第12話 悪役の噂

 この世界のことについて思いついたことは聞いたと思う。

 まだまだこれから先疑問が出てくるだろうが、その度に尋ねればいいだろう。

 次はルインフェルトや勇者についての質問だ。


「お前は俺のこと、ルインフェルトについてどこまで知っていた?」


「え、えっと……」


「正直に答えろよ?」


「はいぃ! お噂ぐらいはっ」


「噂ってことは顔は知らなかったんだな?」


「無知で申し訳ありません……ですが殺さ――」


「殺さないから」


 先回りして否定しておいた。

 俺は触れるもの全て気に入らない子供か。

 そんなすぐに切れたりはしない。

 

 彼女の言葉を信じるなら顔までは知られていなかったようだ。

 つまり皆が皆、奴隷売りや最初にあった紫髪の少女のように顔だけでわかるってわけでもないのか?

 それならまだ随分と楽になる。

 そもそも印刷の技術もなさそうなこの世界で顔知られすぎだろルインフェルト。

 ちなみに今は室内なのでフードはとってある。


「その噂の内容ってのはどんなのだ?」


「そそそそそんな、とてもルインフェルト様のお耳に入れれるようなものではっ」


 隣のクラスの子のリコーダーをなめてたとか、体操着を盗んで匂いを嗅いでいたとかだろうか。

 それでここまで有名になってたらある意味尊敬する。


「いいから答えろ」


「ですが……」


「答えろ」


「答えたら殺される答えなくても殺される答えたら殺される答えなくても殺される……」


 だからぶつぶつ言ってるの全部聞こえてるって。

 まばたきを一切せずに枕を凝視するのは怖いのでやめて欲しい。


「答えても殺さないし手も出さないから早く答えろ」


 俺がそう言うと枕から視線を外してちらっとこちらに視線を向けた。

 安心させるようにイケメンスマイルをお見舞いする。


「ぜ……絶対嘘だぁ、殺される……」


 おかしいな、不発か?

 爽やかさを意識したはずなのに。

 なぜか彼女の怯えを促進させるだけだった。

 こうなったら拉致があかないので少し強引にお願いする。


「いいから、答えろ」


 先ほどよりも声から感情を消してみた。

 サーリィには俺が怒ってるように聞こえただろう。

 彼女は全身から汗を吹き出してあうあう言っている。


「わ、わかりましたっ。私が知っているものでよければ是非にぃ!」


 わかってくれたようだ。

 それで構わないと一つ頷く。

 すると恐る恐る口を開いた。


「ルインフェルト様は人族の中で最も恐ろしいとされている方だとお聞きしています。人を見れば殺し、女を見れば犯し、物を見れば壊すと」


「…………」


 初っ端からやばかった。

 どうやらルインフェルト先輩はまさしく俺がさっき思った通り、触れるもの全てが気に入らない人だったようだ。

 きっと中高のあだ名は切れるナイフだろう。

 ぶいぶい言わせてたに違いない。


「続けろ」


「はい……。壊滅させた村や街は数え切れぬほど、小さな悪事から大きな悪事まで元をたどれば全てルインフェルト様が絡んでいるとまで言われています。も、もももちろん私はそんなことは思っていません!」


 おいおい勤勉すぎるだろう。

 どんだけ悪いことをしまくってたんだ。

 そりゃあ勇者に殺されても文句はいえない。

 なんだか俺の中のイメージではただの戦闘狂だったのだが、実際は違ったようだ。

 まさしく大悪党である。


「恐ろしいのはその類まれなる戦闘能力だけでなく、知略にも長けている点と言っている人もいます。幾つもの街を手下を使って同時に襲われたんですよね?」


 『ですよね?』とか聞かれても困る。

 知らないよどうなんだルインフェルト先輩。

 やったのか、やっちゃったのか?

 でもルインフェルトに手下がいるとは思えないんだが。

 孤高の才能を得るぐらいのぼっち力だぞ。

 まああくまで噂だから事実以外も混ざっているんだろう。


「いいから、他にはないのか?」


「ええと……あと、その噂は人族の間だけでなく、魔族、獣族、長耳族の元へも届くほど広まっています。他種族の間ではまだ知らないものの方が多いとは思いますが」


 なるほど、人族の中では超有名人でも他ではそこそこなのか。

 これは他種族の暮らしてる地へ移住することも考えないとな。

 そっちでなら穏やかに生きていけるかもしれない。


「私が知っているのはこれぐらいですが……」


「そうか、じゃあ次は勇者について知ってることを教えてくれ」


 また殺されるとか言い出すまえに次の質問へ行ってしまおう。

 答えている時だけは流暢にしているしな。

 ときどき思い出したように取り乱すけど。


「勇者についてですね。勇者は人族の魔法によって召喚される異世界の存在で強力な力を持っている存在です」


「召喚ってのはどこで行われるんだ?」


「人族の全ての国でです」


「ってことは今も召喚されている勇者がいるかもしれないってことか」


「いえ、勇者召喚は三年に一度だけ同時に行うと決まってるみたいですので、今は恐らく行われていないと思います。……ぁぁぁああ否定してすみませんでした申し訳ありませんん! ツノを、ツノを一本折るので許してくださいぃ」


 そう言って二本ある青いツノに彼女は手をかけた。

 一本折って俺の頭にぶっさせばお揃いだね。

 なんて言ってる場合ではない。

 止めなくては。


「それで! 結局勇者ってのは何をするために召喚されるんだ?」


 サーリィの意識がツノから逸れるように少し大きめの声を出す。

 それに驚いてびくりとしたが、ツノからは手を離した。


「ゆ、勇者は戦力のためです。人族の国同士の牽制に用いられるのもありますが、主には他種族と戦う為の兵器みたいなものでしょうか。人族は嫌われてますから」


 勇者は戦争兵器か。

 普通に召喚された奴らも苦労しそうだな。

 俺ほどではないだろうが。


 さて、聞きたいことはとりあえず全て聞いた。

 ちょっとサーリィをからかって遊んでみるか。


「人族は嫌われてる、つまり魔族のお前に俺は嫌われているというわけか」


「まささささかそんなわけありません! 私はルインフェルト様にお仕えできて幸せです」


「ならお前は嘘をついたのか? 人族は他種族に嫌われてるって言っただろう」


「そ、それはあくまで全体的な話でありまして、個人とか個別なお話しになってくるとまた話は別というか例外も存在する場合があると言いますか」


「例外の話なんてしてなかったよな? 俺が聞かなければそのまま騙すつもりだったんだろ?」


 自分でもめちゃくちゃを言っているのはわかっているが、言葉ひとつひとつにサーリィが反応するから楽しくてしょうがない。

 彼女はこのままでは殺されると思っているのか、涙と汗をこれでもかというぐらい流しながら言葉を紡いでいた。


「あ、あのあのその。そういうわけではなくてですね。私がそこまで思い至らなかっただけで、けっしてルインフェルト様を騙すだとかそんな大それたことを考えていたわけではなく」


「あぁ? 結局何が言いたいんだ」


 わざとらしく不機嫌そうにしてみる。

 さて、どう反応するかな。


「えっと、そのあのですね、つ」


「つ?」


 三重県の県庁所在地がどうかしたんだろうか。 


「つ」


「つ?」


「ツノ折りますからあぁぁぁああ」


 またもや青いツノに手をかけたので急いで止めた。

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