第六章

第57話 地下都市へ +用語・登場人物紹介

【用語紹介】


■文明が崩壊した原因になった戦争

 主人公が生きていた時代よりも少し後に起こった世界大戦。作中の時代からは千年以上前の出来事になる。

 きっかけは資源の枯渇。残り少ない化石燃料を主要国で奪い合ったことから始まったが、戦争とは関係なかったはずの国も戦争終結後に力を持つことを警戒され、攻撃の対象となった。

 最終的には一定水準以上の都市は全て破壊され、人類は再出発を余儀なくされることになる。


■地下都市/マツシロ

「あらゆる災害や環境変化に対応できるモデルシティ」として造られた地下都市で、第二次世界大戦末期の地下要塞、松代大本営をベースにしている。

 再生可能エネルギーでの電力産生装置、食糧生産のためのプラントなどを備えており、中に住む二万人が生活するうえで必要なすべてを賄うことが可能。

 極秘で試験運用中だったため、世界大戦での破壊を奇跡的にまぬがれることができた。


■『組織』

 試験運用中の地下都市に住んでいた人間の末裔。「総裁」なる人物がトップ。

 崩壊前の高度な文明を引き継いでいることを誇りに思っており、文明を失った地上の人間のことを「亜人」と呼んで見下している。

 千年にわたり地上の主要な国を監視し、大幅な技術革新が起こらぬよう暗躍してきた。

 洗脳教育がなされているため、結束は強固。


■古代遺跡

 九年前、先代国王の時代に発見された古代遺跡。

 さいたまスーパーアリーナの成れの果てであり、崩壊前の文明の遺産が詰まっていると考えられている。

 地上の人間が遺産を手に入れることを危険視した地下都市は、その阻止のために先代国王を暗殺。現国王が発掘を再開したときも妨害に動くが、主人公によって阻まれた。

 現在は順調に発掘が進んでいる。


■霊獣様

 各神社に祀ってある白い犬の像。

 豊穣を司っていると考えられている。

 見た目が紀州犬であるクロにそっくりなので、たびたび誤解を生んできた。


■ミクトラン城

 地下都市に最も近い城。



【人物紹介】 ※前章で新しく登場した人のみ


・オサダ・タカオ

『組織』上層部の一人。組織図上はスパイだったヤハラの直属の上司にあたる。年齢は四十代後半。

会談の場で自爆して国王や主人公を殺そうとするも失敗。


・ハヤシ・トキオ

『組織』の一員。タケルと同じく戦闘員として育てられた人間であり、普段は警備を担当していた。年齢は十代後半。

オサダ同様、自爆して国王や主人公を殺そうとするも失敗。


・ヤガミ・シオン。

『組織』の一員。元々は戦闘員だったが、現在は中央で総務を担当していた。年齢は三十代半ば。

オサダ、ハヤシとともに使節団としてミクトラン城に来ていた。

二名の自爆が失敗した後は行方不明だが、地下都市へ報告に戻っているものと思われている。


・オドネル

ミクトラン城および城下町を統治する領主。小太りで着飾った中年男。




―――――――――――――――




 いよいよ、地下都市へ向けて出発する日が来た。


 兵士たちが、ミクトラン城の広い中庭に集合している。

 俺は国王ら首脳陣と一緒に行動することになるので、国王直属の兵士のかたまりの中にいた。


 出発のタイミングで、タケルの手枷を外すことになっている。


 彼は帰るところがあるわけでもなく、態度も従順だったため、もともと逃亡のおそれはなかった。元暗殺者ということがあるので、他の人間を安心させるために手枷を付けていただけだ。

 これからは国の統治の及ばない土地を行軍することになる。手が自由なほうが、いざというときによい――そのような考えから、今回外す許可が出たものである。


 俺の馬の綱は、手が空いていた兵士にいったん持ってもらった。


「じゃあタケル、外すぞ。心残りはないな?」

「心残り?」

「ずっと付けてたからさ。手枷に愛着が湧いていたりとか、あるかもしれないし」


 タケルは一瞬キョトンとしたが、すぐに穏やかに微笑んで答えた。


「大丈夫です。さすがに愛着はありませんので」

「そうか。まあ、よく考えたらあるわけないよな」

「あ、でも。あなたに背中を流してもらったり、エイミーたちに世話をしてもらえなくなるのは少し心残りですね」


 そんなことを言っているが、彼なりの冗談だろう。

 周りに面倒を見てもらっていたことについては、ずっと申し訳ないと思い続けていた可能性が高い。

 彼、真面目だから。


「よし、外れたぞ」


 彼の両腕は、久しぶりに自由になった。

 すぐに肩や肘、手首を動かし、各関節の感触を確かめている。


 そして、俺に向かって行儀よく頭を下げてきた。


「今までありがとうございました」

「……。そう言うとお別れの挨拶みたいだから。やめよう」

「そうですか?」

「ああ。しかも俺、たいした世話はしてないから。着替えを手伝ったり、一緒に風呂に入って体を洗っていただけだ」


「嫌ではありませんでしたか」

「ん? 別に嫌じゃなかったが?」

「じゃあ今後もお願いしましょうかね」


 タケルは穏やかな顔のまま、そんなことを言う。

 俺はどう返したらよいかわからず、少しの間そのまま見つめ合ってしまった。


「たまに反応に困ること言うよね……」

「あはは、すみません。冗談です」


 冗談だったようだ。あまり笑えないので困る。


「これから出発だけど、気持ちの準備は大丈夫か? こんな展開になってしまって本当にすまないと思っているが……」

「大丈夫ですよ。ここ数日で何度も謝られている気がしますけど、そんなに気にしているんですか? 僕との約束のこと」


「そりゃそうだ。会談を蹴られてしまって、約束を果たすための最善ルートは潰れてしまったからな。程度の差こそあれ、地下都市に死人が出るのはもう避けられそうにない」


「それは仕方ないと思います。相手があることなのですから。こちらが話し合いたくても、相手にその気がないとどうにもなりません。

 僕のほうこそ、元仲間たちが迷惑をかけて申し訳ないと思っていますよ。まさか会談にすら応じないとは思っていませんでしたし。上層部の人が自爆するなんてことも完全に予想外でした」


「……。まあ、でも。すまないな。自信満々に約束したのに」


 彼は首を振る。


「でも、リクさんがここまで考えてくれたのは、僕のためにという部分もあるんですよね?」

「そうだよ。約束したし」

「そこまでしてくれたこと自体が、僕には嬉しいんです」

「……そっか」

「だから、結果が出なくても気にしないでください」

「ありがとう。でもまだ時間はあるんで、ない知恵を絞って次善の策を考え続けるよ」

「あまり思いつめないでくださいね」

「ああ、大丈夫だよ」


 彼はダメでもよいと言うのだが、やはり俺はなんとかしてあげたい。

 まだ妙案は見つかっていないが、何か工夫できることがあるはずだ。それを探さなければ。


「そういえば、神さまも褒めてましたよ。リクさんのこと」

「え?」

「『無駄なのに一生懸命に考えていた』と言っていました」


 ……。


「それ、褒めてないだろ」

「いや、あの感じは褒めてましたよ。『だからもし最悪の結果になったとしても、彼を責めないでやってくれ』とも言われましたから」

「……なんか、人間みたいなことを言うようになったよな。あのひと」

「前からそうじゃなかったですか?」


 タケルはそう言うが、少し前まではそんなことはなかったと思う。

 神本人は否定していたが、美しい庭の虫とやらに影響されつつあるのでは? と勘繰ってしまう。




 さて、馬に乗ろう。

 俺の馬には、すでにクロ用の鞍も装着済だ。

 まず自分が乗り、それから兵士に手伝ってもらって、クロを俺の前に乗せてもらう。


「悪いな。また揺れるが我慢してくれ」

「大丈夫だ」


 首だけ後ろに回し、問題がないことをアピールしてきた。

 目が合ったが、これから敵の本拠地へ向かうとは思えないほど、いつもどおりの穏やかな光だった。


「クロ。今回の遠征が終われば、お前も神から与えられた役割を果たしたことになるのかな」

「おそらくそうだ」

「今まできちんと聞いたことがなかったけど、お前も早く帰りたいんだろ?」

「……」

「ん?」

「……そうだな」


 少し返事までに間があったが、クロも家族に会って落ち着きたいだろう。

 「頑張ろうな」と言ってお互いにうなずき合ったところで、カイルが馬に乗って寄ってきた。


「兄ちゃんごめん、遅くなった」

「時間ギリギリだな。ずっといなかったけど、何してたんだ? トイレ?」

「そんな長いトイレないでしょ……。町長と院長に手紙出すの忘れてて。慌てて書いてただけ」

「意外とマメなんだな」

「だって、出さないと後で怒られるから」

「俺のことはあまり細かく書かなくていいからな」

「ごめん。いっぱい書いた」

「こんにゃろ」

「イテ」


 金髪の頭を小突く。

 下にいるタケルが、「仲いいですね」と言ってくる。彼は馬に乗ったことがないので、一般の兵士たちと同じ徒歩だ。

 孤児院の子供たちは、それぞれの師匠と一緒に、引き続き軍に同行する。


 前の兵士の塊が動き出した。

 乾いた風と、それに少しだけ混じった砂埃が、頬をなでて流れていく。


「じゃあクロ。俺らも出発するよ」

「よろしく頼む」


 俺は跨っている足に力を入れ、馬に前進の合図を出した。

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