第28話 悪役の報告

 目の前の惨状を誤魔化すにはどうすればいいか。

 考えた結果、神像には触れず当初報告予定だった魔物について話す作戦にでた。

 人が魔物になるなんて信じられない的なスタンスだったし、それが実際に起きてると知ればその衝撃で今見たことなんて忘れるに違いない。


 というわけで彼女達が何かを言いだす前につらつらと報告をした。

 警備をしていたら不審な男がいたと。

 男は口から何かを吐き出しており、それが魔物になったと。

 そしてその魔物は人工魔物と言う名前で人の手によって作られた可能性が高いと。

 回収した奇石を出して証拠とすることも忘れない。


 最初はちらちらと神像のことを気にしていた二人も、気づけば話に夢中。

 作戦は大成功を納めたようだ。


「確かにこれは奇石みたいだけど……ちょっと色々信じられないわ」


 頭を抱えて髪をぶんぶんと振るマル。

 サーリィもその横で何か難しそうな顔をしている。

 それに合わせて俺も深刻そうな顔をしておく。

 足では神像のかけらを隠すべくツンツンと。


「人が魔物を作り出すなんてことが本当に……?」


「あの男が作り出したってことなのか、あの男を魔物とするべく何かをした奴がいるのかはわからんが、人工魔物って名前だったのは間違いない」


「そもそもよ! そのあなたのステータスを確認するって言うスキル、それって神の審判があなた個人で使えるってこと!?」


「そういうことになるな」


「しーんじーらーれないいい!」


 薄い赤色の髪を掻きむしって叫ぶマル。

 可愛らしいおでこを見せるべく留めてあるヘアピンが今にも外れそうだ。

 本当は審判とやらよりも多くのステータスが確認できるのだが、今彼女に教える必要もない。


「ルイン様の言ってることは本当ですよ。私やミアもルイン様にステータスを確認してもらいましたから!」


 サーリィが控え目の胸を叩いて主張する。

 全くもって揺れを見せない穏やかな胸板

 それが彼女のチャームポイント。


「なら私のステータスを今ここで見て言ってみせて。そしたら私も信じるわ」


 どうぞ、とばかりに両手を広げてこちらを見るでこっぱち少女。

 ふんっと顔を横に背けている様子は見ようによってはハグ待ち体勢。

 このまま一旦抱き着くという選択肢もありではなかろうか。

 そしてそのまま耳元でステータスを大発表。

 

「早くしなさいよ!」


「わかったわかった」


 少し苛立ったマルの声を受けて現実へと立ち帰る。

 今は彼女に変質者と疑われている身。

 突然抱きついてはあらぬ誤解を招くかもしれない。

 普通に大発表することにしよう。


「お前のステータスは――」


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マルデリカ=シーネス=フォティベルグ 人族


才能:{魔法器用}(魔力器用)


スキル:{詠唱短縮、詠唱保存}


魔法:{上級火魔法、上級風魔法、下級水魔法、下級土魔法}


【追加鑑定結果】


スキル:詠唱短縮


鑑定結果:短縮した詠唱で完全詠唱と同じ結果を得られる。


スキル:詠唱保存


鑑定結果:詠唱が完了した魔法を発動せずに保存しておける。保存している間は魔力の最大値がその分減少する。


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 マルのステータスは城にさらってきた段階で確認済み。

 初めて見たときの印象としては、魔法特化。

 今ある才能も未開花の才能も魔法を優位に使うためのものっぽい。

 魔法器用に関しては、いつぞやに宿の飯屋で絡んできた男が持っていたものと同じだ。

 全体的に見て弱くはないけれど、強くもないと言うのが今のところの評価。


 俺は未開花の才能を除き、彼女のステータス項目を全て読み上げた。

 数秒の沈黙があって、マルが口を開く。

 

「……特に間違ってるところもないわね。わかった、あなたがステータスを確認できるって言うのは信じる」


「そりゃ良かった」


「はぁ、全然良くないわよ。できれば人工魔物なんてのは嘘であって欲しかったもの」


 マルが下を向いてため息を吐く。

 あんまり地面は見ないでほしい。

 ちょっと色々散らかってるもんで。


「とりあえず明日また協会に行って報告だな。人が実際に魔物になったことも、人工魔物って言う名前も、俺達だけじゃ手に余る」


「そうね。信じてくれればいいけど」


「信じないならそん時はそん時だ。サーリィもそれでいいか?」


「は、はい!」


 彼女の返事をもって全員承認となった。

 気づけば夜も明けそうな時間。

 そろそろ初日の仕事は終了でいいだろう。

 これから色々大変かもしれないが、みんなで一丸になって頑張ろうな。


「それで、この神像はどういうつもり?」


 あれ、おかしいな解散の流れだったはずなのに。

 気づけば俺を責める流れに。

 衝撃的な報告をすれば忘れるって言ってたのは誰だよ。

 俺だよ。


 こうなったらなんとか弁明するしかない。

 幸いにも自分で作った神像がある。

 これを本物と偽ろう。


「ち、違う。あの店にあった神像は壊してない。ほらここにあるだろ」


「じゃあこのバラバラになってるやつはなに?」


「それは俺がこれを真似て自分で作ったやつだ」


「人の大切なものを真似て作って地面に叩きつけるとか、どれだけ性格ひねくれてるのよ。サーリィもそう思うでしょ?」


「わ、私は、その、えーっと……本物を壊さずに自分で作ったもので我慢したルイン様はお優しいと思います!」


 なんとかフォローできたとばかりに、「ふぅ」と息を吐くサーリィ。

 残念ながら全くもって擁護になってはいない。

 だってそれだと俺がなんとか破壊衝動を抑えたみたくなってるもの。


「それ、フォローになってないと思うけど……」


「えっ?」


 そんな馬鹿なと目を見開く角ガール。

 彼女のポンコツさに毒気を抜かれたのかマルは一つ溜息をつき、それ以上の追求はしてこなかった。

 結果オーライとはこのことか。

 ここは素直に感謝しておくべきだろう。

 ありがとうサーリィ、ありがとうちっぱい。


 俺が作ったディルア像は宿のテーブルの上に返しておいた。

 見た目にほとんど差異はないし、バレないと信じたい。

 また明日の夜にでも自分の分は作ろう。

 幸い、素材になる石はボックスにいっぱい入ってるし。

 



■  ◆  ■




 翌日、朝と言うには少し遅めの時間に俺達はスレイン協会へやってきた。

 夜勤だったのだから、多少の遅めの出勤だとしても文句を言われる筋合いはない。

 昨日同様、マルを筆頭として受付カウンターへと向かう。

 そして前回と同じように連れられて別室へ。

 残念ながらお世話になった金髪レディはおらず、今日は違う受付嬢が担当。

 黒髪で眼鏡を掛けた切れ目のお姉さん。

 仕事ができるオーラーを全身から醸し出している。


 そんな彼女に対してマルが昨日の出来事を報告していく。

 受付嬢から返される言葉は多少の相槌のみで、ほとんどマルが喋り続けていた。

 そして最後まで説明が終わると黒髪受付嬢はこちらの顔も見ずに一言。


「報告お疲れ様です。引き続き警備をお願いします」


 そしてこれで話は終わりだと、立ち上がった。


「えっ?」

 

 俺達の報告は決して軽いものではない。

 マルの説明が分かり難かったと言うこともない。

 なのにこの対応はちょっとおかしいのではなかろうか。

 そう思ったのは説明していたマル自身も同じようで、先程よりも少し大きな声で黒髪受付嬢に問いかける。


「ちょ、ちょっと、今の説明を聞いてたったそれだけ……? 何かもっと言うことがあるでしょ。スレイン協会としては今後どう対応するつもりだとか、今すぐ警備に回ってる衛兵達にも情報を提供しにいくとか!」


 マルの強めの口調に対して、受付嬢はあくまで冷静に声を返した。


「余りにも突拍子もないお話でしたので。人が魔物に? 人工魔物? まるでお伽話ですね」


「なっ!? 人が魔物になるって噂を教えてくれたのはあなた達でしょ!?」


「依頼書にも、こちらにある資料にも、そんなことは書かれてませんね。何か聞き間違いでもされたのでは?」


「そんなわけッ! 昨日私達を担当した人を出しなさいよ!」


「残念ながら不在ですね。だからこうして私が代わりに担当をしてるんです」


「じゃあここの協会長を呼んで! あなたみたいな下っ端じゃ話にならないわ!」


「協会長も不在です」


 なんというかキナ臭い感じになってきた。

 人工魔物に関しては俺のスキルを明かせないため、少し曖昧な報告になったのは否めない。

 けれど人が魔物になったという話は、マルも言った通りここで聞いたものだ。

 それを知らないと言い、担当してた受付嬢も協会長も不在。

 マルがおでこにシワを寄せてぷんすか言うのも無理はない。


「他に話も無いようであればお引き取りください。ああ、衛兵の方々に同じようなお話をされるのは自由ですが、あまり可笑しな事を言って混乱させないで下さいね。まあ恐らく信じてはくれないと思いますが。ねえ『赤白き解放者』のマスターさん?」


「このッ!!」


 マルが黒髪受付嬢の襟元を掴み上げる。

 今にもそのまま殴りかかる勢い。

 もう少し襟を引っ張れば下着が見えそうだ。

 いいぞマル!


 とか言ってる場合じゃない。

 流石に止めよう。


「落ち着けマル。そのまま殴ったらアウトだぞ」


 何がアウトかまでは言わなくてもわかるだろう。

 彼女はスレインのランクを普段あれだけ気にしてるんだから。

 

「ッ! わかってる、わよ!」


 マルは受付嬢の胸ぐらを乱暴に解放し、数歩下がった。

 それに対し受付嬢は露骨な舌打ちを返す。

 どうやら狙って煽ってたようだ。

 わかってると言ったマルの肩がピクリと震える。

 そんな彼女をサーリィが後ろから優しく抱きしめた。


「マルちゃん、もう行きましょう。こんな人に何を言っても無駄です」


 サーリィの言葉を受けても尚、マルの食い縛る歯はギギギと音を立てていた。

 ならばとぎゅっと強く抱きしめる角っ娘。

 それに観念したのか、マルの怒らせていた肩が徐々に下がっていく。


「……そうね」


 掠れるような小さな声。

 怒りをなんとか我慢しているのがわかる。

 彼女は今までこういった経験を何度もしてきたのかもしれない。

 仲間を失いつつ。


 それにしても勇者に目をつけられたというだけで、ここまで侮られるものなのか。

 異世界歴の浅い俺にはちょっと理解できない。


 ひとまず今はサーリィの言った通り立ち去るとしよう。

 後ろの扉を開けて二人が先に出るよう促す。

 サーリィは俺に対して小さく頭を下げ、マルを背中から押すようにして部屋の外へ。

 すると襟元を正した受付嬢が、最後の土産とばかりに口を開く。


「人が寄ってこないからって、他種族の奴隷をお友達にするとは考えましたね」


「――ッ!」


「マルちゃん! 聞かなくていいんです、行きましょう」


 振り返ろうとするマルをサーリィがなんとか押しとどめる。

 もしここで手を離せば今度こそマルは受付嬢を殴り飛ばすだろう。

 そんな二人をニヤニヤと笑いながら見つめ、黒髪眼鏡は歪んだ口元を動かす。


「私はいいと思いますよ。お似合いです。世間に認められない下等せいぶ――」


 ちょっと流石にそこまで言われると。

 俺だって黙ってはいられない。

 

「――その先を口にしてみろ殺すぞ」


「ひッ……ァ……ッ!!」


 久々の殺意ビンビンアタック。

 受付嬢は喉を押さえて苦しそうにしてらっしゃる。

 いくらナイスバディでも、言っていいことと悪いことがあると知って欲しい。

 鑑定を発動して名前を確認。

 キャラン=ドーアという名を心の中でメモった。


「二人とも行こう」


 受付嬢から視線を切ってサーリィとマルの方へ振り向く。

 すると息ができるようになったのか、後ろから荒い呼吸音が。

 俺たちが部屋を出て扉を閉めた後、中から何やら声が聞こえたが内容までは聞き取れなかった。

 

 結果としてこれは俺が手を出したことになるんだろうか。

 いや、手は出してない。

 ちょっと睨んだだけなんだ。

 殴ろうとしてたマルに比べれば可愛いもの。

 ただし顔はヤクの売人黒髪ver。


 …………。


 一応マルとサーリィには謝っとこう。

 

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