第31話 用意周到

 もう飽き飽きしているが、またも失神である。

 どうせ、目を開けたら診療所のベッドの上なのだろう。


 この国の診療所は、公金で運営されている。

 すっかり公金泥棒になっているようで、誠に申し訳ない。




 ……。

 目を開けたら、ちょうどベッドの横にいる女性の顔が見えた。


 サラサラで長い黒髪を、後ろだけ束ねている。服は白衣に緋袴。

 助けてくれた神社の巫女だ。

 あのときは余裕がなかったため、あまりきちんと見ていなかったが、年齢は思っていた以上に若そうだ。おそらく十代だと思う。


 彼女は手ぬぐいを持っていた。

 俺の顔は見ていないので、意識が戻っていることに気づいていないようだ。

 この人に、助けてくれた礼を言いたい。

 腹筋に力が入ると痛みそうだったので、首を起こさず、寝たまま話しかけた。


「巫女さん、助けてくれてありがとう」

「キャアアアッ!」


 声をかけると、巫女は絶叫して尻餅をついた。

 そして口をパクパクしている。


 ――なぜ?


「オオモリ・リクくん。目が覚めたか。しばらくぶりじゃの」


 今度は、初老の白衣姿の男性が視界に入った。

 前にも世話になった、首都の診療所の先生だ。

 彼も手ぬぐいを持っていた。


「あ、先生。すみません、またこんなことになってしまいまして」

「ほっほっほ、よいのじゃよ。傷は縫合したので安心せい」

「ありがとうございます……。あ、先生。俺、何か付いてませんか? 怖い虫とか。巫女さんが腰を抜かしてますが」

「何も付いていないんじゃが……。いや、ある意味付いていることになるかのぉ」

「え?」


「まぁ、あえて言うなら、何も付いてなさすぎて、付いているものが見えるせいかのぉ?」

「何のナゾナゾですか……」

「ほっほっほ。自分の体を見てみるとよい……ああ、そうじゃ。首を起こすときは、両手を頭の下で組んで、手の力だけで首を起こすようにな」


 両手を頭の下で組み、首を少しだけ起こした。

 確かに、このやり方だと傷のあるわき腹に力が入りづらく、あまり痛くない。


 ……。


 ……え?


 俺はベッドの上でスッポンポンだった。

 慌てて両手で股間を隠した。


「え? あ……あ? え? 何で? どうして? えええ?」

「ご、ごめんなさい! 担架を持ってくれた四人はもう神社に帰してしまったので……私と先生しかいなくて」


 ――あ、そういうことか。

 二人で服を脱がせて、手ぬぐいで体を拭こうとしてくれていた、と。

 そして俺は、脱がされたタイミングでちょうど目が覚めてしまった、と。


「ほ、本当にごめんなさい! 決してジロジロ見たりしてませんから!」

「あ、いや、俺のほうこそ。汚いものを見させてしまって申し訳ない……」


 一人で脱がせるのは無理だろうから、二人がかりなのはまあ当然だ。

 起きるタイミングが悪かった。

 恥ずかしすぎて死にそうだ。


 しかしながら今、一つ重要なことが判明した。

 この時代においても、やはり女性にとって異性の体は恥ずかしいものだということだ。


 女将軍、エイミー、カナ。お前ら三人は猛省しろ。




 ***




 ひとまず、この診療所に一泊してくださいという話になった。

 特に体に異変がないようであれば、明日退院らしい。

 まあ、抜糸のときに、またここに来ることにはなるだろうが。


「リク」


 クロがベッドの横まで来た。


「お、クロ。さっきいなかったよな?」

「この建物の周りを確認していた」

「そうか、おしっこが我慢できなかったか」

「……」

「あー、ごめん冗談だから。あいつらの仲間が来てたらまずいもんな。助かるよ」


 ぬかりはないようだ。さすが。

 これで冗談が通じるようになれば、さらに完璧だ。


「あ、そうだ。なんで院長の実家までカイルを呼びに行けたのかを教えてくれ」

「少し長くなるがいいか」

「ああ、構わないよ」


 クロは、霊獣像に祈った場面から説明を始めた。


 今回の祈りでも、頭の中に声が聞こえたそうだ。

 まず第一声は、「やっとつながった」というものだったらしい。

 続いて、「ひとまずここまでご苦労だった」とねぎらわれ、そして「お前に頼みがある」というように言われたという。

 その頼みをこれから聞こうというときに、声の主から「あの人間が、神社内で危機に陥っているようだ」と言われたようだ。

 クロは「すぐに助けに行く」と答えたらしい。


 それを受けて声の主は、そこは戸が閉まっていてクロは開けることができないこと、そして仮に入れても、敵が複数人いるのでクロだけで戦うのは難しいことを告げたようだ。

 そこでクロは声の主に、俺の居場所と、カイルの居場所について聞いた。

 少し待たされたらしいが、方角とだいたいの距離、そして建物の特徴を教えてもらえたらしい。

 クロはすぐに走って、カイルの居場所と思われるあたりに行き、吠えまくっていたら、彼が出てきて合流できたようだ。


 しかし、カイルを連れてきたはいいが、教わった方角と距離はかなりアバウトなものであったため、神社内での俺の居場所を特定するのは難しかったそうだ。

 カイルを呼んだときのように吠えるのはかえって危険と判断。仕方なく、二人で辺りの怪しい建物を一つずつ調べていった。

 そして俺のいた建物の前を通ったときに、たまたま巫女の悲鳴――ということだったらしい。


「なるほど。またクロには世話になってしまったな。ありがとう」

「私には礼を言う必要はない」

「ははは、相変わらずだな……あ、声の主ってさ。やっぱり神さまなのかな?」

「わからない」

「そっか。不思議なもんだな」

「そうだな」


 ふむ……。

 その声の主は、前に神社に行ったときと合わせ、二回連続でクロとの会話を俺によって邪魔されたことになる。

 神さまだか何だかわからないが、俺に対する心証は絶対に悪いだろう。

 まずい。


 また後日、怪我が治ったら、クロと一緒に神社へ行って仕切り直そう。




「兄ちゃんただいま! ケガは大丈夫?」


 カイルが戻ってきた。

 病室の扉を勢いよく開けて入ってくると、俺が寝ているベッドのすぐ横に来る。


「お帰り。俺は大丈夫だよ」

「そっか! よかった。あ、オレちゃんと陛下に伝えてきたからね!」

「ありがとな。助かるよ」

「へへへ」

「どうだった? ヤハラは一度城に戻ったのかな?」


 俺は、一番気になっていたことを聞いた。

 証拠隠滅のため部屋を爆破。それに巻き込まれて死傷者が出た……などということになっていなければいいのだが。


「それは私から説明しよう」


 この声は。

 入り口のほうを見ると、いつのまにか女将軍ファーナが入ってきていた。


「あれ? 将軍、来てたんですか」

「ああ、陛下の命令でな。兵士も連れてきているぞ。この診療所を警備するためにな」

「そうなんですか。ありがとうございます」

「お前、城に帰ったら怒られると思うから、心の準備だけよろしくな」

「え。俺、怒られるんですか」

「ああ、陛下はご立腹だったぞ?」

「な、なんで」


「陛下のお言葉を原文ママでそのまま伝えるぞ? 『なぜ何も言わずに外出したのか。護衛ならいくらでも用意できた。お前こそ危機管理がまるでなっていない。運が悪ければ死んでいた可能性があるのではないか。余のことをアレコレ言う前に、まずお前はどうなんだ? 退院したら覚悟して城に戻ってこい』だそうだ」


 あー……。

 確かに、危機意識が甘かったということはあると思う。

 結果的に俺は敵組織の邪魔になっていたわけなので、刺客がこちらに向けられるというのは十分に考えられることだった。

 今回はフラフラと外出した挙句、神社の中で単独行動を取ったことが敗着となった。


「なるほど。納得です。城に戻るのやめようかな」

「そうか。指名手配書の準備を整えておく」

「いや、冗談ですって」


 女将軍の話では、カイルよりも少し前のタイミングで、ヤハラは城に帰ってきていたとのこと。神社での一件の後、まっすぐ城に戻ったのだろう。

 その後カイルが到着。実はヤハラがスパイだったと聞いた城の人たちは、全員で慌ててヤハラを探したそうだが、すでに姿を消しており、現在も行方不明となっているらしい。


 おそらく、大事な書類だけ持って逃げたのだろう。

 懸賞金付きのお触れ書きは出すそうだが、周知される前に本部に帰還されてしまう可能性が高そうである。




 巫女は、カイルが来たあともしばらく残ってくれて、晩の食事の準備の手伝いをしてくれた。

 そして日が沈む少し前に、神社に帰っていった。

 もう大丈夫だよと言ったが、明日の朝また様子を見に来てくれるらしい。

 本当にありがたい。


 失礼とは知りつつ、年齢も聞いてしまった。

 巫女は現在十六歳らしい。幼少の頃から神社にいるそうだ。

 戦闘のときに使用していた棒は適当に拾ったものだそうだが、棒術についてはもう十年くらい神社の先輩に教わっているとのこと。どうりで強いわけである。

 ヤハラは相当運が悪かったようだ。




 ***




「兄ちゃん、今日は一日お疲れ様でした」

「お疲れ様。やっぱりここに泊まるわけ?」

「うん」


 例によってカイルはベッドに潜り込んできて、一緒に寝ている。

 他の病室や待合室に行けば、ベッドや寝られそうなソファーがある。だがそれらは女将軍や兵士が交代で寝ているので、埋まっている状態である。

 何となく、埋まっていなくてもここに潜り込んでいたのではないかという気もするが、疑わしきは罰せずだ。


「お前、やらないといけない用事があって首都に残ってるんだろ? いいのか」

「大丈夫だよ。オレ、町にはしばらく帰らないことにしたから。兄ちゃんと一緒にいる」

「それはダメだ」

「なんで」

「お前は仕事があるだろ」

「仕事なら大丈夫だよ? しばらく帰らないかもって話はしてるから。戻らない場合の代行の人もお願いしてるし」

「なんでそんな段取りをしてたんだよ……」


「うん。今回オレ、用事があって首都に残っていることになってるけどさ。実は用事以外にも、町長さんから、兄ちゃんの様子を見てこいって言われてて。で、もし危なっかしい感じなら、当分の間さりげなく付いててあげてって言われてたんだよね」

「……それは本人である俺に言ってしまっていいのか?」

「あー、ダメだね」

「お前はアホか」

「へへへ」


 町長は今でも俺のことを心配してくれていたようだ。

 情けない、嬉しい、どちらもあるが、やはり嬉しいのほうが強い。

 元気にしているかな。町長。


「あ、ちょっと待った。やっぱり今の話は無し」

「へ?」

「やっぱり町長さんには何も言われてなくて、オレが兄ちゃんを心配して勝手に残るってことにしよう」

「なんでだよ」

「なんか『言われたから残ります』だと、仕方なく残るみたいじゃん」

「だって事実そうなんだろ」

「そうじゃないもん。オレは兄ちゃんが心配だから残る。そっちのほうがずっと大きいもん」

「はあ。相変わらずよくわかんねーなお前」


 この金髪少年は、その能力、年齢、人柄を考えると、恐らく町の宝のような人材なのだろう。

 それを俺がしばらく占領するというのは、贅沢すぎて少し怖い気もする。

 まあでも。

 町長も知っていて、本人もそうしてくれると言っているのであれば。

 お言葉に甘えさせてもらうことにしよう。


 俺は、入り口横の床に顎をつけて休んでいるクロを呼んだ。


「クロ。起きてるか?」

「起きている。なんだ」


 クロは立ち上がり、ベッド横まで歩いてきた。


「当分の間、カイルも一緒にいてくれるらしいが。どうだ?」

「そうか……。私も可能であればそのほうがよいと思う」

「お前もそう思うんだ?」

「ああ。この人間がいたほうが、お前はより安全になる」


 クロも、彼の実力についてはよくわかっているようだ。


「兄ちゃん、クロは何て?」

「カイルがいたほうが俺は安全だってさ」

「へへ、てことはオレ評価してもらえてるのか。嬉しいな」


 カイルがベッドから手を伸ばして、クロの頭を撫でる。

 今回の神社での件などを見ていると、クロとカイルの相性は悪くないのだろう。


「あ、そう言えばさ。俺、お前が本気で戦っているところを初めて見た」

「あー、そうか。そうだよね」

「お前、めちゃくちゃ強いよな。びっくりしたよ」

「へへへ。もっと褒めて」

「やっぱり今の話は無し」

「へ?」

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