僕の虹色

ぺら紙

第1話

映画を見た。

どこにでもあるような、若い男女が出合い、紆余曲折あり、結ばれる、そんな映画だった。そんなどこにでもある映画をみた僕は、三日間会社を休んだ。


「どうしたんだ、急に三日も休みやがって」

出社早々に同僚に嫌味を言われた僕は、ただ苦笑いをするしかなかった。理由なんてこっちが知りたかった。

「仕事が溜まってるんだ、さっさと片づけてくれよ」

「その会議の資料、さっさと先方に送ってくれ」

「あのプログラムまだ終わってないのかよ」

すぐやる、もうちょっと待ってください、申し訳ありません――

突然の休みだったにも関わらず、心配や配慮はない。反射で出てくる言葉には、感情は籠らない。形ばかり謝り、その場しのぎで時を過ごしていく。あの映画とは大違いに。

三日分の空白を埋めた頃には、会社の食堂はすでに営業時間外となっていた。ちょうどランチの時間にしかやっていない食堂は、鍵が閉まり電灯も消えていた。僕に付き合って資料作成をしていた同僚の舌打ちが聞こえる。このところ、昼食はまともに取れていないことを僕はよく知っている。席に戻り、机から取り出した携帯食をかじりながら、小声で愚痴を聞くのも慣れたものだ。

「仕事振り過ぎなんだよな、今の上司」

適当に相槌を打ちつつ、次の仕事の準備を進める。やらなければならない仕事なんて、まだまだ山積みだ。

「まあ、せいぜい潰れない程度にやってくれよな」

冷やかしに聞こえる同僚の言葉は、少しだけ僕の心を落ち着かせてくれた。


人は誰しもが主人公である。よく聞く言葉だが、僕は一度もそう思ったことがない。そう思えたことがない。いくら自分が輝くような場面でも、一歩引いた立場で眺めてしまう。そして、もっと輝くべき人を探してしまう。そうしてしまうだろう。仕事帰りの道すがらに、そんなことを考えてしまう。酔っ払いを避けつつ、先日見た映画を思い出しながら。

彼らは間違いなく主人公だった。煌びやかに輝く日常にがあり、色褪せない思い出があり、虹色の未来があった。それらは彼らのものだ。なんてことのない、当たり前のことだ。だから、どこにでもある映画だと思ったのだ。しかし、ではなぜ、こんなにも僕の記憶にこびり付いているのだ。僕の感情を汚しているのだ。勢いで蹴飛ばした空き缶は、縁石に当たり僕の鞄に跳ね返ってきた。


しばらくして、別の映画を見た。

前に見た映画と同じような、中高生の男女の出会いを描いた、どこにでもあるような映画だった。今度は会社を休まなかった。

「俺、来月会社辞めるから」

不意に同僚に声をかけられた。ふうん、といつものように相槌を打った。僕が大層驚くと思っていたのか、同僚は拍子抜けをしていた。

「いつまでもこんなとこにいちゃいけねえよ。お前もさっさと辞めた方がいいぜ、そういや噂じゃ先輩が......」

矢継ぎ早に話を進める同僚の話の内容は、半分も理解しなかった。同僚が辞める、その事実だけで僕はどこか満たされていた。そうか、お前、いなくなるのか――

人手が少なくなることがわかり、僕への当たりは徐々に強くなっていった。期待されているのか、仕方なく僕に仕事を回しているのかは定かではないが、僕の仕事量は急増した。だから僕は、潰れない程度に仕事をこなし、僕の日常を守ることにした。


同僚が去ってからは、映画を見なくなった。

あの日見た、煌びやかな日常は、まだ僕の記憶にこびり付いている。虹色は、今も僕の感情に焼き付いている。

それでも僕は、僕の日常を守らなければならない。それが、本当は僕のものではなかったとしても、僕はそうすることにした。

――これが、僕の人生だ。

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