第66話 未来に、お別れ

 今までお世話になった人たちへ、クロと一緒にお礼の挨拶まわりをした。


 まずカイル以外の子供たちを町に送り、お別れした。

 町長や孤児院の院長、最初に運び込まれた診療所の医者にも、挨拶を済ませた。


 町を出て首都に行くときもそうだったので、予想はしていたが……。

 やはり、子供たちには泣かれた。

 いずれは帰らなければならない――それは以前から言っていた。でも、子供の気持ちというものは、その手の情報はなかなか織り込み済みにはならないらしい。

 あまりにもビービ―泣かれるので、こっちも泣いてしまった。


 町長からは、だいぶ顔が変わったねと言われた。

 そして「お疲れさま」と、肩を叩かれた。

 また泣いてしまった。


 そのあとは首都に戻り、神社、地図屋、診療所、城の中の関係者たち、遠征で世話になった兵士たちのところに行き、挨拶した。


 俺が大昔から来たということを知っている人に対しては、もうこの時代からはおさらばする旨をハッキリと伝えた。

 知らない人に対しては、この国を離れます、おそらくもう戻りません、という言い方をした。


 お別れというのは寂しいものだ。

 しかも今回の別れは、小中学校の卒業式などとはわけが違う。卒業した後もたまには会いましょう、とはいかない。

 もう、二度と会えない。


 この辺は、今考えるとつらくなるだけだ。

 いったん引き出しに仕舞っておこう。


 ちなみに。俺が挨拶回りを始める前に、神は先に帰った。

 戦勝会のあとに俺のところに来て、「挨拶回りが終わったら、クロと一緒に神社に来て祈るように」と言い残し、そのまま景色に溶け込むように消滅した。


 いきなりだったので慌てた。

 国王たちに何も言っていなかったらどうしよう? と心配したが、どうやら戦勝会中に一通り挨拶を済ませていたらしい。


 今回の降臨は極めて特殊なケースだったため、今後については「基本的に降臨することはない」と言っていたそうだ。

 まあ、当然だとは思う。

 今回はあまりそのようなことはなかったようだが、何度も降臨していると、そのうち「雨を降らせてくれ」とか「病気を治してくれ」だとか、無理な陳情が多数寄せられるようになる可能性がある。

 あの神はそんなことが可能な仕様には見えなかった。さっさと帰って正解だったかもしれない。


 しかし国王はそんな神に対し、今後この国で五十年に一度、「神降臨祭」なるものを開くことを伝えたそうだ。

 どうやら、「もう会えない」と百パーセント固定されてしまうのが嫌だったようだ。気が向いたらそのタイミングで姿を見せてもらえれば、ということらしい。

 神は「考えておく」と答えたとか。




 ***




 さわやかな、青空。

 俺がいた時代で言えば、まだ梅雨が明けるには少し早い時期だ。

 でも、よく晴れていた。


 久しぶりに歩く首都の神社の境内も、気持ちのよいものだった。

 見上げると、樹木の青々とした葉の隙間から、夏めいた光が差し込んでいる。


 いよいよ、この時代からはおさらばだ。


 俺は、神社の本殿から。クロは、その横にある小ぶりの祠の霊獣像から。

 まずは、前に神と面会した白い空間に行くことになるのだろう。そしてそこから、二十二年間慣れ親しんだ平成の時代に帰ることになるのだと思う。


 まずはクロからだ。


「クロ、元気でな」

「クロお疲れさま!」

「お疲れ様でした」


 見送りに来た国王とカイル、そしてタケルがそれぞれクロに抱き付いて、別れの挨拶をしている。

 護衛の兵士たちも全員が立礼していた。


 クロが像の前に向かおうとする。


「あ、クロ。ちょっと待った」

「なんだ」


 クロの前で、しゃがんだ。


「こちらの時代に来てから、いろいろと世話になった。ありがとう……と俺が言うのは、お前的にはあまりよくないのかな」

「そうだな」

「相変わらずだな。じゃあ、頭を出してくれ」


 俺のすぐ目の前に、白い頭が差し出された。

 その上を、右手の手のひらで、ゆっくり撫でる。


 耳の角度が下がり、まぶたが閉じられた。


 たぶん、俺は初めてクロの頭を撫でた。

 頭頂部の毛は短いが、柔らかかった。

 逆にこちらの手が撫でられているような感触だった。


「……」


 手を離すと、クロはゆっくりと目を開けた。


「じゃあ、またあとでな」

「ああ……」


 クロが霊獣像の前に進む。

 そして瞑想に入った。


「あ――」


 クロの姿は消えた。




 さて、今度は俺だ。


「あの。あんまり泣かれるとこっちもキツいんで。できれば笑顔で送り出してくれると嬉しいな、と」


「……無理に決まっているだろ」

「そう……だよ……」

「無理です……」


 嫌な予感はしていたが、国王、カイル、タケルの三人が号泣していた。


「陛下、短い間でしたがお世話になりました」

「たまには遊びに来い」

「いや不可能ですって」

「いいから来い」

「……じゃあ、その機会があればよろしくお願いします」


「カイルには助けてもらってばっかりだったな。ありがとう」

「あぐっ……そんな……こと……うぐっ…………」

「コラ泣きすぎだって。お前はなんでもできるから、あまり心配はしてないけど。頑張れよ」

「……うん……うっ……兄ちゃんも……」

「ああ。俺も頑張るから」


「タケルはこれから仕事が多くなって大変だと思うが、大丈夫か?」

「大丈夫です。皆さんのために頑張ります」

「そうか。じゃあ元気でな」

「リクさんもお元気で。僕……リクさんに会えて、よかったです」

「ありがとう。俺もお前に会えてよかったよ」


「皆さん、お世話になりました」


 最後にそう言って、取り囲んでいた護衛の兵士たちにも、頭を下げた。

 カイルと国王にしがみ付かれているので、本当に頭だけを。


 離れない二人をそのままに、体を回転させて本殿に向き、祈った。

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