エピローグ

最終話 戻って初めての散歩

 戻って初めての犬の散歩は、とても気分のよいものだった。


 公園の木々、さえずる小鳥、すれ違う通行人、車の飛び交う交差点。

 クロと一緒に見るその日常の景色すべてが、癒しのフィルタを通って目に入ってきた。


 そのクロは、俺の後ろをしっかりとついてきている。

 振り返れば、そのつど視線が暖かく交差する。


「さて、一時間経ったな。そろそろ戻らないと母さんが心配しそうだ。帰ろう」


 クロが短く返事する。

 今まで来た道を、反対方向、自宅の方向へと歩き出した。




 歩いていたら。

 埋もれていた記憶が一つ、突然よみがえってきた。


「犬は人間よりも寿命が短いの。だから飼い主と一緒にいる時間はとても大切なのよ」


 以前に母さんが言っていたんだっけな?

 うちは犬の散歩を毎日、朝夕二回こなして、家の中でもできるだけ一緒に過ごす時間を作っていた。

 俺が「疲れないの?」などとぬかしてしまったときに、そう言われた気がする。


 それを思い出しながら、おとなしく後ろをついてくるクロを見ていたら。

 なんだかまた急に愛おしく感じてきた。

 しゃがんでクロに話しかける。


「俺、これから頑張って世話に参加するから。餌もあげるし、散歩にも連れていくし、ブラシもかけるから。だから、ちょっとでも長生きしてくれよ」


 クロはワンと一回だけ返事すると、頬を俺の顔に擦りつけた。




「ただいま」


 散歩から帰って玄関に入ると、奥から「お帰り」と母さんの声が聞こえる。


 クロの散歩に行ってくる、と言ったときは、家族全員が驚いていた。

 そりゃそうだ。自主的に行ったことなんて、今まで一度もなかったのだから。

 でも、これからは毎日行く。


 クロの足を拭き、頭をポンと叩いて、一緒に俺の部屋に向かった。




 しかし。

 あっちの時代ではいろいろあったな、と思う。

 本当に、いろいろ。


 ……。


 急に。

 あの時代でのことを、記録して、伝えたいと思った。


 俺がこの世界の未来を知ったから、というのもあるかな?

 知ったからといって、俺は別に政治家になるわけじゃない。

 だからたぶん、未来は変わらない。

 でもなんとなく、見てきた未来を、何かのかたちで残しておきたいと思った。


 そして、何も残さないと記憶が薄れていきそうで怖い、という思いも出てきた。

 国王ら城の人たち、カイルら子供たち、向こうで関わったすべての人たち。

 彼らには、いろいろなモノをもらった。

 もちろんクロにもだ。

 向こうであれだけ世話になって、忘れるなんて許されないだろう。


 うん。やっぱり何かに書き残して公開しよう。

 どんなかたちにしようかな?


 インターネットを検索する。

 ブログは……うーん、ちょっと違うな。日記で使う人が多そうだし。

 リアル日記だと勘違いされたら、ちょっと頭が飛んでいると思われそうだ。


 小説とかなら大丈夫かな。フィクションなら誰も文句言うまい。

 ええと。

 へえ、今はネットで簡単に小説を公開できるサイトがあるのか。便利な世の中になったものだ。


 じゃあこれでいこうかな。

 小説なんて書いたことないけど、適当に日記みたいに書けばいいかな?


 ユーザー登録、と。

 ログインしたら、管理画面が出てきた。


「クロ、見てみ。これからここに、お前と一緒にあの時代で見てきたことをまとめてみるよ」


 クロが画面を覗きこむ。

 そして、そのまま俺の腿の上に頭を預けた。

 ははは。さすがに意味はわからなかったか。



 さて……と。

 では、書いてみましょうかね。







―――――――――――――――


『緑の楽園』 -完-

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