第41話 牢獄

 目が覚めると、薄暗い石の床が広がっていた。

 体の右側には、床の冷たさが敷物越しに伝わっている。

 横向きで寝ていたようだ。


「う……」


 少しヒンヤリした空気を吸って起き上がろうとしたら、左側頭部に鈍い痛みがあることに気づいた。

 ――ああ、そういえば。

 警備の兵士に取り押さえられて、ぶん殴られて、気絶させられたんだった。


「リク、気がついたか」

「兄ちゃん!」

「リク……」


 ん……この声は。

 起き上がりながら確認すると、鉄格子の向こうに、国王とカイル、そしてクロの、三つの暗い顔が揃っていた。

 国王とカイルはスツールに座っており、クロは立っている状態だった。


 床や敷物は埃っぽくなかったし、かなり清潔な印象だが、鉄格子があるということは……ここが牢なのは間違いない。

 俺はあぐらで座り、二人と一匹に向き合った。


「すまぬ。融通の利かない部下が乱暴を働いたあげく、牢にぶち込んでしまった」


 俺から見て右側の国王は、苦い顔でそう言った。

 さきほどパーティ会場に入った俺は、あっという間に取り囲まれ、御用となってしまった。

 慌てて「違うんだ。仕方がなかったんだ」と叫んだが、問答無用で殴られて気絶させられてしまった。


 警備の兵士も、俺の顔くらいは見たことがあったと思うのだが……。

 まあ、パンツ一枚の男がパーティ会場に乱入してきたら、さすがに取り押さえざるを得ないだろう。

 タケル捕縛の件で頭がいっぱいで、そんな当たり前のことにも気づかなかった。


「いえ、完全に俺のポカです。下品なことをしてしまってすみません」

「体は……大丈夫なのか?」

「はい、何ともないですよ。気絶しただけで。何ともないです」


 無事を強調すると、国王もカイルもクロも、表情が一気に明るくなった。


「そうか。よかった」

「よかった!」


 クロも、言葉は発しなかったが、表情が微妙に緩んだ気がする。

 そして。国王とカイルは、今度はニヤニヤし始めた。


「今回お前の裸芸が生で見られなかったことが残念だ。余は現場に着いたときには、もうお前が連れていかれた後だったんだよな」

「あー、オレも見たかったなあ」

「いや出し物じゃないですから……」

「まあ、造ったばかりの新しい牢に入ることができたということで、今回は許せ。な?」

「いいなあ兄ちゃん、ピカピカの牢に入れて」

「……」


 失敗した。もっと重症なフリをすればよかった――とほんの一瞬だけ思ったが。

 俺に関しては、五体満足でさえあれば別にどうでもいい。

 それよりも、いま最も確認すべきことがある。


「ええと。タケル……例の暗殺者が、城の裏にあらわれまして。縛っている状態で、城の裏に放置されたままになっていたと思うのですが」

「ああ、安心しろ。確保済みだ」


 ――ほっ。

 その国王の返事で、気分が一気に楽になった。


「よかった。すでにご存じだったんですね」

「あれはお前が縛ったんだよな?」

「はい、そうですが」

「やっぱりな。傍にクロがいたので、もしやと思って確認したが。縛っていた服のニオイがお前だった」

「うんうん。オレも確認したよ。兄ちゃんのニオイした」

「……ニオイを確認する必要はあったんでしょうか?」


 相変わらずだ。

 兵士や招待客の野次馬もいただろうに。よーやるわと思う。

 しかしヘンタイなのはおいといて、きちんとやるべきことはやってくれたようだ。ありがたい。


「とりあえず安心しました。誰かに勝手に解かれたりしたらと、心配でした」

「あー。パーティに参加してた人が最初に見つけて、解こうとしたらしいよ? そしたらクロに吠えられたんで諦めたんだってさ」


 そう言うと、カイルはクロの頭をポンポンと叩いた。


「お、そうだったのか。クロ、助かったよ」

「ああ……」


 さきほど注意したせいか、礼は不要だの何だのは言わないが、少し顔を逸らせて目も伏せている。

 微妙に照れているのだろう。


「ええと、彼は今どこに?」

「ここに入れているぞ」


 国王とカイルは椅子から立ち上がり、俺から見て右側のほうに移動した。

 クロも空気を読んだのか、一緒に移動する。


 開けた視界の先。通路を挟んで正面の牢。

 そこに、タケルがウエットスーツを着たままで横たわっていた。

 顔はこちらを向いている。寝ているのか、目は瞑ったままだ。手足はもう縛られていないが、猿ぐつわが嵌められている。


「この国としては、敵組織の人間を生け捕りにしたのは大きい。国王として礼を言う。リクにクロ、よくやってくれた」


 国王はクロの背中を撫で、ねぎらいの言葉を口にする。

 俺は「いえいえ」と頭を下げた。

 自分としては、特にそのような意気込みで戦ったわけではなかったものの、確かに国としては大きなことかもしれない。

 これで、敵組織の情報をいろいろ聞き出せる可能性が出てきたのだから。


 ――そうだ。もうひとつ確認しておかなければ。


「あの、情報を抜くだけ抜いて、その後死刑にしたりしませんよね? こいつ、まだ十六歳らしいので、それは勘弁してやってほしいというか……。今後の作戦へ協力をさせることを引き換えに、何とか減刑できないものなんでしょうか」


 俺が話し終える前から、国王がニヤニヤし始めた。

 そしてカイルと顔を見合わせて、またニヤニヤ。


「さっき話し合っておいてよかったな」

「へへへ、そうですね」

「……?」


 俺が頭上にクエスチョンマークを出していると、国王は説明を始めた。


「ついさっきまで、ここに神と参謀二人と将軍たち、あとイチジョウが来ていてな。この暗殺者……タケルと言ったな? その処遇について話し合っていたのだ」

「へえ。そうなんですか」


 イチジョウ――町長も来ていたのか。

 気絶していなければ挨拶できたのに。残念。


「今後の作戦へどれくらい協力してくれるかにもよるが、死刑にはしない予定だ」

「良かった。拷問とかもしませんよね?」

「そうだな……拷問しないで済むかどうかは、お前の働き次第だ」

「どういうことです?」


 意味がわからず、聞き返した。

 それに対し、国王は微笑んで宣告する。


「こちらへ協力させるための説得。それをお前にやってもらうことになった」

「えっ?」

「神の提案だ。リクに任せればよいだろうと言われたのだ」

「えええええ……」


 ――もしや、謀られたか?

 あの神のことだ。自身が頼られる流れになるのは避けたかったのではないか?

 それを防ぐため、会議で先に意見を出し、俺のほうに振って回避――。

 どうせそんなところだろう。


「もちろん誰も異議はなく、全員が神の意見に同意したからな」

「それって、みんな責任を持ちたくなかったというだけなんじゃ……」

「まさか。神の言うことだから間違いはないと思っただけだと思うが?」

「いやぁー。あの神さま結構いい加減ですよ? 面倒臭がりだわ無気力だわ人間に興味がないわで」


 俺としては事実をそのまま言ったつもりだった。

 しかしそれを聞くと、国王は口元を引き締め、真顔で首を振った。


「そんなことはない。神はパーティでも余に大変有意義な話をしてくれた。きっとこの件に関しても、真剣に考えたうえでそう言ったのだと思う」


 国王が口にしたことは、こちらにとってはかなり意外だった。

 俺は、パーティで国王と神が何やら話しているところは見ていた。国王が真剣な顔でメモを取っていたのも知っている。だが、てっきり神のほうは適当に流していたのだろうと思っていた。

 あのとき、いったいどんな話をしていたのだろう。


「ちなみに、余もこの件に関しては、お前がやるのが一番よいと思っていたからな。カイルだってそう思うだろう?」

「うん。兄ちゃんがやるのがいいよ。きっとうまくいくから」


 どうもこやつらは冷やかしではなく、本気でそう思っているようだ。

 勘弁してほしい。

 正直、俺自身はタケルとそこまで相性がいいとは思っていない。うまくいく可能性がどれだけあるのやら。


「そういうことなので、任せたぞ。補助には誰を付けてもかまわないからな」

「……わかりました」


 やればいいんでしょ。やれば……。

 もう決定事項であれば断れない。仕方なく受けることにした。


「服なら後で持ってこさせるから、悪いがそれまでここで待っていてくれ。今そのままで外に出ると、また騒ぎになるからな」

「あ、はい。よろしくお願いします……って、俺の恰好、そのままだったんですね」


 今の俺の恰好は、パンツ一枚のままだ。

 いつものパターンだと、気絶中に勝手に脱がされて着替えさせられているのに。

 今回に関しては、着替えさせられていたほうがありがたかった。パンツ一丁で牢屋はマヌケすぎる。


「ああ。医者がチェックしたときに、『頭を打ったのであれば、無理に着替えさせずにそのままに』と言っていたのでな。残念ながらそのままだ」

「そうそう。まことに残念ながら。へへへ」


 ……こいつらこそ投獄すべきだったのではないか。

 少しだけ本気で、そう思ってしまった。




 ***




 二人は退出した。

 国王は公務に戻るそうだ。

 カイルは町長と話があるそうで、それが終わったらまたこちらに来るとのこと。

 クロについては、このままここに残る。


 さて、と。


「看守さんー」


 呼びかけると、入口と思しき方向から、看守が走ってやってきた。


「はい、何でしょう?」


 正面の牢を指差し、お願いをした。


「あちらの牢に入りたいのですが」

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