第9話 叱責

 孤児院に入って二週間程度経った、ある日。

 俺とクロは、町長に呼び出された。

 理由は「そろそろ落ち着いていると思うので、一度報告が欲しい」とのこと。


 ――気にかけてくれているんだなあ。

 と、感じる……わけだが。


 もともと町長の紹介で孤児院に入ることになったわけなので、落ち着いたら自主的に報告とお礼をしに行くべきだったような気がする。

 「そういえば。紹介してやったはいいが、その後あいつはどうなったんだ?」となって呼び出されたのであれば、かなり失礼なことをしてしまったかもしれない。

 こういうことに気づけないのは、おそらく自分の悪いところだ。


 面会時間は、こちらの昼休みに設定されていた。明らかに、俺の院での活動に支障が出ないように配慮したと思われる時間設定だ。

 町長は自身の休憩時間を潰して俺に会うのだろう。非常に心苦しい。




「やあ、リクくん、クロくん。元気だったかな」

「おかげさまで元気です。せっかく院に入れてもらったのに、そのあと何も報告していなくてすみません」

「いやいや、君も大変だっただろうからね」


 手振りで座るよう促されたので、俺は執務室のソファーに座った。

 クロはそのすぐ横で、お座りの姿勢になる。

 最初に相談に来たときと同じかたちだ。


「今日は、簡単にで構わないので、今の君の状況を聞かせてほしい」

「はい」


 俺は、院で毎日勉強している内容や、帰る方法を見つけるための調査の進捗具合などを伝えた。


「……そうか」


 町長は顎を触りながら、しばらく考えていた。


「院での生活はうまく行っているようだね。クロくんもみんなに可愛がってもらっているようで何よりだ。図書館での資料探しも、少し進展があったのはよかった」


 クロは俺のすぐ隣にいる。

 町長の話をどこまで理解しているのかはわからないが、じっと町長を見据えていた。


「だが――」

「?」

「今聞いた話では、剣術や体術の類はやっていないということでよいのかな?」

「はい、やってないですね」

「なぜだい?」

「えっと。院のカリキュラムにないので」

「ふむ……」


 町長は一度俺から視線を外し、クロと目を合わせた。

 一瞬、クロに向かって、ほんの少し頭を下げたようにも見えた。

 そしてやや引き締めた表情で俺のほうに顔を戻すと、続けた。


「今日、君を呼んでおいてよかった」

「……?」

「今のままではダメだ」

「え」


「君はいずれ旅に出ることになる。そしてそれは、町をブラブラ歩く観光旅行などではない。探検に近い性質の旅になる。そうだろう? なのに護身もできないまま行くつもりなのか?」

「…………」

「そもそも、君はこの町まで自分の足で歩いてきたのかな?」

「いえ、違いますね……」


「そうだね。野犬に襲われて、クロくんに助けられて、気絶している間にカイルくんにおぶってもらってきたはずだな。この国は君の国よりもはるかに厳しい環境だろう? 町の外を歩けば、普通に野犬や野獣がいる。武装した野盗だってそこらじゅうにいるぞ? それを忘れてはダメだ。クロくんだっていつも君を守れるわけではないだろう。

 このままでは、私は君が町の外に出ることを許可するわけにはいかない。剣も振れない、受け身も取れないでは、旅に出ても命を落とす可能性が高いからね」


 町長の指摘はかなり手厳しい。

 確かに、元にいた日本を旅するのとは訳が違う。自分の身を守る手段がないとなると、町の外に出ても、町長の言うような末路が待っているだけかもしれない。


 そして、それを俺は認識していながら放置した。

 自分がいた日本で培ってしまった癖が出ていたのだ。

 「必要ですけど。用意されていないからやっていません」というのは、いかにもな言い訳だ。用意されていないなら能動的に取りに行かなければならなかったのだ。


「どうだい。何をしなければならないか、わかるかな」

「あ、はい。カリキュラムにないなら自分から誰かに教わらなければ、ということですね……」

「そのとおりだ。すぐ近くにいるじゃないか。よい先生が」


「……? もしかして、カイルですか」

「そうだ。君は知らないかもしれないが、彼の剣術と体術の腕は、おそらくこの町で一番だ」

「……!」


 カイルのやつは剣術と体術までできるのか。しかも十三歳で町一番?

 どれだけチートなのか。もはや人間では……


 ……いや、人間か。

 有名なスポーツ選手などはだいたいそういうものだった気がする。

 あのテニス選手は、十三歳で国内の選手にはだいたい勝てただろう。

 あのスケート選手は、十三歳の頃にはどの大人よりも素晴らしい演技ができたはずだ。

 あの水泳選手だって、その年齢のときには既にとてつもないスピードで平泳ぎができたはずだ。


 しかし、彼らはれっきとした「人間」だ。

 シッポが生えていたわけでもないし、大猿に変身できたわけでもない。

 人間の枠内で他の誰よりも努力したのだ。

 それをチートで片づけるのは本人に失礼すぎる。


 俺に才能があるとはあまり思えないが、努力なら少しはできるかもしれない。

 とにかく、この先明らかに必要になるのに見ないフリをして放置なんてことは大悪手だ。


「空いている時間はあるのだろう? 彼にどんどん教わるといいよ」

「……はい」


 旅に出るのがどれくらい先になるかはわからない。

 でも、このまま行ってもダメなのは確かだ。護身術を少しでも身に付けなければならない。付け焼刃であろうが、ゼロよりはマシなはずだ。

 やろう。

 やらなければ。


「まあ、小言はこれくらいにしてだ。私からプレゼントがある」

「プレゼント?」


 町長は後ろの棚から、大きく、そして細長い金属の塊を持ってきた。

 驚いて、驚きすぎて、思わずその場で立ち上がってしまった。


「……! これは……」


 それは、柄があり、鍔があった。

 そして、鞘もあった。


「私が使っていた剣だ。片刃で、峰打ちもしやすいように調整されている。おそらく君にぴったりだろう。ぜひ受け取ってほしい」


「でも、こんな高そうなものを……」

「もう私には必要ないものだ。私はすでに自分や周りの人間の身を守る立場ではない。この町のすべての人間の生活を守る立場だ。そのために必要なものは剣などではない」

「……」


「さあ、手に取りたまえ」

「……はい」


 ゆっくりと手に取った。

 その片刃剣は、その質量以上に重く感じた。


「わかっていると思うけれども、カイルくんに頼むときはきちんと頼むようにな。この国はそういう国だ」

「はい。大丈夫です。ちゃんと頼むようにします」


 最後に、立ったまま、全身で礼をした。


「本当に、ありがとうございました」




 ***




「え? あ、えっと、兄ちゃん、一体どうしちゃったの?」


「剣術と体術を教えてください。この先必要になるのは間違いないから。このとおり、お願いします」


「あ、あの、えと、そっちのほうが年上なんだし、そんなにかしこまってお願いしなくても、ちゃんと教えるよ? ホラホラ、それは最敬礼ってやつでしょ? やめてよ、頭あげて。何かこっちが申し訳なくなるじゃんか…………げっ、なんで泣いてるの? どこか具合悪いの? それともオレ、何か悪いことしちゃったかな?」


「いや、違うんだ。そうじゃないんだけど……」


 生まれて初めて、教えてもらうためにきちんと頭を下げた気がした。


 本来、モノを教わるときは、こうやって教えてもらうものなのだろう。

 席に座ったまま、さあ教えろやというのは違うんだよな……。

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