第29話 悪役と後悔のない未来

 スレイン協会から出て数歩。

 道の脇で立ち止り二人に謝罪をしておく。


「悪かった。さっきのは問題になるかもしれない」


 頭を下げて誠心誠意のごめんなさい。

 サーリィもマルも我慢を貫いていた。

 なのに当事者でない悪党が最終的に睨みをきかせての殺意プレイ。

 しかも問題を起こすなとマルに言われた次の日の出来事だ。

 二、三発殴られたとしてもしょうがない。


 しかし待てども拳は飛んで来ず。

 顔を上げてみれば二人とも驚いたような表情で固まっていた。

 すかさず自分の頭をチェック。

 ウィッグがずれて面白いことになってるわけではないようだ。


「どうした? そんな面食らった顔をして」


「い、いやだってあのルインフェルトが、こんなことぐらいで頭を下げるなんて……」


 どうやら世に名を馳せる狂人が、頭を下げれる生物だとは思ってなかった様子。

 サーリィに目線をやっても同意ですとばかりに頭をコクコクと。


「俺だって悪いと思ったら頭ぐらい下げる。それに『こんなことでぐらいで』って言うが、大事なんだろお前にとってスレインとその評価が」


「そう、ね。大事よ。私は絶対にこのスレインをSランクまであげるんだから」


 ランクアップランクアップと口にしてるのは聞いてたが、Sランクを目指していると言うのは初めて聞いた。

 Sランクスレイン。

 やっぱりスレインのマスターとしては誰しもが憧れるものなんだろう。

 そしてそれを聞いたら余計に申し訳なくなる。

 行動自体に後悔はしてないけれど。

 

「……私はSランクになったら街を作りたいの。全ての種族に平等な、そんな街を」


 土下座して足でも舐めるべきかと考えていたら、マルが何かを言い出した。

 Sランクになったら街を作ると。

 ちょっと関連性がよくわからないな。

 Sランクスレインは土地が貰えたりするんだろうか。

 それともスレインは極めたから次は街づくり的な。

 伯爵令嬢だって言ってたし治めてる街だっていっぱいあるだろう。

 その一つをもらうのかもしれない。


 とりあえずわからない時はヨイショしておこう。

 マルの目も真剣だし。

 どういうことですか?とは聞きにくい。

 

「そりゃいいな。街が完成した時には俺とサーリィが住める場所もこっそり用意しておいてくれ」


 マルを持ち上げつつ、サーリィには一緒に住もうねとアプローチ。

 完璧な返しではなかろうか。

 できれば実家のような古城ではなく、普通の一軒家が望ましい。


「……笑わないのね」


「えっ?」


 でこ少女からの思わぬ言葉。

 もしかしてさっきのは冗談だったのだろうか。

 ウィットに富んだジョーク的な。

 Sランクと街関係ないやないかーい的な。

 それならもっと分かりやすく言って欲しい。

 真剣な感じだったからこっちもしっかり返しちゃったよ。


 彼女のジョークを潰してしまい、この空気をどうするべきか。

 そう考えていたらサーリィがマルの手をそっと握り笑顔を向ける。


「ルイン様はそういう人ですから」


 ちょっと待てサーリィどういう意味だ。

 俺が冗談のわからない人間だと言いたいのか。

 そして手を握られたマルは「ふんっ」といつものように鼻を鳴らすも、その頰にはわずかな紅が。

 上司の失敗を利用して急接近する技術。

 サーリィ、恐ろしい子。


「ま、まあSランクを目指してるって言っても境界の勇者のこともあるし、別にさっきのやり取り程度で何かが変わったりはしないわよ! もしあなたがアイツの言葉を止めてくれなかったら、今度こそ私が殴りかかってただろうし」


 俺が二人のことを凝視していたからか、目をそらしたまま矢継ぎ早に喋るマル。

 かと思えば急に勢いを無くし、言葉を探してもごもごと。

 

「だ、だから……その…………ありがと」


 精一杯溜めてからの小声でお礼申し上げ。

 恥ずかしくて顔をそらした時に見えた耳が真っ赤で、とっても結婚して欲しい。

 子供をいっぱい作って、庭では殺戮狂犬ギャラルドッグを飼う。

 そんな未来はいかがですか。


「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございますルイン様! 正直なところ、ルイン様があの女性を黙らせた時、スカッとしました」


 えへへっと笑うサーリィ。

 俺を利用してマルを落とそうとしたとは思えない純真な笑顔。

 思わず結婚してしまいそうになる。

 思わず幸せな家庭を築きそうになる。


「それならまあよかった、のか?」


「よかったのよ! だからもうこの話はおしまい! いいわね!」


 ビシッとこちらを指差して宣言するマル。

 その頰はまだ赤かったが、それを指摘するとややこしくなりそうなので大人しく頷いておく。


「問題は依頼をどうするか、か。協会からの支援は期待できそうにないが、依頼を破棄するってわけにもいかないんだろ?」


「そんなことしたらそれこそ評価に響くもの。それにこんな事態を知って無視するなんてできないし」


「街中で人が魔物になる、なんてことが続けば遠くない内にとんでもない被害が出そうですもんね……」


 魔物になる理由が分かってない今、どこで誰が変身するか全く予想ができない。

 俺達や衛兵がその対処に間に合ってる間はいいが、そういつまでも上手くはいかないだろう。


「ならとりあえず衛兵の詰所に行ってみるか。取り合ってくれるかはわからんが、実際に警備をしてるのは俺達と衛兵なんだ」


「それが良さそうね。魔物と対峙した時の事とか教えてくれればいいけど」


「まともな人間がいる事を願いましょう」


 というわけで二人の了承も得て、俺達は詰所へと向かった。

 場所は知らなかったので、道中で人に尋ねつつ。

 

 そして到着した詰所。

 結果的に話は聞いてもらえたが、目的としては半分ほどしか達成できなかった。

 というのも魔物と対峙した衛兵達がちょうど出払っており、欲しかった情報は何も得られずじまい。

 報告書なんかはあるらしいが、それを外部に見せるのは難しいとのこと。

 ただその当事者達が戻って来れば連絡をくれると言っていたので、全くの無駄足ではなかった。

 マルは事態を甘く見過ぎだと衛兵達にぷんぷんしていたが。


 その後宿に戻り、警備の時間まで各自休憩。

 時間になれば昨日と同じく手分けして徘徊を開始する。

 ただ昨日と違いサーリィとマルには一緒に行動するようにしてもらった。

 あの魔物の強さを考えると、一人では少し不安が残る。

 警備の効率としては落ちるかもしれないが、街の人間より二人の安全だ。


 二日連続当たりを引いたらどうしよう。

 なんてことも考えていたが、特に何もなく二日目の警備は終わった。

 サーリィとマルの方も異常はなし。


 迎える三日目。

 朝を少し過ぎたぐらいにサーリィから起こされ、幸せな気持ちで起床。

 多少身なりを整えてから皆で食事を摂る。

 とは言っても場所は変わらず宿で、その食堂を利用。

 寝起きということもあってサラダにパンにスープと軽めだ。

 

「今日はこの後どうしますか?」


「衛兵達からの連絡を待ちたいけど、いつ来るかわからないってのは困ったものね」


 魔物に対峙した当事者が戻ってきた際には、この宿まで使いをくれるとのことだった。

 そして街外での仕事に現在当たってるらしく、正確な帰還タイミングはわからないと。

 それを宿でずっと待ってるのは効率的とは言えない。


「うん、やっぱり街に出ましょ。私達が不在でも宿の人にお願いしておけば、後で使いが来た事を教えてもらえるだろうし」


「私が宿に残っててもいいですよ? 使いが来たらマルちゃんに借りてるスキル器具でお知らせします」


 二人が話し合ってるのを寝ぼけた頭でボケーっと聞く。

 もそもそとしたパンが口の中の水分を全て奪っていったので、あまり美味しくないスープを口に流し込んだ。


 その時ふと目に映るものが。

 例の幼女だ。

 昨日は出会わなかったので一日ぶりの目撃。

 相変わらず箒を装備しており、床をサッサッサと。

 身の丈ほどの木の棒を必死にふりふりしてるのが非常に愛らしい。

 最終的に集めたゴミは入り口の扉をあけて外にボッシュート。

 それでいいのかと少し心配になる。


「だーめ。詰所が騒がしくなってなかったってことはそこまで緊急性のある情報は聞けないだろうし、全員で出かけるわよ。明るい間じゃないとできないことだってあるし、ね?」


「マルちゃんとルイン様がそれでいいならいいですけど……」


 幼女は次に小さなハケを装備。

 そして受付横にあるディルア像をキャッチするとその清掃に取り掛かった。

 ああやって像も毎日綺麗にしてるんだろうか。

 ごめんよ叩き割っちゃって。

 それ実はお兄さんが新しく作ったやつなんだ。


「ルイン、聞いてる?」


「ルイン様?」


 ふんふんと鼻歌交じりに像を撫でる少女。

 ハケで埃を払う作業が終わり、現在は布で磨きにかかってる。

 偽造がバレなくて本当によかった。

 もし壊したのがバレて泣かれでもしたら罪悪感でどうなっていたか。

 教会にあるでっかい像をもぎ取ってここまで持ってきたかもしれない。

 まだこの街の教会には行ってないけど恐らく立派なのがあるだろう。


 そう言えばまだ幼女の名前を知らない。

 もう出会って三日目だというのに。

 今すぐ聞きに行こうか。

 いや待て、流石にここから歩いていって急に「お嬢ちゃん、お名前は?」と聞くのはリスクがでかい。

 彼我の距離は十メートル程。

 自然に話しかける距離ではない。


 なら幼女の名前は諦めて、今日は大人しく見守るだけにするべきか。

 いや昨日は会えなかったということは明日以降も会える保証はない。

 レア幼女なのだ。

 この機を逃せば一生の後悔になるやもしれぬ。

 

 よし、鑑定だ。

 レディの内情を盗み見るのは興奮、もとい気が引けるけれど。

 後悔のない未来のため。

 レッツ鑑定。


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シャシャ=ジュレイド 人族 状態異常:魔物化(8)


才能:(綺麗好き)


スキル:


魔法:


【追加鑑定結果】


状態異常:魔物化


鑑定結果:状態異常にかかったものを最終的に世の理から外す。


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 思わず立ち上がる。

 ガタンと椅子が大きな音を立てて倒れた。


「ルイン!?」


「ど、どうしたんですか!?」


 二人が突然の行動に驚くが、それどころではない。

 後悔しない未来どころか現在進行形でめっちゃ後悔だよ。

 どうしてこんな幼女にこんな状態異常が。

 そして『(8)』ってのはなんだ。

 8歳ですってことなのか。

 ばっちりストライクゾーン。


 色々と考えながら幼女の方を見ていると、頰のコケたお父さんが出てきた。

 彼も鑑定してみる。


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シャルグ=ジュレイド 人族 状態異常:魔物化(8)


才能:(綺麗好き)


スキル:


魔法:下級水魔法


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 まさかのお父さんも同い年。

 見た目は完全に四十代ぐらいなのに。

 老け顔極めてるってレベルじゃない。


 いやこれ絶対年齢じゃないな。

 考えられるのは状態異常の進行度か、レベルか。

 鑑定の説明不足がもどかしい。

 

 それにしても親子揃って魔物化持ちとは。

 遺伝なんだろうか。

 奥さんは見当たらないのでそこは確かめられない。

 代わりに周りにいる一般客や窓の外から見える通りすがりの人を鑑定してみる。


 結果は――


「か、勘弁してくれ……」


 まさかの全員アウト。

 魔物の街待った無し。

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