から少しでも離れようと走っている。あたしは濁流のような人の群れをかき分け、必死に流れに逆らって走りまくった。スピーカー処理委員会の幹部で、先輩の寵愛を人一倍受けていたあたしを見て、こそこそとささやきあったり、これ見よがしに冷やかし、罵声を浴びせたりする人もいた。鋭く冷たい目線を浴びながら、本部へただひたすら走った。頭にあるのは先輩だけだった。
走るほどに、人は少なくなる。そして微かに、あの、聞き慣れた叫び声がしてくる。それはあたしに、先輩がスピーカー化したという信じがたい話を、事実だと裏付けていた。
紫苑。心の中で、友の名を呼ぶ。
紫苑。今度はあたし、先輩を助けられるかな。あなたを助けられなかったあたしに、他人を助ける資格はあるのかな。あの日、スピーカー処理委員会に入ってから、あたしは紫苑を助けるのと逆の道を歩いてた。森はああ言ってくれたけど、あたしは卑怯だ。自分を正当化して、スピーカー人間いちばん蔑んでいた卑怯者だ。紫苑。そんなあたしを、どうかゆるしてください。
足が一歩出るたびに、涙が一粒溢れる。
先輩の叫ぶ言葉が聞こえるたびに、嗚咽が漏れる。
あたしは先輩をも偽ってたんだ。
「先輩――――――」
弾む息で立ち止まったそこには、スピーカーになりかかった、桐谷先輩のいびつな姿があった。
「桐谷先輩」あたしは息を整えて、もう一度名前を呼んだ。
「がああああああああ!」スピーカーで肩のあたりが盛り上がった先輩が、血走った目を剥いてあたしを見た。が、焦点はあっていない。
「先輩」スピーカー人間になりかかっていても、ぐにゃりと曲がった身体と、白光りする肌は不思議に妖艶で、美しくさえあった。色褪せない魔力的な先輩の魅力は、このときばかりは哀しく映った。
『うああああああああああああ』鼓膜が破れそうな、割れたスピーカーの音で先輩は叫ぶ。
「社です」
震えそうな声を抑え、いつもの調子を必死に保った。
「先輩、今日はどうしたんですか」
『あああああ……』
「森はスピーカー化しませんでしたよ」
『ううううあああうう』
「先輩、なんで隠してたんですか?」
「あたしに」ひゅっ、と息を吸う。
「なんで」
震えが止まらなくなる。
「あの日、あたしが蹴った鞄に入っていたのはスピーカー化抑制ピルですよね?だから先輩はあんなに必死に隠そうとした。」
「あのとき、ピルのことを話してくれたら」
先輩の叫び声が、一瞬止まった。そして、あたしの方を向いて言った。
『なアアアにが、で、きたっっっっていうんダ。おまえ、に、なにガガガガ』
がん、と衝撃が走った。
先輩は、あたしを見ている。今度は確かに、はっきりと見ている。
『なにができたっていうんだ。おまえになにが。』
桐谷先輩は、そう言った。消え行く意識の中で、あたしにそう言ったのだ。
「たぶん」ぽつりと口を開いた。
「何もできなかったと思います。」ぶれる先輩の目線を追いながら言った。
「でも、先輩に、悪口じゃない、嘘じゃない、ほんとの言葉をあげることができたはずです。今までよりももっとたくさん。先輩はめっちゃいい人だって、本当に素晴らしい人なんだって、あたしが会った人の中で、あたしが見た人の中で、いちばん綺麗でかっこいい人だって、言えたはずです。」
『カッコつけてんじゃねえよ!』右肩から生えたスピーカーが、怒鳴りだす。
「今からでも言いましょうか?」
スピーカーの音に負けじと言い返した。
「紫苑がスピーカー化したとき!助けてくれた先輩は本当にかっこよかった!委員会に入ったあと、先輩のかっこよさは顔だけじゃないって分かった。先輩は、人一倍努力して、人一倍委員会のことを想っていて、人一倍皆を守りたいって思って行動してましたよね!強引な処理の方法は気に入らなかったけど、そんな先輩の気持ちはあたしに、後輩に、伝わってました!」
「だから先輩」
両手を広げて、歩み寄る。
「目を覚ましてください。」泣きそうだったけれど、必死に口角を上げる。
「もうひとりで抱え込まないでください」
「人は、人と人とで支えあうものです。」
『二年の社が好きなんだろ!女好きが』スピーカーから漏れた意外な言葉に、足を止めた。
「えっ」
「社先輩!近づかないでください!危険です!」
驚いて振り向くと、委員会の後輩だった。目に涙を溜めながら、シールドを展開しようとしている。
「委員長を、処理、します……」
もはや泣きながら言った後輩に、あたしは微笑みかけた。
「後輩にそんな辛い役やらせるわけないよ」
「処理は、あたしがやる。シールドお願い」
「はい……」
ほっとしたように引き下がった後輩を尻目に、あたしはもう一度先輩と向き合った。
「見ましたか?先輩」
『ぐおおおおおおおお……』
「後輩は、先輩の意志をちゃんと継いでます」
後輩達を見て、心を決めた。―――――あたしは、先輩を処理しない。もう誰も処理しない。あたしはもうここで先輩に殺されても良いから、桐谷桃吾を人間に戻してみせる。
「森は、あたしがいたからスピーカー化しなかったそうです。」
先輩の身体から、白い棘が無数に生えてきた。それには痛みが伴うのだろうか、激しく身体をくねらせるため、長い棘が振り回され、危険だ。レベル5のスピーカー人間。丸腰で近づくのは自殺行為に近い。あたしはそんな先輩にしずかに歩み寄った。不思議と恐怖は微塵もない。背後であたしを止める後輩の叫び声がした。
「不思議ですよね。森は、いつでもスピーカー化してもおかしくない状況だったのに、あたしを意識するだけで進行が止まったって言ってました。」棘を振り回す先輩が、窓を背に黒々と見える。
「人は弱いものです。」あたしはしずかに言った。
弱くて、弱くて、ひとりじゃ生きていけないから、ひとりじゃ死んでしまうから、誰かにすがるんです。あたしは紫苑にすがっていました。紫苑が居なくなった後は、先輩にすがっていました。紫苑は、あたしが一方的にすがっていただけで、いつの間にか居なくなってしまいました。先輩も、遠くに行ってしまうんですか。
すがってください。誰かに。
頼ってください。人に。
あなたはひとりじゃない。
「綺麗事ですか?それでもいいです。」現実を叫ぶより、綺麗事を信じて生きたほうが幸せだ。
「あなたは強すぎた。」
そう言って、棘の隙間で埋もれるように覗く陶器のような桐谷先輩の頬に、そっと右手を添えた。
「こんなあたしを好きになってくれてありがとうございます」
「でもあたしは――――――」
ぐりんと先輩の目玉が動いて、あたしを見た。その異常な動きにぎょっとして、言葉が詰まる。白い肌に血走った白目の赤い血管が生々しかった。
あたしが喋っている間は動きが止まっていた先輩が、その瞬間、急に動いた。
速い――――――!
よける間もなく、棘が迫る。
上手くいくと思ったのに。心からの言葉を投げかければ、スピーカー化を止められると思ったのに。甘かった。やっぱりスピーカー化は止められないものなのか。
あたしのうぬぼれか。
後輩の悲鳴が聞こえる。
棘が風を切る音。先輩の赤い狂気の目。
死ぬのか。
運良く生き残るのか。
それなら死んでしまいたいな。
後輩には悪いことをした。
あと、森。
「ごめん」
呟いて、目を閉じた。
その時、誰かが傍らで地面を蹴る音がした―――――。
一秒。
二秒。
三秒。
痛くない。
何も起きない。
ゆっくり目を開く。
そこには、あたしをかばうように立ちふさがった男の背中と、血に染まった白い棘。呆然と立ち尽くすスピーカー人間の姿があった。
「森!」
悲鳴のように叫んだ。
森の身体がぐらりとかしいで、桐谷先輩と森は、同時に倒れた。
夕焼けが差し込む白い床に、薔薇の花びらのように飛び散る鮮血。血を被った異形の化け物は、壊れた石膏像のように不思議な美しさを放っていた。あたしはその中心で、森の頭を抱いてむせび泣いた。
叫び声が入り交じり、解け合い。音がなくなって真っ暗になった。
そこからはもう、覚えていない。
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