第27話

 壁に向かって驚きと熱さに顔を宙に向け悲痛の叫びを上げる。がしかし足は止まらない。一直線に市走る。その勢いは怒りによるものかかなり速度を増していた。壁がタカシの寸前まで迫る。




(マズッいッ!)




 つかまっていた角から横に思いっきり飛ぶ。とんだ瞬間市壁が砕け散る。




ドガァァァァアアアンッ!




 土煙が舞う。そして煙の中から一角の獣が咆哮と共に街に出現した。悲鳴が飛び交う。




「いたたた……うわッ、マジかよ」




 大きく開いた市壁からベヒ美の後を追う。ベヒ美は一直線に光の方角を目指していた。


そう、この街で今一番多くの人間が固まっているであろう市門の方角へ。




「くそッ!」




 痛みに軋む体を何とか動かし、自身の今出せる全力でベヒ美を追う。




「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおッ!!」




 雄叫びを上げながら自身を精一杯鼓舞し全力で駆ける。しかし無論タカシの全力の疾走では十メートルを超す巨躯とスピードを持ったベヒ美には追い付けない。だからタカシは追いつくことを諦めることにした。でもベヒ美の街への進行を止めることを諦めたのではない。仲間に託したのだ。タカシのこの異世界で最も信用する仲間たちに。






 タカシが全力でベヒ美を追っている一方市門には更に避難民が押し寄せ、ごった返していた。そして先程ベヒ美が壁を突破したことでいよいよ怪物の街への進行が現実のものになってしまった事で門番達も市門を開けざる負えなくなっていた。


 しかし市門を開けた途端封健領土に住む住民達が一気に押し寄せてきたため、出ようとしいている者と入ろうとしている者とがぶつかり実質立ち往生してしまうという状況が出来てしまった。しかしそんな中でもまだ街を守護しようと諦めていない連中がいた。イノシシの仮面をかぶり、毛皮を羽織る蛮族の様な恰好をした集団。そうチームうりぼうズである。エレノアが先頭に立ち、ベヒ美を待ち構える。




「たくッ……かっこつけて出てった割には市壁突破されちゃったじゃないの。でも街をモンスターから守るのは銀等級冒険者だけじゃないってことを街の皆にも教えてあげよう。行くぞお前たちッ!」




「「「おうッ!!」」」




そしてうりぼうズの掛け声と共に岩の様な巨躯が姿を現す。その姿に避難を求める者達の多数の悲鳴が上がる。




「お前らいくぞッ!!!」




 エレノアの掛け声と共に一斉にベヒ美に向かって特攻する。一人は槍を、一人は片手剣を、一人は身の丈にも及ぶ大剣を、一人は後方で弓を放ち、一人は杖で陣を展開し魔法を放つ。




「オークなめんなッ!!」




 エレノアのが高く飛び上がる。そして空中で槍を構える。そして思い切りベヒ美目掛け振りかぶる。




「おッらぁああああああああああッ!!」




 一投はベヒ美の顔面に直撃するも皮膚を貫通するには至らず弾ける。がエレノアの狙いは皮膚を貫く事ではなかった。突如弾けた槍がベヒ美の眼前で爆発する。エレノアに続き二投、三投。どれもすべてベヒ美の顔面に辺り起爆する。




「ガァァァァァァァァァァアァァァッ!!」




 眼前での爆破に視界を失い思わず悲痛に声を上げる。この起爆は槍の先端に〝起爆石〟を仕込むことで爆発させる仕組みになっている。〝起爆石〟は主に活火山でしか採掘されることはない一級品であるが、彼らはオーク。狩猟をすることを生業とする種族である。常に自身より体の大きな敵と対峙し仕留める事に長ける彼らは敵を倒すのに武器の消耗を躊躇しない。たとえ勝つためなら相打ちも覚悟する一族なのだ。




「死ねば終わり。なら生きるために死力を尽くすッ!!」




彼らが常に欲しているのは金でも名誉でも誇りでもない。明日を生きるための勝利が何よりの最優先事項なのだ。




「おらぁぁぁぁあああああッ!!」




 槍の投擲が止んだかと思えば、次は矢がベヒ美の顔面を狙う。無論矢じりにも起爆石が仕込まれており、顔面に辺り弾け爆散する。


しかし武器も永遠は続かない。ましてや一級品の〝起爆石〟なら尚更だ。




「エレノアァ!起爆石が切れたッ!」




うりぼうズの一人が〝起爆石〟が切れた事を大声で叫ぶ。その言葉にエレノアが戦いながら返答を返す。




「ねぇもんたよってもしかたないッ!今あるものだけで明日をもぎ取れッ!」




「グガァァアアアアアアアアアッ!!」




 〝起爆石〟が切れた事で今まで視界を奪われていたベヒ美が動き出す。その咆哮には怒りが籠っていた。その咆哮による風圧は近距離戦闘を行っていたエレノアを含むうりぼうズの面々もろとも吹き飛ばす。




「がッ……さっすがダンジョンモンスター、全然歯が立たん。タカシのやつ一体どうやってこいつに一矢報いやがったんだ」




 そうこうししているうちにベヒ美はうりぼうズに目掛けて一角を突き立てたかと思うと地面をえぐりながら市門へ突っ込んできた。




「くそッ……これは、守護しゅごれねぇ」




「フレアッ!フレアッ!フレアッ!」




突如空から火球の雨がベヒ美を襲い、進行を阻む。




「ぐがあぁぁあああああッ!」




 そして更に鋭い爪がベヒ美を襲い、背中に覆いかぶさる。それはハクトとその背にはアリシアの姿があった。




「アリシアッ!ハクトッ!!」




 しかしハクトの爪はベヒ美の皮膚を貫く事が出来ず、ベヒ美は体を振るいハクトを薙ぎ払った。ハクトは空中で態勢を持ち直すことなくそのまま市門の周辺に並んでいた荷車に激突する。多くの悲鳴が上がりもはや荷車や荷物を置いて逃げ出した連中がほとんどだったため幸いにもけがをした人はいなかったようである。




「ハクトッ!」




エレノアが駆け寄る。ハクトは起き上がろうと羽を広げるもまた力なくその場に倒れた。




「ふ、フレア、フレアッ!あ、もう……魔力が」




 二発の火球を顔面に受けつつもベヒ美は平気そうである。先程から火による攻撃ばかりをくらっているためもはや免疫が出来てしまった様である。しかしエレノア達の攻撃が効いている様で、動きは鈍い。しきりに地面の匂いを嗅いでいる。恐らく視界が完全に戻っていないのだろうか。そして何かの匂いに反応したのか放置された荷車をあさり始めた。




「ガァァァァァァァァァァアァァァッ!!」




 咆哮しながらも何かを物色している様で口には真っ赤な血がべったりついている。


もはエレノア達になすすべはもうない。武器はすべて使いつくした。魔力ももうない。ハクトももう飛ぶことは出来ない。だがまだ彼女達は諦めていない。まだあの男がいるのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る