第10話 手合せ
「兄ちゃんハイ。これ木刀。持って」
「うう……。初日からいきなり手合せなのか」
「だって、やってみないと実力がわからないじゃんかー」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
カイルに剣術と体術を教えてくれと頼んで、午前中や昼休憩の時間に教えてもらえることになった。
今日は昼休憩の時間を割いてもらっている。
場所は庭の芝生の上だ。
最初に「ケンドーってやつの型を見せてもらってもいい?」と言われて、覚えていた剣道形を一通り見せた。
彼は興味津々な感じでそれを観察していたが、終わると「ふーん」と言って、木刀を持ってきた。
そして「とりあえず試合してみようよ」といきなり言われてしまったのである。
俺、剣道しか知らないから、そのままのやり方でやるぞ……?
……の前に、だ。何だこのギャラリーの数は。
子供たちが全員いる。
「お前ら何で見てるんだよ。昼寝はどうした」
「だって面白そうじゃない!」
ケツ叩きのエイミーはそう言うが、こちらは面白くない。
「どうせ俺がボコボコにやられるんだから、見なくていいよ」
「えー。お兄さん、みんなそれが見たいという理由で見学しているんだけど」
インナーシャツ泥棒のカナはそう言って不敵に笑う。
「じゃあ兄ちゃん構えて。始めよう」
俺は中段で構えた。
「へー。兄ちゃんけっこう強そうだな」
……構えだけはね。
やはり競技としてやっていただけでは、実戦で揉まれている人には勝てないだろう。
宮本武蔵のような達人だって、タイムスリップして高橋紹運や山中鹿之助あたりと戦場で戦ったら、まず生きて帰れなかったと思う。
「じゃあ誰か……エド、開始の合図よろしく」
「はーい」
「はじめ!」
直後、カイルはまっすぐ踏み込んでくる。
ひとまずこっちの力を見たいということなので、小細工するつもりはまったくないようだ。
振りかぶって、俺の頭をめがけて降ろしてくる。
俺の感覚だと、かなりの大振りに感じた。
動きは見える。高校の頃の剣道部顧問に比べれば、少し遅いと思う。
もちろん、剣道で使うのは軽い竹刀で、斬ったり叩いたりする必要もなく、当てさえすれば一本だから、ってこともあるのだろうけど。
これは、面を受けて面返し胴でいけるパターンか。
まず受けてと。
「うがっ」
体中に響く強い衝撃。
重い。
重すぎる。何だこれは。
ドスン。
あ。尻が。
体勢を……。
と思った時には、顔の前で木刀を寸止めされていた。
「ハイ終わり」
受けた状態でそのまま倒されてしまった。
想像以上の圧力だった。
「参りました……」
「うーん、これだとわからないなあ。もう一回かな」
仕切り直しとなった。
恥ずかしいんでギャラリーのほうは見ない。どうせ笑っているのだろう。
「はじめ!」
またカイルが面打ちのような動作に入る。
今度はさっきより速い。
俺は瞬時に首を左に傾けて……あ、しまった。これはダメなんだった。
ああああ。
「ハイ終わり」
「うう……」
肩の上で木刀が寸止めされている。
剣道だと首を傾けて面打ちを外すということをよくやるので、癖が出てしまった。
よく考えれば、それでは頭の代わりに肩を斬られてしまうだけだ。
「兄ちゃん、今のは何がしたかったの……」
「すまん。今のは忘れてくれ……」
「うん、じゃあもう一回だね」
俺、ちょっと落ち着け。
何かできるはずだ。
このままだとやる気がないと判断されそうだ。それは避けたい。
動きは見えている。
あれだけ大きく振っているわけだから、初動をとらえて小手打ちなら入るかな?
やってみるか。
「はじめ!」
また同じようにカイルが振りかぶろうとする。
そこをとらえて小手打ち……
ゴンッ
「うっ」
「あっ」
げげ……。
入ったはいいが、寸止めを忘れた。
いつも使っている竹刀のつもりでやってしまった。
「ごめん。寸止めするの忘れてた。大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫だよ。でもこの勝負は兄ちゃんの勝ちだね」
「……」
指導対局のようなものだし、三戦ともすぐ終わってしまったので、カイルの強さというのはよくわからなかった。
が、実力差が離れているであろうということは何となくわかる。実戦になったら、今の俺では何もできないままねじ伏せられるのだろう。
「兄ちゃん結構目がいいよね? オレの動きもちゃんと追えているみたいだし。ちょっと足せばケンドーをベースにしたやり方でいけるんじゃないかな?」
「そうなのかな」
「うん。直さないといけないところはいっぱいありそうだけど。いまのも、寸止めを忘れていたにしては当たりが軽すぎだし。あれだと相手が剣を落としてくれないと思うよ」
やはりカイルはきっちり見ていたようで、細かい感想をくれた。
「今日は時間切れなのでこれで終わり。また明日もがんばろうね」
「ああ、ありがとう。悪いな、そちらの休憩時間も潰れるのに」
「いいのいいの」
「……俺、汗かいているんで抱きつくのはやめてくれ」
「へへへ。大丈夫だよ、兄ちゃん臭くないから」
「……」
彼は俺の師匠になってしまったので、振り払いづらくなってしまった。
加齢臭でも出しておけばいいかな。
ギャラリーはまだいた。
「おつかれさま!」
「いてっ……はいどうも。いつも言っているけどケツは叩かないようにな。エイミー」
「兄ちゃんすごい。一本入ったね」
「エドか……うーん、あれは打たせてもらったようなもんだと思うけどな。エドも剣術をやっているのかい?」
「うん。僕もやってるよ。ここのみんなは全員どこかで習ってるんじゃないかな?」
「そうなのか」
どうせみんな結構強いのだろう。聞かなくてもわかる。
「リク」
「おわっ……クロか。びっくりした。お前も見ていたのか」
「今のは何をやっていたのだ」
「何をって言われても……。剣術の練習をすることになったからさ。今日はこちらの現状を把握したいということで、まずは試合をね」
「練習……。強くなるため……か?」
「ああ。まあそうだな。クロもお荷物が少し軽くなったほうが助かるだろ」
「…………」
クロは答えない。
「ん?」
「意味がわからない」
「ああ、ごめん。わからなかったか。あまりお前に守られ続けているわけにもいかないって意味だよ」
俺は言い直した。
比喩の表現だと、直喩以外はまだうまく理解できないらしい。
「そうか……わかった」
「え? それだけ?」
「ああ」
「何だよ。変なやつだな」
ジメイがクロに近づいていく。
そしてクロの背中を撫ではじめる。
「クロさん、あなたでは不足って意味じゃないから。安心して」
クロはジメイのほうを見上げた。
そしてかすかに声を出したように聞こえた。
あ。もしかして、俺の言い方が悪かったのか。
「ジメイはクロの考えていることがわかるんだ?」
「ううん? 神託だよ。今日クロさんを慰めるようにってね」
そんな神託あるかいな……。
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