第16話 ドメリア砦の戦い(1)
城内で、出撃の準備を整えた。
……鎧が重い。
着けてくれた兵士いわく、これでもまだ軽いタイプとのことだった。だがそれでも、かなり重く感じる。
俺、おそらく筋力は結構あるほうだと思うのだが。
「で、クロ。なんだよその格好は」
なぜかクロも鎧を着用している。
シンプルなデザインだが、金属製でそこそこ頑丈そうに見える。
明らかに犬用に作られた鎧で、サイズはピッタリである。
「そこの人間が着けた」
武器庫と思われる部屋の前にいる兵士を、クロは鼻先で示した。
「そうなのか。あの、どうもありがとうございます」
「いえいえ、武器庫に眠っていたものです。役に立つときが来てうれしく思います」
その言葉に、衝撃を受けた。
何で犬用の鎧があるんだ?
クロの存在を知ってから作製したのでは間に合わないはずだから、元々あったことになってしまうではないか。
「あの。犬が戦争に参加することなんてあるんですか?」
「いえ。普通はないと思いますが」
だよな……。
そもそもこの国では、街中や街道で犬を見かけることがない。
野犬なら町の外にいけば一杯見られるようだが。俺も襲われたし。
不自然すぎる。
これは俺のいた日本に帰るためのヒントになり得るのだろうか。
この戦いが終わったら聞き込みをしようかな……って、これも死亡フラグだ。
あまり今は戦後のことを考えないほうがいい。いったん忘れよう。
さて、出発だ。
***
砦の名前はドメリア砦というらしい。
先代国王急死のどさくさに紛れて、北の国が占領。その後九年が経った今も、北の国の支配下にある。
俺が孤児院にいたときには、
『北の国とはもう長く交戦状態にあるが、現在は膠着に近い状態であり、国境付近で小さな小競り合いがたまに起こっている程度』
とだけ聞いていた。
砦を攻める計画が密かに進行中であるなんていうことは知らなかった。
町長も何も言っていなかったので、知らなかった可能性が濃厚だ。
もっとも、国内中が知っているようでは敵にも計画がダダ漏れだろうから、マズいと思うが。
砦の位置は、古代遺跡のやや北東。
地図を確認すると、俺の知る日本で言えば埼玉・茨城・栃木の県境あたりといったところか。
遺跡はさいたま市あたりにあるようなので、少し近すぎる。
確かにこれでは、砦を何とかしないと落ち着いて発掘事業を進めるのは難しいだろう。
現在、軍はすでに予定通り行軍を終え、砦から十キロ程度離れたところに前線基地を設営。
そこで最終確認をおこなったのちに、作戦通りに展開をおこなっている。
各将軍の部隊は、既に作戦の配置場所に向かっており、そろそろ砦を取り囲むように位置についている頃のはず。
そして本陣は取り囲んでいる部隊のやや後方に位置しており、国王も俺もそこにいる。
国王は椅子に座っており、俺はすぐ横に立っている状態だ。
「リク、怖くはないか?」
「うーん。正直、今この本陣のまわりしか見えないので、あまりイメージができていなくて。怖いというよりも、どちらかというと不思議な感じというか……」
戦争に生まれて初めて参加している俺は、困惑することが当然多い。
特に思ったことは、シミュレーションゲームのように空からの視点で見ることができないという点である。
「当たり前だろ。何バカなことを言っているんだ」
と突っ込まれそうだが、軍が今どのような形で展開しているのか視覚的には全然わからないし、いま自分が全軍の中のどの場所にいるのかもわかりづらい。敵がいまどこで何をしているのかも当然見えない。
とにかく状況の把握が難しいのだ。伝令の報告から、頭の中で想像していくしかない。
そのせいだろうか? まだ「自分が戦場の中にいる」という実感が薄い。
普通にそこらで訓練でもしているような感覚すらあるくらいだ。まだ「怖い」という感情は湧きあがってきていない。
「そうか。しかしそれは頼もしいな。余は少し怖いぞ」
国王は座ったまま、俺を見上げた。
そう言われれば、表情はいつもよりほんの少し固い気がする。
彼も戦争の場に出てくるのは初めてである。
今回「親征」にこだわった理由については、国王本人の決意のあらわれを見せるため、および兵士の士気向上のためということになっている。
だが、本人いわく「軍事の勉強のため」ということでもあるらしい。
相変わらず意識が高い王様だ、と思う。
この歳で、お飾りではなく自身で国政をおこなっているということは、こうやって自分から物事にどんどん首を突っ込んでいき、自分の知識にしていったのだろう。
戦争参加が決まったときに、「ぜってー無理だわ」とか「何とか俺だけでも生きて帰らなければ」と考えてしまっていた俺とは、レベルが違う。
「陛下、そのようなことは口に出されませぬよう」
「ははは。お前の言うとおりだな。すまなかった。ヤマモト」
国王は苦笑いしながら、例の諸葛孔明のコスプレにしか見えない作戦参謀にそう答えた。
ヤマモトという名前らしい。
三人の作戦参謀のうち、戦場に来ているのはこの人だけだ。あとの二人は来ていない。
疑問に思って行軍中にヤマモト本人に聞いたのだが、二人とも城に残って留守番および情報収集とのことである。
あの肌が白い病人みたいな参謀、日焼けしなくて済んでよかったな……と余計なお世話ながら思ってしまった。
「よし、開戦の狼煙をあげよ!」
国王が命じた。
いよいよ、戦いの火蓋が切られた。
***
地響きが本陣まで伝わってきている。
それは今まであまり実感が湧いていなかった俺にも、少し響いてきていた。
胃に少しキリキリという不快感が出てきている。
こちらの兵力は二万人くらいはいるとのことだ。
一方、砦に常駐している敵の兵力は、普段一千人ほどらしい。
数字だけ見ると兵力差が二十:一なのだが、さすがに首都を発った段階ではこちらの動きは察知されていたようだ。すでに相手の増援部隊が砦に到着済という報告が入っている。
ただそれでも、「多めに見積もっても、こちらの半数以下の兵力しかないのではないか?」というのが、コスプレ参謀の分析である。
「ランバート隊、攻撃を開始しました!」
「ファーナ隊、ただいま攻撃を開始しました!」
本陣に次々と伝令がやってきて慌ただしくなっている。
砦を囲んでいた全部隊――サイオンジ隊、ランバート隊、リリエンソール隊、ラスキン隊、ヤマウチ隊、ファーナ隊――が攻撃を開始したようだ。
相変わらず和洋ごっちゃ混ぜの名前が飛び交うのだが、違和感を覚えるほどの精神的余裕はなくなってきた。
ここからだと、砦の詳しい様子はわからない。
しかし、土煙のようなものがあがっているのは確認できた。
伝令の情報からも、今のところは順調に推移しているように思われる。
このまま無事に終わればよいのだが……。
どうも俺の中では不安が残ったままだ。
六将が順調に攻めているのは大いに結構なのだが、各将はそれぞれ三千人強程度の兵を率いているそうなので、本陣には二千人程度しかいないことになる。
今回の兵力差を考えれば、国王が討ち死にする等の大事故さえなければ、勝てる可能性は高い。
やはり、もう少し本陣は手厚くしたほうがよかったのではないか。
うーん……そもそも、だ。
この砦は北の国にとって、戦略上そこまで重要な拠点なのだろうか?
城下町があるわけでもなく、重要な都市にそこまで近いというわけでもない。
性質はあくまでも偵察基地。堅牢な城壁があるわけでもなく、深い堀があるわけでもない。土塁と柵に、空堀が掘られているだけの簡素な砦だ。
それを圧倒的少数で死守することに意味があるとは思えない。
俺が相手の参謀だったら、さっさと見切りをつけて撤退する。
もしくは、こちらに国王がいるという情報を得ているなら、うちの各部隊が砦を囲んで攻め始めたタイミングで、いきなり砦を捨てて打って出て、こちらの本陣を強襲。国王を討ち取ろうと考えるかもしれない。
将棋は王将を詰ませれば勝ちだ。
ふと国王を見ると、足を組んで手を顎に当てている。
何か考えているのだろうか。
「……もう少しここを厚くしたほうがよかったのかな」
げげ、俺と同じ感想だ。
「はい、実は私もそのように考えておりました。ご不安をおかけして申し訳ございません」
は?
俺は耳を疑った。なぜコスプレ参謀も同意しているのか。
彼は軍議のときに自信満々にプレゼンしていた。今になっていったい何を、と思う。
これは国王も怒るんじゃないか?
「いや、そちはあのメンバーの中で一番若いからな。実績のあるヤハラやウィトスが立てた案はなかなか覆せまい。そもそもまだ問題は発生していないのだから、気にする必要はないぞ」
「はい。申し訳ありません」
国王は冷静なままだった。
俺も頭の中の噴火が微妙に恥ずかしくなり、すぐに鎮火させた。
この人は軍議のときは単なるプレゼン役で、立案者なわけではなかったようだ。
ちなみにヤハラは病人のような色白参謀、ウィトスはもう一人の参謀の名前だ。
「それよりも、どうするべきか教えてほしい。念のために一部隊戻しておいたほうがいいのか」
「はい、砦の門正面のラスキン隊は残しておいたほうが良いと思うので、その次に近いファーナ隊を戻しましょう。一部隊戻しても砦は十分攻略可能なはずです」
ファーナ隊に伝令が向かったようだ。
しかし、状況は何も変わっていないはずなのに、現在の局面が一気に危険な状態に思えてきた。
将棋中継とまるで同じだ。解説役の棋士が現局面を解説すると、盤面が動いていないのにもかかわらず、途端にどちらかが不利に見えてしまう。
嫌な予感が一段と強くなったときに、別の伝令が転がり込んできた。
「申し上げます! 敵が打って出てきました! 砦正面のラスキン隊は突破された模様! こちらに向かっているものと思われます!」
……どうやら、予感は当たりつつあるようだった。
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