第13話 悪役と根城
なんとかツノを折らないようお願いして、やっとわかってもらえた。
サーリィは震えているがいつものことだから気にしないでほしい。
ふと部屋に一つ備え付けられている窓を見ると、いつの間にか日が沈みかけていた。
もう今日が終わるのか。
街に侵入したのが大分前に思える。
あれは今日のお昼前ぐらいだったか。
そういえば今日は朝に果物を食べて以来何も食べてない。
腹が減ったな。
気づいてしまえばかなりの空腹感だ。
せっかく下に食堂があるんだし利用させてもらうとしよう。
「腹が減ったし飯にするか」
「は、はい」
「お前の右腕は美味そうだな」
「ひぃぃっ、やっぱりぃ」
悪ふざけで言ったら仕返しを食らった。
やっぱりってなんだやっぱりって。
いくらルインフェルト先輩だってカニバリズムに目覚めていたりはしない……はず。
なんか人型の魔物の頭とかアイテムボックスに入ってたけど、きっと怪しい実験に使うだけでおやつとかではないと思う。
けど、戦場で死肉を漁る姿を想像したら驚くほど似合っていた。
ルインフェルト先輩、お口にケチャップ付いてますよ。
あほなことを考えているうちにサーリィの準備が整っていた。
右腕の服を捲り上げ、白い肌を露出させている。
拳を震えるほど握りしめて、こちらへと突き出す。
せめて自分の右腕が消える姿を見ないようにとか、目は固く閉じられ顔は背けられていた。
とりあえず嚙っとくか。
かぷり。
「ひぅっ!」
甘噛みがこそばゆいのか、彼女は可愛らしい悲鳴をあげた。
味は汗をかいていたからか少ししょっぱいような。
だがそれ以上に腕が震える震える。
口の中にケータイ電話を放り込んでいるみたいだ。
顎がおかしくなる前にやめておこう。
彼女の二の腕から口を離した。
「馬鹿なことやってないで、下に行くぞ」
「うぇ?」
うえではなく下だ。
馬鹿なことを始めたのはどう考えても俺からなのだが、サーリィからツッコミが飛んでくることはなかった。
捲り上げた袖を直してあげてから立ち上がる。
彼女はまだよく現状がわかってないみたいなので、引きずって連れていくことにした。
「……あぁそうか、そのままでは食べれないから食堂で味付けするんですね」
違うから。
卑屈な笑顔を浮かべて自分の右腕を見つめるな。
流石に階段を引きずって落とすわけにもいかないので、その手前で立たせる。
そして食堂へと向かった。
先ほど入ってきたときとは違い、一階には活気があった。
今がちょうど夕飯時だからだろう。
受付の横がそのまま食堂となっている。
「飯を食いに来たんだが」
「おお、先ほどの。自由に空いてる席へ座っちゃってください」
バーコードのおっさんは変わらない笑顔でそう言った。
なんというか安心する顔だな。
優しさが詰まってる。
俺も少しは見習ってほしいものだ。
さて、空いている席。
なるべく隅っこのところがいいな。
真ん中のあたりだと人通りが多くて鬱陶しそうだ。
ちょうど二人席の机が空いている。
あそこにしよう。
丸い机の前に置かれている椅子を一つ引いて座る。
それにつられてサーリィは俺の横の地べたに正座した。
なんでだよ。
お前は意地でも椅子に座らない娘なのか。
「椅子ならもう一つあるだろうが。そっちに座れ」
「え。で、ですが奴隷が主人と同じ席で食事するなんてできません」
なるほど、この世界において奴隷が主人と同じ卓を囲むのはおかしいことなのか。
まあ確かに召使いとその雇い主だと考えればわからないこともない。
でも自分は椅子に座って机でご飯を食べてるのに、横で少女が正座して地面に食べ物を置いているというのはなんというかひどく興奮する、じゃなくてひどくやりづらい。
今後もしかしたらこちらから地面で食べてもらうようにお願いする機会があるかもしれないが、少なくとも今ではない。
今は仲良く向かい合ってお話をしたい気分なのだ。
というわけでサーリィには椅子に座ってもらおう。
法的なルールがあるわけでもないだろうし、お願いすれば大丈夫だろう。
「いいから椅子に座れ」
「わかり、ました」
渋々といった感じでサーリィは椅子に座る。
手を膝の上で揃えて俯き、居心地が悪そうにしていた。
さらにチラチラと周囲をうかがっている。
なんだ好きな子でもいたんだろうか。
お父さん許しませんよ。
そのまま少し待っていると店員らしき人がやってきた。
今度は温和そうなおばさんだ。
バーコードの奥さんだろうか。
なんとなくそんな気がする。
「はい、これがメニューだよ。おや、珍しいことをするね」
渡してきたメニューとやらを受け取る。
一体何が珍しいんだ。
奴隷を椅子に座らせてることか?
それともフードをかぶって飯を食べることか?
それのどこが珍しいと言うんだ。
珍しいな。
まあいい、メニューを見る。
何が書いてあるかわからん。
サーリィに適当に頼ませてもいいが、恐らく挙動不審になるだけだろう。
「ここのオススメを適当に二つもらえるか?」
メニューをリターンする。
「おや、メニューは見なくていいのかい?」
「どうせ食べるなら店の自慢を食べてみたいだろう?」
「あっはっは! 見た目の割にまともなことを言うじゃない」
「うるせえ、ぶっとばすぞ」
「へ?」
おっといけない本音が出た。
一言余計なのだ。
俺だって好きでこんな格好をしているわけじゃない。
「とりあえずオススメを二つ頼んだ」
「あいよ!」
元気よく返事して奥さんはメニューを持って離れていった。
『幻聴かしら……?』と首を傾げていたがなんのことだろう。
年を重ねるといろんなところに不具合が出るのかもしれない。
「そういえば、お前は文字の読み書きはできるか?」
「は、はい。専門的な言葉とかでなければ……」
「俺は読みも書きもできない。文字を読んだり書いたりする機会があればお前がやってくれ」
自分の無知をさらすのは恥ずかしいが、この歳になってしまうとすぐに読み書きを覚えるのは難しいだろう。
これからのことも考えて伝えておかなければならなかった。
サーリィは不思議そうな顔をしていたが、特に断ることはしない。
さて、料理が来るまでしばらくかかるだろうし歓談でもしてようか。
「今までずっと俺が聞いてばっかりだったが、お前は俺に聞いておきたいこととかないか?」
たくさん質問に答えてもらったし、俺も何でも答えようじゃないか。
好きなタイプでも性癖でもぐっとくる異性のしぐさでも。
何を聞いてもいいんだよ。
「そんな、私が質問することなど……」
「飯が来るまでの暇つぶしだから無いってのは無しだ」
逃げ道は塞いでおく。
これで彼女は何か聞くしかなくなっただろう。
サーリィの焦る顔が目に浮かぶぜ。
というか今まさに目の前で焦ってるのが見えてる。
少し、というには長い時間彼女は考えてから口を開いた。
「こ、この街にはどのようなご用事でいらっしゃったのですか?」
思っていたような質問とは違うな。
もっと踏み込んだことを聞いてくれていいんだが。
「特に用事はない。たまたま寄っただけだ」
人が恋しくて、などと答えられるわけも無いので適当に流しておく。
まあ嘘では無いよな。
たまたま見つけたのがウェルルックだっただけで他の街でも良かったわけだし。
「そうなんですね。てっきり……」
てっきりなんだ。
『てっきり私を迎えに来てくれたのかと』とかだよな?
『てっきり街を破壊しに来たのかと』とかじゃないよな?
こいつルインフェルトのことを怖がってるくせして失礼が過ぎないか。
前ルインフェルトだったら十回は死んでるぞきっと。
「一天通りの先にある不可侵の森から来られたのですよね?」
不可侵の森って俺が通ってきた森の名前か?
一天通りの先って言ってるし多分そうだろう。
変わった名前だ。
中にいる生物や植物を殺してはいけませんよ、とか決まりがあるんだろうか。
ごめんなさい、めっちゃ吹っ飛ばしたし伐採しました。
「ああ、そうだな。でも何でそっちから俺が来たってわかったんだ?」
ろくに話もしていないはずなのに。
エスパーだろうか。
相手の出身地を当てる的な。
飲み会で盛り上がりそうだ。
「えっ、ルインフェルト様の住まれてるラークアーゲン城は不可侵の森にありますよね?」
「えっ」
「えっ?」
素で反応してしまった。
サーリィが首を傾げている。
可愛い。
ってそうじゃないな。
ルインフェルトの寝城がそんな近くにあったのか?
でもここに来る途中でそんな城なんて見なか――
『途中で遠くに古城のようなものが見えた。なんだかヤバそうな感じがするから近づこうとは思わないが』
あれか。
あれだな。
アレがルインフェルトのお家だなんて思うわけがないじゃないか。
確かにちょっと趣味が悪そうな城だったけれども。
あんな目立つところに悪役の城があるとは考えるはずが無い。
せめて遠くからでもわかる大きなネームプレートを付けておいて欲しかった。
ここまで必死になってきたというのに、その途中にゴールがあったとは。
まあウェルルックに来たおかげでサーリィに会えたからいいんだが。
今かっこいいこと言ったな。
サーリィになんとかして届かないだろうか。
届けこの思い。
「そうだったな。少ししたら一度城に戻るからそう思っててくれ」
「ぇ……わかり、ました」
なぜかこの世の終わりみたいな顔をされた。
俺に自宅へ招かれるのがそんなに嫌か。
別に変なことなんてしないのに。
ちょっとやらしいことするだけだよ。
「はいお待ち! これがうちのオススメメニュー。若鶏の香草包み焼きだよ。パンには汁を染み込ませて召し上がれ!」
運ばれてきたのはメロンパンほどの大きさをしたパンが二つと、鳥肉の入った赤い色のスープ。
この赤いスープはミネストローネみたいなもんだろうか、野菜がゴロゴロと入っている。
そして真ん中に存在感をあらわしている鳥肉は緑の葉っぱに包まれており、彩りが鮮やかだった。
どうやら二人分を一皿にまとめたようで、結構な量が入っている。
なぜ全てを俺の前に置くんだ。
軽い大食い選手権みたいになってるだろ。
俺はパンを一つとってサーリィに手渡した。
「ほれ」
「い、いただけるのですかっ!?」
目が落ちるのではないかとぐらいに見開いて驚くサーリィ。
俺はそんなに食いしん坊に見えるだろうか。
別にこの体も前の体も太ってたってことはないんだが。
「こんなに食えるわけがないだろ。半分はお前の分だ」
「も、もしかして太らせてから右腕を……」
「食べないから食べろ」
「ひぃ、ありがとうございますっ!」
怯えながら礼を言われてもな。
パンを受け取りはしたが食べずにこちらの様子を伺っている。
ああ、俺が食べないと食べれないとかそういうやつか。
この世界ではそういうことにうるさそうだしな。
このまま焦らしプレイを続けてもいいのだが、俺もお腹が空いている。
パンを千切り、スープにつけて口に放り込んだ。
柔らかくなったパンを噛むたびに鳥肉と野菜の旨味が詰まったスープが溢れ出してきて、美味しい。
俺が食べ始めたのを見てサーリィもパンにかじりついた。
そのままかじっても硬いだろうに。
まさか潔癖性とかじゃないよな。
「スープをつけたほうが美味いぞ。俺が手につけたものを食べたく無いとかってなら別だが」
「そ、そんなことは断じてありません! い、いただきます……!」
恐る恐るといった具合にパンをスープに付けて食べた。
あ、頰が緩んでる。
どうやらお口にあったようだ。
そこからは会話もそこそこに料理を食べ続けた。
なんやかんやサーリィもお腹が空いていたようだ。
定期的に言わないと遠慮するので、スープをつけるように言ってやる。
ついでに鳥肉も切って口に突っ込んでやった。
初あーんだな。
『あーん』とはいってないけど。
『ごほっ、げほげほっごふっ』って言ってたけど。
突っ込みすぎたかもしれない。
そんな風に和気藹々と食事をしていると急に隣の席の人たちが大きな声を上げた。
気づけばいつの間にか店内は満員だ。
「やっと主役の登場か!」
「グリムグリズリーを倒した時の話を聞かせてくれよ!」
どうやらお仲間が合流したらしい。
入り口の方に向かって手を振っている。
そちらへと目を向ければがたいのいい男が立っていた。
仲間の声につられてか、その男は隣の席へと歩いて行く。
「お前ら、俺をおいて先におっぱじめやがって」
「いいじゃねえか! 主役は遅れて登場するもんだろ?」
「ちがいねぇ!」
「まったく人の金だってのに……」
お隣さんは男四人組の席だ。
むさ苦しいことこの上無い。
その点うちのテーブルを見て欲しい。
可愛い可愛いサーリィがパンを頬張っている。
勝ち誇った気分だ。
「って、俺の席は?」
「そんなもんどっか空いてるところからもらってこいよ!」
「お前ら本当にぶっとばしてやろうか……」
がははははと品の無い笑いが飛び交う。
どうやら主役くんの席がなかったようだ。
かわいそうに、主役とは名ばかりだな。
男は仕方なくあたりを見回すがすでに店内は満席。
空いている椅子一つなかった。
「おい、椅子もうねえじゃねえか! お前ら誰か俺と交代しろよ!」
「嫌だね!」
「右に同じく!」
「右に同じく!」
「右に同じく!」
「ふざけ……」
残念ながら主役くんが相手してる四人はすでに出来上がってる。
湧き上がる怒りを抑えるようにぷるぷると拳を握りしめていた。
そして必死に空席がないかあたりを見回している。
しかしやはり見つからないのかため息をはいて肩を落とした。
その時ずっと見ていた俺と目が合う。
いや、フードを被ってるから合った気がしただけか。
男もすぐに違うところを見ていた。
と思ったらこちらへと近づいてくる。
ガン見してたのがまずかっただろうか。
別にそこまで興味があったわけでもないし、うるさかったから見てただけなんだが。
まあ何か言ってきたら適当に追い返そう。
そう思っていたのだが、男は予想もしない行動に出た。
「なんだ椅子あるじゃねえか。おら、どけ!」
「きゃっ!」
サーリィが座っていた椅子に手を伸ばしたかと思ったら、そればかりか座っている彼女を蹴飛ばしたのだ。
そのままサーリィは地面に倒れこむ。
持っていたパンが投げ出されて地面に落ちた。
「なんとか椅子あったぞ。さあ俺の武勇伝を聞かせてやろう!」
は?
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