子猫たちとの戯れ

     1


 午後四時半になろうとしていた。何者かに警備の人たちが殺され、心が休まらない状況が続いていた。

 バロットがかき混ぜる鍋からはカレーの香りが立ち込める。人間が嗅ぐだけでも刺激的な、スパイスの集合体。調理台の上のウフコックは匂いの暴力だと言って、先ほどからずっと手で鼻を覆っている。ふと鼻から手を外し、首を傾げながらしきりに匂いを嗅ぎ始めたかと思うと、さっと青ざめた。

「まずい。妙な匂いがする。それもかなり近いぞ。バロット。今すぐ戦闘態勢をとる」

「敵が―――!?」

 お玉を右手に握ったままバロットが息をのんだ瞬間、調理室のドアが破壊され、弾丸が飛び込んできた。一撃目はウフコックが白い大きな卵型のガードとなって防いだ。しかし、直後に青白い火花を散らすワイヤーが死角から飛んできて、バロットの胴体が真っ二つに切られてしまった。血は不思議な程に出ず、ジョークか何かのように上半身と下半身が分かれていた。

 ウフコックはバロットを覆う新たなシールドを作ると、バロットの元に寄り添い、すすり泣いた。

「―――俺がもっと早く気づいていればこんなことには…」

 バロットの息はまだあったが、痛みで戦闘どころではなく、ウフコックもまた、苦しむバロットを前に冷静な判断などできるはずもなかった。

 そのまま高電磁ハチソンナイフが一人と一匹を天国に送るまで、そう時間はかからなかった。



     2


 生前バロットと呼ばれていた少女のそれは、今では男の右手に収まっていた。

 生前のスレンダーな姿を思わせる、薄い脂肪でできた扉を指でそっと押し開くと、生前の職業を疑うほど奥ゆかしい小さな襞が顔をのぞかせる。その襞は奥の狭い洞窟を隠すにはあまりにも貞淑すぎた。この幼気な在り様は、もしかするとコアなファンがいたかもしれない。

 彼女の生前の職、未成年娼婦ティーン・ハロットの頃のビデオでは、彼女は人形のようであった。今、男の右手に収まった“彼女自身”はその頃の面影よろしく、ちょっとやそっとの愛でようではちっとも反応せず、無関心を装う。指でちょっとかわいがってやったり、相棒となった左手と牧歌的な交わりをさせたりしても、素っ気ない態度をとる。

 すました態度を壊してやろうと、彼女のために取り寄せた様々な道具と、ありとあらゆる方法で苛める。痛みよりは快楽がお好きなようで、どろどろの快楽漬けにしてやる。すると生理的な反応との免罪符を得たかのように、徐々に充血して体液を分泌し始める。さらに根気強く苛め続けると、やがて規則的な収縮まで見せてくれるのだ。彼女自身、生前に自分の身体がこのような反応を示すことを知っていたのだろうか。彼女の認知と彼女の身体の反応の解離に思いをはせると、極上のワインを味わっている気分にさせられる。やはり、利き手である右手に彼女を納めて正解だった。今の状態なら、彼女の収縮を右前腕の屈筋群を伝って感じることができる。

 一度快楽のスイッチが入ってしまえば達しやすく、閾値が下がるのは他の女たちと同じだった。準備が整ったのでまた外門まで撤退し、優しく愛撫して焦らしておく。

 毛はもともとあったと思われるが、現在はまったくの滑らかな肌だった。男が出会ったときには既に人間とは思えない透き通った白い肌だったし、そこに植毛はなされていなかった。髪や眉はあったように思うので、おそらく植毛した何者かはそこには植毛しなかったのだろう。それがマニアックな趣味によるものなのか、そこにはあえて触れたくなかっただけなのか仮説は二つだが、後者の予感がした。彼女と対面したときの彼女の雰囲気がそれを物語っていた。

 戦闘で対面したときの彼女は、傷ついていたが大切にされている雰囲気を醸していた。そして、そんな彼女が今、文字どおり自分の手の内にいるということに心が蕩けた。

 右手の熱に浮かされて左手までもが充血し熱くなっていたが、男の欲の象徴も熱を帯びていた。欲望の塊は快楽を求めて増大と硬化を推し進め、主に許可を要求する。被害者顔をする両手を横目に欲望に許可を出し、まずは右手を、それに深々と降ろしていく。内側から生理的収縮を感じた後は、おもちゃのように己の快楽のために奉仕させる。だがそれだけでは生前の職と何も変わらないので、わざと途中で彼女に優しく、彼女の快楽に尽くしてあげる。まるでその行為は人類の“愛”の結晶なのだと、歯が浮くようなセリフを吐くかのように。そして彼女の混乱をみるのが、また何とも愉しいのだ。まるで、人生頑張るといいことがあるよ、と聖人の顔をしているような悪徳の香りがした。

 罪悪感に胸を高鳴らせ、さらに快楽の階段を登る。脳内にアドレナリンが駆け巡る。人は快楽には抗えず、アドレナリンの分泌に従って動くのだ。聖人とはストイックな行動でアドレナリンが分泌される変態のことをいうのだろうし、この男は変態な行為でアドレナリンが分泌されるだけのことだった。すべての人間はホルモンの傀儡なのだ。そのことを知っている自分が、無知の人間よりも高尚であるかのような気分になった。

 気分は頂点に達し、本能が少女の奥底に到達の印をつきつける。強烈な征服欲の充足が訪れる。

 急速に理性が戻ってきたが、放置していた左手が切なそうに収縮し、ねだってくる。男の望む敏感さに達するまでじっくり育て上げた逸品だった。清らかだった頃の面影を残しながらも、男の好みに仕立て上げた自慢の恋人だ。“左手”となった少女の顔も声もすでに思い出せないが、男にとっては左手の反応だけが真実であり、彼女に嘘を吐く口も、狡猾な頭もいらないと思っていた。尿道はあるに越したことはなかったので残念極まりなかったが。

 気持ちが乗らなかったので、左手にはおもちゃを適当に突っ込んだ。この頃は本物とおもちゃの区別がつくようで、一瞬残念そうに固まったが、すぐにもてあそばれ始める。

 まったく、どこまでも欲求に素直でしょうがない恋人だ。バカな恋人が乱れるのを眺めながら無気力な時間をやり過ごす。やりすぎに気を付けないと、この素直さではきっとすぐにおもちゃでも満足できるようになってしまうだろう。そうならないように、加減をしなければならない。男のもの以外で満たされるなど、あってはならないことだ。

 左手が頂点に達しようと助走のような筋収縮をはじめたので、おもちゃを取り上げる。左手は不満そうによだれを垂らすが、罵倒するための口はない。いい気味だった。

 移植したきわなどの、あまり神経の集まっていない部分から徐々に焦らして攻め立てていく。たまに神経の集中したところを軽く触れると過剰なくらいに反応する。そして、また嘘のように淡い愛撫を繰り返す。

 やがて、いてもたってもいられないくらいよく焦らされたら、ようやくご褒美の時間である。全身全霊で分身を抱きしめてくる左手に、主としての威厳を示す。そして、ひれ伏す左手に欲望を叩き込む。

 これでようやく男の二人の恋人たちは大人しく筋収縮を繰り返すだけの肉塊となる。

 哀れな二つの肉塊を前に、そろそろ二人の相手をするのは面倒になってきたなと贅沢な悩みに耽る。二人で遊ばせるにしても、右手のほうが素っ気ない。困ったシスターだ。これからどう躾けるべきか、男は思案し始めた。

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子猫たちとの戯れ 望月 湖白 @Mochiduki_Kohaku

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