第26話 神からの祈り

 城の中にある、小さめの打ち合わせ室を借りた。

 六畳くらいの大きさで、長方形の机と椅子があるだけのシンプルな部屋だ。

 そこで、担当者にお願いをしていた調査――俺が過去に帰るヒントを見つけるための――の経過報告をもらうことにした。


 最初は、歴史研究家への聞き込みの件で報告をもらった。

 九年前の遺跡発掘に参加していた歴史研究家をヒアリングしていた際、「トヨシマという少し怪しそうな人間がいた」という証言があったらしい。

 そのトヨシマなる人物は、遺跡の第一発見者で、現場の人間に発掘の技術指導をしていた。

 来歴は謎に包まれていたそうで、先代国王暗殺で発掘が中断してからは行方不明。それ以上の情報はないとのこと。


 次は、王立図書館での資料検索の件だ。

 こちらは目立った戦果はないそうだが、もう少し調査を継続する方針とする。

 追加で、九年前のトヨシマなる人物について、何か資料はないのか探してもらうことにした。


 最後は、犬用の鎧の件だが。ここで衝撃の調査報告があった。

 あの鎧の作成者は、孤児院のカナだったのである。

 二年前に、孤児院から城に献上されてきたものらしい。戦に使われた実績はなく、あくまでも美術作品として作られたものという報告だ。


 最後の報告で、眠気が吹き飛んだ。

 子供たちがちょうど城に来ているから、よいタイミングだ。

 さっそくカナから聴取することにした。




 ***




 ――犬の鎧の件で話がある。

 そう言って、城を見学中だったカナを打ち合わせ室まで引っ張ってきたのだが、彼女はジメイも連れてきた。

 作成に際して、彼も深く関わっていたとのことだ。


 テーブルを挟んで、座る。

 こちらから見て右側に、日本人形のような髪をしているカナ。左側に、坊主頭のジメイ。昭和の日本でもありそうな光景に思えてしまう。

 クロには、俺の横で床に座ってもらった。


「あらためて聞くけど、あの犬用の鎧はカナが作ったいうことでいいの?」

「そうよ。二年前くらいだったと思うけど」

「二年前ってカナは七歳だろ」

「三歳のときから鍛冶屋にお手伝いしにいっていたから」

「そ、そうか。すごいな……」


「でも、勉強すればするほど奥が深く感じてくるのよね。今も技術のことは全然わかってないし、力が必要な作業は手伝ってもらわないとできない。半人前にもなっていないわ。二年前の当時はなおさらよ。作るときはいろんな人を巻き込んだし、大変だった」


 あの町の孤児院では、院内で授業をするのは午後からである。

 午前中は、それぞれが修行先に行っている。カナは鍛冶屋に行っていたようだ。俺も全員の行き先を把握しているわけではないので、今まで知らなかった。

 きっと孤児院を卒業したら、そのまま鍛冶屋で働くつもりなのだろう。


「興味があったのか?」

「ええ。材料に興味があって。鉄は特に」

「なるほど。俺のインナーシャツを取っていったのも、あの素材に惹かれたというわけか」

「そうよ? あんなのは見たことなかったもの」


「そうか。てっきり男の下着に興味がある変態かと思ってた」

「え?」

「いや何でもないです。忘れてください」


 ふと横を見ると、クロがこちらをじっと見つめていた。

 見ているだけで、何か言うわけではない。


 ……あ、わかった。


「クロ。まだ話し中だけど、いいよ」

「すまない」


 クロは彼女の横に移動し、頭を擦り付けた。


「カナ。クロがこの前の戦に出たときに、あの鎧を着たんだ。クロが『ありがとう』ってさ」

「あら、そうなの? ふふふ。どういたしまして」


 カナがクロに向かって、優しくほほえんだ。

 そしてゆっくりと頭を撫でた。

 クロが少し目を細めている。


 どうもクロは遠慮深いようで、すぐに「~してくれ」とは言ってこない。

 言葉が通じるんだから、遠慮しないでいいのに、と思うが。

 俺は鈍感な上に気配りもあるとはいえないので、クロが内に秘めている要望を数多く見逃してしまっている気がする。


「そういえば、ジメイも鎧を作る手伝いをしたの?」

「いや、自分は手伝ったわけじゃないよ」

「?」


 どういうことだろう。


「ジメイさんはアイディアを出してくれたのよ。修行の課題として何か作ることになって、どうしようかと思っていたときに『霊獣様が着られそうな鎧を作ってくれ』って」

「もしかして。また神託でか?」

「うん。必要になるときが来るからって」

「……!」


 衝撃だった。

 今まで、ジメイからは無数に神託という言葉を聞き、そして適当に聞き流してきた。

 神託と言われても、後付けで言っているだけなのだろうと考えていたからだ。


 だが、今回は聞き流すわけにはいかない。


 この時代は俺の時代と違い、犬と人間の絆はない。

 街中で犬を見ることなどないし、耕作地や牧場に行っても作業犬はいない。


 なのにジメイは、「必要になるときが来るから」という神託を理由に、犬用の鎧の作製を提案した。

 そして、その鎧の出番が、本当に来た。


 ここまでドンピシャリであると、「たまたま当たりました」などとは言えない。

 神託実在説の否定ができない。


 ……。




 今まで、神の存在を信じたことはない。

 神は人間が創り出したものだ。


 なぜ人間が神を〝設定〟したか。

 きっと、そのほうが都合がよかったからだ。


 人間を超越した存在を創り、自分たちに都合のよい事象を神からの賞とし、都合の悪い事象を神からの罰とする――

 そう考えたほうが楽だったからだ。


 だから、神など存在しない。ジメイの自称神託もジョークの域を出ない。

 そう思っていたのだが……。




「神託は本当にあるのか」

「うん。いつも言ってるとおり。神託はあるよ」

「ジメイの神託は外れたの見たことないわね」

「……。じゃあ、神も存在すると?」

「うん」


 ……。


「神が存在するなら、なんで俺は今ここにいるんだろう。なんで俺をすぐに元の国に戻してくれないんだろう」

「それを聞く相手は、僕じゃないかも?」

「まあ、そうだよな……」


 本当に存在するなら、今すぐ助けてほしい。ホントに。

 心から、そう思う。


「そうだ。俺が町を出てから、俺に関係しそうな神託ってあったのか?」

「神社には毎日行ってるけど、今のところはないよ」

「そうか……」

「リク兄さん。気になるなら、もう一度神社に行ってみたら?」


 う……。

 それは、また気絶するのではないだろうか?


「リク」

「クロか。なんだ?」

「この人間は神社に行くように言っているのか?」

「ああ、そうだよ」

「私もその意見に賛成だ」


 珍しく、クロが意見を出してきた。

 前も似たようなシーンがあったような気がする。

 首都に来るときの馬車の中だったかな? 確か。


「なんでだ?」

「前に行ったときに、少しだけだが、何者かの言葉が聞こえた」

「え! なんでその時に言わなかったんだ」

「すまない。少しだけだったので、気のせいかと思っていた」


 少しだけ……?

 あ、俺のせいか。


「あ、ごめん。それ俺が原因だったか。クロが霊獣像をじーっと見ていたときだよな? 俺が失神して大騒ぎになったせいだな」


 どうやら、神社には近いうちにもう一度行ったほうがよさそうだ。

 気は進まないけど、仕方ない。




 ***




 部屋に戻った俺は、首都に着いてから今までの出来事と、調査の進捗状況を、子供たちに報告した。

 そして、自分はこの世界の他の国からではなく、どうやら過去の日本からワープしてきたであろうことがわかった、ということも話した。


 意外と、反応は普通だった。

 レンなどは「やっぱりそうだったんだ」とさえ言っていた。


 タイムワープというのは、この時代でも当然常識外のはずだ。

 気持ち悪がられて避けられることになったらどうしよう? という思いもあったが、どうやら杞憂に終わったようだ。


 子供たちがわらわらと寄ってくるのは、時に鬱陶しいと思うことすらある。

 しかし、子供たちのほうから拒絶されるのは……どうだろう。

 おそらく耐えられないのではないか?


 どうしようもないくらい自分勝手だが、それが現在の自分のレベルだ。




 ***




 子供たちと一緒に、城の浴場に行き。

 そして夕食は国王にお呼ばれし、みんなで食べた。

 あとは、寝るだけとなった。


 今日寝るところはベッドではない。

 町長の手紙によって城側が準備してくれた、大きなマットだ。

 おおかた、「みんな一緒に寝たいそうなので」などと書かれていたのだろう。


「最初に言っておく。俺は睡眠不足だ。寝るからな。そのへん宜しく頼むぞ」


 眠気に耐えて今日一日を乗り切った俺の、必死の懇願である。


「みんな、寝るときの位置は年齢順に決めるってことでいいかしら!」

「んー、じゃあオレは兄ちゃんの右腕をもらおうかな」

「私は右足にするわ!」

「自分は左足にするよ」

「僕は頭にしようかな」

「ボクは左腕にするね……」

「じゃあわたしは股の間ね」


 ……話は通じているのだろうか。


 まあでも、こうやって寄ってくるうちが花なのだろうな……と思う部分は、確かにある。

 俺もクロも、この時代にはいないはずの存在だ。

 それがここまで孤独感なしにやってこられたのは、この子たちのおかげが大きい。

 ありがたく思う。


 ……。


 ……いや、ちょっと待った。


「カナ、もちろん冗談だよな?」

「え? 冗談じゃないけれど。そこしか空いてないわよ?」

「そ、そうか……。あの、くれぐれも上にあがってきたり、うつ伏せになったりしないようにな。俺の時代だとそういうのはこっちが犯罪になるからな」


「どうして?」

「わからなければいいです……」

「よくわからないけど大丈夫よ? 寝相はいいほうだから」


 朝方になって事件になっても知らんぞ。


「じゃあリク、手足を広げて寝てみて!」

「こんな感じ?」

「そうそう、そんな感じね! じゃあみんなポジションに着いて」

「へへへ、久しぶりに兄ちゃんと寝るな」


 一気に手足が拘束される感覚。

 カイルは誤解されるようなことを言わないでほしいが、もう面倒なので突っ込まない。


「うー、なんか縛られているみたいだぞ」

「文句言わないの!」

「あ、クロさんも呼んでいい?」

「いいわね!」


 また俺の返事を待たぬうちに、入口横にいたクロがジメイに促され、こちらにやってきた。


「……いいのか? リク」

「あー。もう好きにしてください」


 クロは俺の左足の足元に寝転んだ。

 ずいぶん控えめだ。


 そういえば、俺の両親がたまにクロと寝ていたが、クロは必ず足元にいた気がする。

 頭のほうに来ないよう、躾をされていたのだと思う。

 それを今も守っているのだ。




 ……うーん。拘束がきつい。

 寝返りも打てないと思うので、朝起きたら仙骨のあたりが痺れていそうだ。


 でも、なんだろう。

 不思議と、体の末梢から疲れが癒されていく感じがする。


 俺は別にワイワイガヤガヤが好きなわけではない。むしろ嫌いなほうだ。

 しかし一人でないということを、安心だと感じる。

 やはり自分勝手な生き物なのだろう。


 フカフカ腹枕の上でそんなことを考えながら、俺は眠りに落ちていった。

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