第59話 神の加護

 戻るなりカイルに「兄ちゃんどこ行ってたの?」と声をかけられた。

 俺は「ちょっとレンのところにな」とだけ答えた。


 カイルはジロジロと俺の顔を見てくる。


「いい話が聞けたんだね。顔でわかるよ」

「無駄に鋭いのはやめてくれ……。なんか体の中を直接見られてるみたいで気持ち悪い」

「裸ならけっこう見てるけどね?」

「キモっ」


 またタケルが「仲いいですね」と言ってニコニコしている。

 もう完全にテンプレート化した。


「あ、そうだ。タケル」

「はい」

「ちょっと聞いておきたいことが」

「なんですか?」

「総裁ってどんな人物なんだろう? これからのことを考えると、ある程度イメージを固めておいたほうがよさそうなんだけど」


 タケルは少しだけ視線を宙に浮かせた。


「さきほども言いましたが、僕も一度しか総裁を見たことはありません。しかも仮面をつけていたので、顔もわからなかったりするんですよね」

「ということは、性格とかまではわからない感じ?」

「はい……そうですね。あまり情報がありません。

 小さい頃に、総裁は世界一の叡智を持っている人間だとか、最も真理に近い存在の人間だとか、未来を予知できる人間だとか、永遠の命を持っている人間だとか、そんな感じで教わってはいましたが」


「もしかして。それ、信じていたのか……」

「あ、はい。当時は……。よく考えたらちょっと嘘臭かったですね」

「ちょっとどころじゃないけどな」


 タケルが笑う。俺も笑った。

 洗脳教育とは怖いものだ。

 そのうち、総裁は大便をしないとか、総裁はオナラをしないとかも教育内容に追加されるのかもしれない。


 もっとも、タケル少年は性格が素直だから、騙されやすくても、一度それが解けさえすれば、新環境での順応も早いのかもしれない。まったく濁りのない彼の黒い瞳を見て、あらためてそう思った。

 この少年なら、地下都市の解体後も、この国の国民として活躍できるだろう。


「……? どうしました?」

「ん? ああ、ごめん。なんでもない。目が澄んでるなって思っただけ」

「えっ? あっ? そ、そうでしょうか? ありがとうございます……。まだ他にも聞きたいことがあったりしますか?」

「たぶん、今のところはない。ありがとう」


 たぶんない……と言ってしまってから、少し引っかかるものを感じた。

 タケルにそのうち確認したいと思っていたことがあったような、なかったような。

 なんだっただろうか? まあ思い出したらでいいか。


「兄ちゃんオレの目はー?」

「ハイハイ、キレイキレイ」

「ひどっ。ちゃんと見てないでしょ」


 今さらきちんと見る必要なんてない。そう思う。

 誰が見てもキレイだと感じるだろう。覗き込めば、南の海が見える。そんな感じの透き通る青色だ。

 調子に乗りそうなので言わないが。




 ***




 さて、今日の行軍は終わりとなる。

 食事も済ませ、夜の打ち合わせに入る。

 もちろん議題は、レンから貰った「総裁に会いましょう」作戦についてだ。


「案自体はよさそうだが……」


 灯りに照らされている国王が、そう答えた。

 我々の周囲は陣幕で囲まれ、内側に小さなランプが置かれている。


「じゃあ大丈夫ですね?」

「そうだな。相手が打って出てきたら、その作戦で行くか。ヤマモトや将軍二人も異議はないだろ?」

「はい。相手がこちらの思惑どおり動くかどうかはわかりませんが。もし敵が打って出てくるようであれば、よい作戦かと思われます」


 ヤマモトはそう答えて賛成してくれた。

 ファーナおよびランバートの両将軍からも異議は出なかった。


「ありがとうございます」


 個人的には、レンの予想は当たると考えている。彼はいい加減なことは言わないから。

 恐らく相手は外に出てくる。

 そこで突入すれば、総裁の元までたどり着けるだろうと思う。


「じゃあ、もしその状況になったら頑張り――」

「ただしお前が突入部隊に参加するのはダメだ」

「ええっ。なんでですか」

「お前が危険だ。なので却下」


 ――いやいや、俺も行ったほうがいいに決まっている。

 地下都市の人間は、現代の地上の人間は「人間ではない」と教育されている。そしてその教育をしている張本人は、他でもない総裁だ。

 バカバカしい話ではあるが、対等な人間として会話が始められるのは俺しかいないことになる。俺が行かないで誰が行くのか。


「そこをなんとか」

「却下だ」


 むむむ。


「お前は軍人ではなかろう。戦闘は戦闘のプロに任――」

「行かせてやるがいい」


 突然国王の後ろからあらわれ、彼の肩に手を置いてそう言ったのは、神だ。


「神……。しかしリクの身が」

「リクは生還する。大丈夫だ」

「なぜ大丈夫と?」

「なぜならわたしがついているからだ」


 この言いかた。神も一緒に来るつもりなのだ。

 頭の中に、神が先日言っていた、「お前が何か考えついたのであれば、わたしもそれを援助しよう。期待するがよい」というセリフが再生される。


 しかし「神が一緒に来る」ということが「俺が生還する」根拠にされているのは、非常に納得しがたいものがある。

 本人はやたら自信満々なトーンで話しているが、特に超人的な戦闘能力があるとは聞いていない。


「確かに、それはこの上ない安心材料ではあるが……」


 ――ねえよ。


「もしものときは、わたしがリクを守ると誓おう。それでどうだ」

「……では神がそこまで言われるなら。そのときはリクをよろしく頼む」


 なぜか神の謎理論が通り、国王の許可が出た。

 神の言うことが信用できるかどうかはさておき、とてもありがたい。




 ***




 打ち合わせが終わり。

 野営陣地で横になって、三十分くらい経っただろうか。

 例によって俺にくっついていたカイルが、寝息を立て始めた。


「クロ」

「なんだ」

「ちょっといいか?」


 クロが枕元に寄ってきて、お座りする。

 俺はカイルを起こさぬよう横になったまま、国王の承認をもらった作戦をクロに説明した。


「危険なので付いてくるなと言っても無駄かな?」

「当たり前だ」


 やはりダメか。クロの性格を考えると仕方ないが。


「そうか。まあクロは生還する。大丈夫だ」

「……?」

「なぜなら俺がついているからだ」

「そうだな」


 ボケたのに突っ込んでもらえなかった。


 ただ、クロの場合は拳銃で狙われたところで、まず当たらない。

 そしてその拳銃も、タケルの話では「丁数が限られているため、非戦闘員で持っている人はほとんどいない」という。

 クロは、あくまで〝比較的〟ではあるが、安全だろうとは思う。


 突入作戦が実行できることになったことになった場合の、連れて行く兵士の人選は、ヤマモトにお願いしている。

 その兵士たちに加え、タケルについても、地下都市内の道案内をお願いしなければならないため、どうしても連れて行かなければならない。


 ――あとは、こいつをどうしようか。


 俺にくっついて寝ているカイルの顔を見る。

 言ったら絶対に付いてきてしまいそうだが……。


 ――うーむ。


 やはり、万一のことがあると、町長や孤児院の院長に合わせる顔がない。

 そのときになったら、こっそり出発して置いていこう。

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