第28話 暗殺者

「こんにちは。また会えましたね」


 ――なぜこいつがここに。


 その丁寧な口調も、恐怖にしか感じなかった。

 暗殺者の男の手には、俺の首に当てられていたであろう短剣。


 男は、自分から見て出入口側に立っている。

 戦わずに逃げるのは不可能だ。


 だが、クロはいない。カイルもいない。

 一人で戦おうにも……この男はおそらく、戦闘員として専門の訓練を受けているだろう。

 さっきも、背後を取られていたのに気配がまったくしなかった。俺の勝てる相手ではない。


 どうする……。


 俺はこの国の人間ではない。この国の中枢とは無関係だ。この前はたまたま国王に同行していただけだ――そう釈明して、命乞いすれば。

 もしかすれば、この場は何とか…………


 ……なるはずはない。

 この男は、遺跡で大一番の仕事に失敗した。それは決して小さな失敗ではなかったはずだ。原因はもちろん、俺にある。

 そして今日、こちらが一人になるのを見計らって登場した。

 逆恨みでの復讐。それくらいしか理由が見当たらない。


 ――やはり玉砕覚悟で戦うしかない。


 震えの隠せない手で、腰の剣を抜こうとした。

 それを見た男は、閉じていた口を開け、やや慌てたようなそぶりを見せた。


「落ち着いてください。僕は今すぐあなたと戦うつもりはありません」


 そう言うと、足元に短剣を置き、両手を上げて戦意のないことを示してきた。

 逆光なので表情はよく読み取れないが、声の調子は鋭くない。


「どういうことだ?」

「今日は、あなたにお願いがあって来ました」


 ――暗殺者が、俺と交渉?

 意味があるのだろうか。俺は政治家でもないし軍人でもない。


「お願い? 俺は民間人だぞ」

「もちろん知っています。そのうえでのお願いです」

「……油断させておいて、拳銃で殺す気か」

「拳銃は持ってきていません」

「信用できない」


 仕方ないですね――。男はそう言うと、ジャケットを脱いで床に置き、上半身はTシャツ一枚の恰好になった。

 そしてズボンのポケットを引っ張り、外に出した。

 確かに、拳銃は持ってきていないようだ。


「…………」

「どうですか? これで信用していただけましたね」


 相手は丸腰だ。

 俺はまだ帯剣している。

 今、剣を抜いてこちらから仕掛ければ、逃げられるだろうか?


 ――いや、ダメだ。

 気配を察知されて、相手が短剣を拾うほうが速いだろう。

 次のチャンスを待ったほうが……。

 だが、次のチャンスなんて訪れるのだろうか。

 やはり無理してでもここで……。


「では、あなたも剣を置いていただけると――」

「ぅぇっ?」


 ……しまった。裏返った声が出てしまった。

 大失策だ。今ので、頭の中で検討していた内容がバレた。


「もしかして……今、だまし討ちしようと考えていました?」

「えっ? まあ……」


 あ。


 ああ……。

 混乱してミスがミスを……。


 男が短剣を拾う。

 今度こそ終わった。殺される。


「……」

「……」


「…………」

「…………」


 男が息を吐きながら、頭を掻いた。


「剣を遠くに置いてください」


 ――ダメだ。言うとおりにしよう。

 今どうにかできる可能性は、確実にゼロになった。


 人通りが少ない場所とはいっても、誰かが偶然発見してくれる可能性もある。

 その可能性をできるだけ上げる方針でいこう。

 そのために、これからおこなわれるであろう話を、ひたすら引き延ばす。

 それしかない。


 俺は剣を壁際に置いた。そして元の場所に戻った。

 それを見て、男も再度短剣を置いた。


「今のは聞かなかったことにします。さっき脅して無理矢理ここに連れ込んだのと差し引きゼロ。それでどうですか」

「あ、ああ。わかった」

「ではテーブルを用意します」


 男は、部屋の端に立てかけてあった背の低いテーブルを、部屋の中央に置いた。




 こたつのようなそのテーブルの前で、俺は正座をした。

 男も正座をする。

 お互い、武器は手の届かないところにある状態だ。


「僕はヤガミ・タケルという名前です。タケルと呼んでください」

「オオモリ・リクだ。もう名前は知っているんじゃないのか?」


 お互い自己紹介する必要はあったのだろうか。

 男も俺の名前はすでに知っていただろうし、俺としても暗殺者の名前など別に知りたいと思わない。


「あの犬に感づかれないよう人ごみに紛れ、あなたが一人になるのを待っていました」

「……」


 少しだけ、気持ちが落ち着いてきた。

 時間が経ったからというのもあるが、もうジタバタしても仕方がない気がしたというのもある。

 とにかく時間を稼いで、誰かが気づいてくれるのを待とう。


「先ほど言いましたとおり、今日はあなたへお願いがあります」

「どんなお願いなんだ?」

「我々に力を貸していただきたいのです」

「は?」


 いったい何を言っているのか――そう思った。


「そちらの、テロリストの仲間になれって? いったいなぜ?」

「我々はテロリストなどではありません」

「テロリストじゃなければ何なんだ?」


 どんな組織なのかも知らないのに、仲間になどなれるわけはない。

 まあ、この前の国王暗殺未遂を見るに、ロクな組織でないことは容易に想像できるわけだが……。


「聞く覚悟はあるのですか?」

「……? どういうことだ?」

「我々の情報を詳しくあなたに教えて、そのうえで、あなたがこちらの提案を拒否した場合は……」


「ああ、なるほど。それを教えることは可能だが、その場合は『仲間に入らなければ殺す』ということか」

「はい。そういうことになります。今お互い武器を置いていますが、恐らく素手同士で戦っても、僕はあなたを殺せると思います」

「まあ、そうだろうな」


「……」

「……」


「…………」

「…………」


 タケルはまた、頭を掻いた。


「ええと。そのうえで、聞く覚悟はあるんですか?」

「ない」

「……」


 少し、目が薄暗さに慣れてきた。

 彼を見ると、困ったなというような顔をしている。


「そんな顔をされてもな。中身もわからない組織には入りたくないし、聞いたら選択肢が一択になってしまうことも聞きたくない。それは普通だろ」

「そうですね……」


「……」

「……」


 また妙な間ができた。


「じゃあ、問題のない範囲で教えてもらうというのはどうだ?」

「いいでしょう。少しお話します」


 このタケルという暗殺者は、戦闘は得意なのだろうが、話はあまり得意ではないのだろう。

 話の進め方を知らない者同士が話し合っているので、お互い訳がわからなくなってきている感じがした。


「我々は『人間』なのです」

「そりゃ人間なのは見ればわかる」

「その意味の人間ではありません。この世界の、人間を称する者たちとは違う『本当の意味での人間』ということです」

「本当の意味での人間?」

「そうです。そしてあなたも人間。つまり我々は同志というわけです」

「……? さっぱり意味がわからない。もう少し補足をしてほしい」


 話の内容は、まったく要領を得ない。

 本当の意味での人間などと言われても、新手の中二病としか思えなかった。


「少しわかりづらかったですか。ではそれも説明させてもらいます」


 いや少しどころじゃねえよ、と突っ込みを心の中で入れる。

 今度は、ボロッと口から漏れてしまうことはなかった。だいぶ落ち着いてきた証拠だ。


「あなたは、遥か昔から来た古代人ですよね」

「何でそれを知っている? お前に言った覚えはないぞ」

「それは今言えません」

「なぜ……いや、いい。続けてくれ」


 突っ込んで聞こうと思ったが、少し思い当たるところはあった。

 話を続けるよう促す。


「我々は、あなたの時代の流れを直接くんでいます」


 タケルの表情が、気のせいか若干誇らしげになったように見えた。


「あなたはこの時代に来て、文明のレベルが妙に低いと思いませんでしたか?」

「ああ、思った。何があってこうなったのだろう、とね」


 もちろん、僕もその時代を生きていたわけではありませんが――そう前置きして彼は続けた。


「あなた方の文明は、一度崩壊しています」

「……!」

「そして、あなた方の時代の文明を引き継いだのは我々です。今のこの世界の自称人間たちではありません」

「な、何だと……?」


「我々が拳銃を持っていることがよい証拠です。この国の者たちは持っていないでしょう?」

「……」

「我々の組織こそが人類の歴史では本流で、今この世界にいる自称人間は亜流なのです。亜人と言ってもよいのです。

 我々は高度な文明を持つ真の人間として、同種であるあなたをお迎えしたいのです」


 ……。

 この世界の文明のレベルが高くない。

 その理由について、『一度文明が崩壊した』というのは、今までまったく考えたことがなかったわけではない。


 だが……。

 なぜ崩壊したのか、なぜこいつのグループだけは文明を引き継げたのか、今のこの世界はなぜ文明の発達が妙にゆるやかなのか……等々、とにかく謎が多い。

 謎はそのままで、結果だけを今知らされても、混乱が増すばかりだ。


「す、すまん、ちょっと頭が整理できない……」

「そうですか……」


 またタケルのほうは困り顔だ。

 どうしたものかという感じなのだろう。


「話にならんな」


 突然、目の前のタケルとは違う声。


 その声は、彼の背後から聞こえてきた。

 はっきりと聞き覚えのあるものだ。


 彼の背後の壁。この部屋に入ったときは薄暗くて気づかなかったが、片引き戸があったようだ。

 それがスッと開いた。


「タケル、やはりお前では無理だ。ここから先は私が代わる」

「……」


 あらわれた男は、予想どおりだった。

 俺の素性を知っていて、そして俺が今日神社に行くことも知っている人物――。

 筆頭参謀のヤハラだった。

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