第32話 絆の再始動
朝を迎えた。
早い時間から巫女が来て、朝食を準備してくれていた。
昨日の夕食はカイルが作り、巫女はその手伝いをしていたが、今朝は役割が逆のようだ。巫女が作ってカイルはその手伝いをしていた。
俺だけでなく、女将軍、兵士たちの分の朝食まで作ってくれていた。昨日からいろいろと世話をしてくれているし、驚きの女子力である。
こんな人ばかりだったら、エネルギー問題も女子力発電でカバーできたのかもしれない。
昨日は傷への負担を考慮して寝たまま食べさせてもらっていた。
今日は試しに、テーブルを病室に持ってきてもらい、ベッドを椅子代わりにして食べることになっていた。
起き上がるときは怖かったが、少しわき腹に痛みが走っただけで、我慢できないほどではなかった。
運ばれてきたお盆には……。
ふっくらと炊き上がっていそうなご飯、今が旬という白魚と玉葱のかき揚げ、切り干し大根の煮物、玉子と三つ葉の吸い物、そして海苔が乗っていた。
うん。おいしい。
「おいしいなあ。料理得意なの?」
「食べるのも作るのも大好きです! まだまだ下手ですが、年々上達しているとは思います」
「上手だと思うよ。なあ? カイル」
「うんうん。すっごいおいしい!」
カイルは俺の隣で並んで食べている。彼も料理は上手だが、この巫女も負けないくらい上手だと思う。
和風の料理は久しぶりに食べた。旅館の食事のようで贅沢な気分になる。
「棒術も十年やっているって言ってたよね。すごいな」
「はい! 小さい頃から棒を握ることが大好きです」
「あー、その言い方はちょっと」
「え?」
「いや、わからなければいいです……」
巫女は「?」という顔をすると、今度は視線を入り口横に向けた。
その先にいるのはクロだ。
「クロさんも食べてくれてますね。なかなか手をつけてくれないので、嫌いなものを出してしまったかと不安でしたが」
「ははは。あいつはたぶん嫌いなものとかないよ」
巫女は「よかった」と言い、そのままクロの食べっぷりを眺める。
あっという間に、クロの前の皿は空になった。
すぐに食べ始めなかったのは、例によって俺が食べ始めるのを待っていただけだろう。
「でも……あらためて見ると、ホントに似てますね!」
「ああ、あの霊獣像にそっくりだよな。けど残念ながら本物じゃなくて、うちのペットだよ」
クロは、自分が話題になっているとわかったのだろう。巫女の隣まで来て座った。挨拶代りのようなものだろう。
巫女が頭を撫でる。
「そういえば、調べたことなかったんだけど。あの霊獣像ってどんな意味を持っているんだい?」
俺の時代で霊獣というと、中国の青竜、朱雀、白虎、玄武の四神を連想する。
確か「五行説」に対応しており、司る方角があったり、季節があったり、それぞれの霊獣が意味を持っていたと記憶している。
あの白い犬の像も、祀られている以上は何か意味があるのではないか?
「霊獣様は、豊穣の神だとされてますよ」
「……へえ。豊穣か」
自分としては、犬が豊穣の神ということについては特に違和感がない。犬は鹿やイノシシを追い払い、作物を守る大事な役割があったと聞いていたからだ。
しかし、豊穣の神として祀られているのであれば、使役犬の文化だってあってもよいのではないか? と思う。
なぜこの時代では、犬と人間の絆がないのだろう。
「でも、不思議ですよね」
「ん? 何が?」
「クロさんと言いましたよね。とてもお行儀がよくて、リクさんの言うことをしっかり聞くじゃないですか?」
「ああ、そうやって躾けられているからね」
巫女が目を丸くした。かなり驚いた顔だ。
「犬を躾けるなんてできるんですか?」
「そりゃできるよ。仔犬のときから訓練していればね」
「へー! そうなんですか?」
「そうなんだ? ビックリだなー」
なぜか、カイルも驚いている。
そうか……。
この二人の驚きようを見て、納得した。
この時代の犬は、恐ろしい対象か、もしくは畏れ多い対象であり、親しむ対象ではないのだろう。飼いならすなどという発想自体がないのだ。
誰の指示だったのか知らないが、神社に像なんて作って、下手に神格化したのがいけなかったのでは? と思ってしまう。
かえって再家畜化のブレーキになっている可能性があるような気がする。
「訓練って、誰がやってもよいのでしょうか?」
「誰がやっても大丈夫だよ。失礼にはあたらないはずだ。
犬にとっても、人間と親しくすることは嬉しいことなんだ。俺はここの国の出身じゃないんだけど、俺の国では、家を守る犬、畑を守る犬、人間の獲物を捕まえる犬、目が見えない人間を補助する犬、いろんな役割を持つ犬がいた。家族の一員だと考えていた人も多いんじゃないかな」
「私もやってみましょうかね? たまに、はぐれた野犬の仔犬を見つけるので」
「いいと思うよ。ちゃんと餌をあげて、優しく厳しくやれば大丈夫だと思う」
この世界は、ずっと未来の日本だということがわかっている。
ということは、そこらじゅうにいる野犬は、実は文明崩壊前の飼い犬の子孫であるということになると思う。
成犬は無理としても、仔犬の頃から上下関係をはっきりさせて躾ければ、飼い馴らすことはできる――そう思っている。
危険もあるだろうが、バイタリティが十分ありそうなこの巫女なら大丈夫だろう。
***
検査の結果、縫合した傷も含め、特に問題となるところはなかった。
殴られたときの打撲も、我慢できないほど痛いわけではない。
俺は先生と巫女に何度もお礼を言い、退院した。
帰りは馬車を使った。
カイルや女将軍、兵士たちと一緒なので、かなりにぎやかだった。
だが俺はというと、これから国王に怒られるということで気分は沈んでいた。
すぐに城についた。宿泊していた部屋に入って荷物を置く。
そしてなかなか国王の部屋に行く覚悟が決まらず、部屋をウロウロしてしまう。
カイルがベッドに座り、足をブラブラさせながら、俺を見てニヤニヤしている。人の気も知らずに気楽な奴め。
ふと、入口横にいるクロに視線を移す。
何やら物言いたげにこちらを見ていた。
何だ?
そう思っていたら、コンコンとノックの音がした。
爺かな? 早く来いという催促か。
はーい、と適当な返事をして扉を開けた。
「リク! 心配したぞ」
「――!?」
勢いよく、ボフっと抱きつかれた。
現われたのは、国王本人だった。
クロの微妙な態度の理由はこれだったか。
「カイルから聞いたぞ。襲われたそうだな。無事でよかった」
「あ、すみません。ご心配をおかけしました」
身長差があるので、抱きつかれると、俺の胸に顔が埋まるようなかたちになる。
背中に回された手が、かなりきつく締められていた。本当に心配してくれていたようだ。
しかし、事前に聞いていた話と少し違うような。
「あのー。その筋からの情報では、ご立腹だと聞きましたが」
そう。国王の叔母という関係筋から聞いた話だ。
国王は顔をこちらの胸から離し、俺の顏を見上げる。
「当たり前だろ。余を心配させた時点で重罪だ」
「申し訳ありません。でも、怒っている相手に抱きつくわけですか」
「余はお前と違って寛大だからな。いきなりプッツンしたりはしないぞ?」
「遺跡での件ならもう勘弁してください。あれは黒歴史入りです……」
あれはもう、忘れたい思い出。
「……いいなあ陛下は。兄ちゃんに抱きついても文句言われないしさ」
カイルが横でボソッとつぶやいた。
国王が俺からいったん離れ、彼のほうを向く。
「お前は言われるのか?」
「オレが抱きつくと文句言われます。『あまりくっつくな』って」
「リク、お前ひどいな。相手の地位によって態度を変えるのか」
「そう言われましても。陛下に文句を言うわけにはいかないでしょう」
「どちらにも文句を言わなければ平等ではないか」
「なんでそっちのほうに合わせるんですか……」
「よしカイル、余が許可する。今後も堂々とリクに抱きつくがよい」
「へへへ、ありがとうございます。じゃあ早速」
ボフッ。
「……」
「うんうん。このニオイこのニオイ」
「とりあえずニオイ嗅ぐのはやめろ? ヤバいぞ」
「リク、お前は臭くないから安心しろ」
「そういう問題じゃないですよね……」
「うん。臭くはないよ! このニオイ落ち着く。お日様みたいなニオイ」
「ああ、確かにそうだな。干した後の布団みたいで落ち着くよな」
「あーもー! 変態!!」
***
打ち合わせに呼ばれた。
神社での一件について、国王、ヤマモト・ウィトスの参謀二人、俺とクロ、計四人と一匹のメンバーで話し合いをするらしい。
呼ばれた場所は、いつもの打ち合わせ室よりも一回り大きい会議室だった。
部屋に入ったときには三人ともすでに座っており、俺が一番下の席に座って開始となった。クロはいつものように俺の横だ。
最初に、謝罪された。
「オオモリ・リク、申し訳なかった。このヤマモト、ヤハラがスパイだとは気付いておらず、結果お前を危険に晒してしまった。深くお詫びする」
「私からもお詫びしたい。本当に申し訳なかった」
「余も気付いていなかった。悪かったな、リク」
「あー、いえいえ。二十年以上潜り込んでいれば、完全に馴染んでしまっていたでしょうし」
もともとヤハラも、この国の文明レベルが格段に上がってしまいそうな出来事がない限りは、普通の参謀としてふるまっていたはず。看破するのは困難だっただろう。
そもそも、演技が簡単に見破られるような人物はスパイになれないはずだ。
「えっと。どこからお話しましょう? まず暗殺者とヤハラの二人から、あちらの組織へ入るよう勧誘を受けました。そこでは俺の時代の文明が崩壊した理由から教えてもらっているのですが、ここから詳しくお伝えしますと、かなり話が長くなってしまいます」
「ああ、その部分は報告書に書いてくれればよいのでサラッとでかまわないぞ。詳しい話は敵の組織についてのところからで頼む」
「えっ、また書くんですか」
「お前はケガが治ってないんだから、まずはしばらく休め。その間で書いてくれればいい。頼んだぞ」
「……わかりました」
パソコンがあればなあ、と思う。
もう俺らの世代だと、頭の中で文を組み立ててから書くということが難しい。適当にワープロソフトで書き散らし、後から編集していくような書き方のほうが馴染んでいるのだ。
「では始めますね」
俺はヤハラから聞いた文明崩壊の話を、端折って簡潔に話した。そして、ヤハラや暗殺者の所属する組織の沿革、概要から、俺が勧誘を受けた話、そしてそれを蹴って殺されかけた話などを、順番に話していった。
「――ということでした。以上です」
三人は食い入るように聞いていた。
「ふむ、そうだったのか……。少し不謹慎な感想だが、面白いと思った」
「どういうことです?」
ウィトスは「面白い」という表現を使った。
「ヤハラは、自分たちこそが君の時代の文明を引き継ぐ真の人間だと言っていたわけだよね」
「はい、そうですね」
「そしてその上で、君を勧誘したと」
「ええ」
「そうしたら、君は『この国の人たちのほうがずっと人間らしい』と答えたわけだ」
「それが本音です。思わずそう答えてしまいました」
「と、いうことはだ。古代文明を継ぐ自分たちこそが真の人間で、この国の人たちは人間ではないと考えていたのに、その古代文明から来た君から、真逆のことを言われてしまったことになるよね。なんとも皮肉なことだ」
視点がすっかり評論家である。参謀を引退して、コメンテーターに転向したほうがよいのではないだろうか。
「しかしオオモリ・リク」
今度はヤマモトが俺に突っ込んできた。
「お前にそう言われたら、彼らは自分たちの存在価値を維持するため、お前を殺すしかなくなるだろう。なぜ自殺するようなことを言ったのだ?」
「すみません、つい勢いで言ってしまいまして」
「勢いと申すか。堂々と言ったお前の勇気は立派であり、見事だとは思うが……。
この私ヤマモトであれば、とりあえず生き延びるためにヤハラに従うふりをし、その場を切り抜けたであろう。そしてそのまま演技を続けて敵組織の本拠地に潜入し、貴重な情報を盗んで脱出し、城に帰還するという一石二鳥の作戦を考えたはずである」
ヤマモトはえらい自信満々に語っているが、彼が本当にその一石二鳥の作戦を実行可能だったのかどうかは怪しい。
参謀を引退して、語り部か何かに転向したほうがよいのではないだろうか。「ヤマモトの日本ふかし話」というタイトルはいかが。
「はっはっは、ヤマモトよ。リクはそのようなことができるほど器用じゃないぞ。敵について行ったとしてもすぐバレて処刑されただろうな」
「……」
「あーすまんすまん。怒るなリク。で、こちらとしては、今後どう動けばよいのかについて考えなければいけないわけだな」
「はい。そうですね」
「今すぐ着手すべきこととしては、敵組織の本拠地を突き止めることになるのだろうか? リクはどう思う?」
国王が案を出して話をリードしていく。
ヤマモトとウィトスの参謀二名は、普段あまり積極的に案を出さないらしい。
おそらく遠慮する癖がついてしまっているためだろうが、それも今後は徐々に改善されていくのだろう。
筆頭参謀だったヤハラはもういないのだから。
「この国がやるべきこと、ということですと、そうなるんでしょうね。ただ手がかりがなさすぎます……。
あ、そう言えば、遺跡のほうで隠し通路がないかどうか調査をしていましたよね? あれってどうなっているんですか?」
「ああ、すまぬ。言い忘れていた。報告では、少し離れたところに一時的に隠れられる地下室はあったのだが、抜け道はなかったらしいぞ。
どうも、暗殺者はヤハラ経由で余のスケジュールを掴み、あの場にタイミングよくあらわれただけのようだ。あの場所自体がどこかとつながっていたわけではなかった」
「となると、本当に今のところは手がかりゼロだと思います」
「そうか……。まあでも、手がかりがなくてもやるしかないな。全土に手紙を出して情報収集にあたらせよう」
国王が「あとは……」と言って考え込む。
頭をフル稼働させているのだろう。
「そうだ、リク。他にも城に敵組織のスパイは混じっていると思うか?」
「うーん……。それはヤハラが何も言っていなかったので、なんとも言えませんが。範囲を城の外、首都まで広げれば、まだ他にいる可能性はありそうです」
「普通の人間と敵組織の人間を見分ける方法などは、あるのだろうか?」
「難しいでしょうね。強いて言えば『色が白いこと』ですが」
「冤罪がたくさん出そうだな」
「ですね。クロも捕まって火あぶりの刑になりそうです」
クロのほうを見たら、睨まれた。
怖。
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