第17話 ドメリア砦の戦い(2)
敵はおそらく、全力で打って出てきていると思う。
もともと、北の国にとってみれば、放棄しても問題ないと思われる砦だ。
もう砦に戻る気などはないのだろう。
早めに撤退する選択肢だってあったはずだ。
しかしそうはしなかった。
退かずに玉砕せよという命令が上から出たか。それとも勝てるチャンスが十分あると見てのことか。
それはここにいる俺にはわからない。
しかし、どちらにせよ確かなことがある。
打って出てきて、そしてここへ向かってきている以上、彼らはこちらの本陣を叩き潰す以外に生きる道はないということだ。
それが失敗すれば、こちらの増援が到着し、挟み打ちとなる。
彼らは背水の陣となった「死兵」だ。
その「死兵」を、今から迎え撃たなければならない。
俺は、少し離れて座っていたクロに、小声で話しかけた。
「クロ」
「なんだ」
「これから敵が来る。ここも危険になると思う」
「そうか」
「敵は武器を持った人間で、森でのクマやオオカミとはわけが違う。あのときのように俺を守って戦うと、お前が死ぬ可能性が高い」
「わかった」
「いや、『わかった』じゃなくてだな。最悪の事態になったらちゃんと逃げろよ? 俺のことは気にしないでいいからな」
「……なぜだ?」
「ん?」
「リーダーを守って戦うことは名誉なことだ」
……。
そうか。こいつは人間じゃないんだった。
人間でない以上、人間である俺の考えを押し付けるのは、逆にこいつに対しては失礼なことなのかもしれない。
好きにさせよう。
「ここは危険です。我々で防ぎますので陛下は早めに避難を」
隣で、ヤマモトも国王にそう進言しているが。
おそらく、それも……。
「余は避難はせぬ。ここにいるつもりだ」
国王はそう言って、椅子に座ったまま剣を抜いた。そして広げた両足の間、地面を刺すように置く。
まあそうだよな、と思う。自分だけ避難という発想はないだろう。そういう人物だ。
戦術的には、国王はすぐ避難するのが正解である気はする。
国王が生きてさえいれば、今回の戦いでこちらに負けはつかないだろうから。
だが、彼のこの雰囲気だと、そのようなことを言うのは許されないだろう。
好きにさせるしかない。
「来ました! 敵の数は三千はいるものと思われます!」
伝令が飛び込んできた。
今度の伝令は、血まみれだった。
一気に充満する、血の匂い。
前方から怒号や悲鳴、叫び声などが入り混じったものが聞こえてきた。
すでに、ここから見えるところまで敵が来ている。
必死に防戦する兵士、凄まじい形相で前進してくる敵。
ここにきて、恐怖の感情が湧き出てきた。
足が地面から浮いているかのような錯覚を覚える。
怖い。
視界が白んでいくのを感じた。
足にゴツンという感触。
それで我に返った。
「リク、大丈夫か」
「クロか……。ああ、大丈夫だ。ありがとう」
おかげで少し、落ち着いた。
俺は国王の少し前に出た。
クロがそれに続き、俺の横に来る。
ここにいる国王を助けること。自分も助かること。
どちらも達成しなければならない。
ついに、本陣の幕が倒された。
まず一名、こちらに向かってくる。
ドラマや漫画のように、立ち止まって名乗ることもなければ、無駄口をたたくこともない。
そして隙をうかがったり、じりじりと間合いを詰めることもない。
ただただ、止まることなく鬼の形相で迫ってくる。
敵兵が奇声を上げて剣を振りかぶる。大振りだ。
俺は構えた剣を、踏み込みとともにそのまま突き出した。
首に。
刺さった。
敵兵の振りかぶった剣が、慣性の法則にしたがって前に倒れてくる。
俺の肩当てに力なく当たり、乾いた金属音を立てた。
……人を殺した。
いや、今は考えている暇はない。
剣を抜き、敵兵だった肉人形を横に払った。
その後ろから、剣を槍のように突き出さんとしている敵兵が見えた。
そこまでは見えていなかった。
身をかわすのは、間に合わ――。
ドン!
鈍い音とともに、敵兵が少し左によろけた。
突き出してきた剣は、俺の左わき腹をかすめるように素通りした。
敵兵の右地面に着地したのは、鎧姿の白い犬。
クロが敵兵に体当たりしてくれたようだ。
空振りしてつんのめった敵兵の肘に向かって、俺は剣を振り下ろした。
腕は斬り落とせなかった。骨で止まってしまったであろう感触があった。
敵兵はすぐに向き直り、苦痛に顔を歪めながら、剣を振りかぶった。
……が、そこで表情が消えた。
その背後には、束までと言わんばかりに深々と剣を突き刺している国王がいた。
「リク、まだまだ来るぞ!」
俺はすぐ態勢を立て直し、再び国王をカバーできるポジションを取った。
右隣りにはクロだ。
左隣に参謀のヤマモトが来た。
軍師風の衣装は脱ぎ捨てている。手に持っている剣は血みどろだ。
そして肩で大きく息をしている。
前から一人、味方の兵士が後ろに吹き飛ばされて、転がってきた。
血まみれだ。首が斬られており、皮だけでつながっていた。絶命している。
敵兵が新たに三人向かってきた。
入口近くにいた生き残りの味方兵士を一人吹き飛ばし、その勢いのまま、こちらへ――。
三人同時は受け切れる気がしない。
どうしよう、と考える猶予もない。
俺は咄嗟に、すぐ足元に転がっていた剣――最初に倒した兵士のものだ――を取ると、真ん中の敵兵に向けて投げつけた。
ダメージをどの程度与えたかはわからないが、その兵士の足が止まった。
その瞬間に右の敵兵に向かって踏み込み、打ち込んだ。
敵兵は剣で受けた。
俺はそのまま思いっきり力を入れた。
相手の体が反った。
そのまま倒し、サッカーボールのように思いっきり蹴り飛ばした。
左を確認する。
左の敵兵はヤマモトが食い止めてくれているようだ。形勢は不明。
中央の敵は……やはり少し遅らせることができただけだ。
肩から血を吹き出しながら、国王のほうへと向かっている。
――行かせてはだめだ。
俺はその兵士に対し、横から攻撃に向かった。
敵兵はそれをすぐに察知した。
こちらに対し、横に払うように剣を振ってきた。
俺はそれを受けたが。間髪入れずにもう一度振りかぶって、今度は斜めに斬ってくる。
何とか受けるが、一撃が重い。
そのままじりじり体重をかけられた。
重くて返し技が出せない。
倒されたら、おそらくそのまま殺される。
まずい――と思ったとき、敵兵の首から鮮血が噴き出た。
首に噛み付いたのはクロだ。
――でかした。
振りほどこうと体をよじった敵兵の隙をついて、剣を突き刺す。
胸に深く刺さった。間違いなく致命傷だ。
敵兵の胸を足で押さえて剣を抜いた後、すぐにヤマモトの状況を確認するために目を向けた。
生きている。幕の中にいた生き残りの兵士とうまく連携して、何とか切り抜けているようだ。
もちろん、国王も無事だ。
よし。
「リク、危ない!」
そう国王が叫ぶと同時に、俺は反射的に後ろを振り返った。
――!
さっき蹴って転がした敵兵が――。
間一髪で受けることができた。
渾身の一撃だったのか、もの凄い音がした。
その音を合図にするかのように、周りにいた味方全員が飛びかかり、その敵兵を絶命させた。
***
……。
すでに、十人くらいは殺している気がするが。
記憶があいまいだ。
どれくらい時間が経ったのだろう。
だいぶ経ったような気もするし、長く感じただけで、実際はほんの少しなのかもしれない。
幕の中にいる生き残りの兵士は、全員血まみれだ。
ヤマモトは生きてはいるが、疲労が極限に達しているのか、剣を杖のように使って体重を支えている。
国王も憔悴の色が濃い。
クロもだいぶ呼吸が荒くなっている。
俺の息はとうの昔に切れていた。
苦しい。
膝も完全に笑っている。
あとどれくらい持ちこたえればいいんだ。
そろそろいい加減にしろ……。
……あれ?
視界がぼやけてきた。
ま、まずい。
いかん……意識が。
フラフラしてきた。
今、敵に来られたら……。
そもそも、今どんな状況なんだ?
敵はあとどれくらいいるんだ?
誰か教えてくれ……。
視界が暗くなってきた。
……あ?
すぐ目の前に、人らしきものが見える。
もはや焦点がまったく合わない。
やばい。今斬りかかられたら。
立ち上がって剣を構えなければ。
か、体が。
くそ、もう動かない……。
「…………来たぞ」
……は?
来たぞって何だ?
何で目の前の敵がわざわざ宣言してるんだ?
頭おかしいのか……?
「おい! 応援に来たぞ。しっかりしろ。オオモリ・リク」
沈んでいく意識の中、そう言う女性の声が聞こえたような気がした。
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