第26話
その言葉にアリスの顔もぱぁっと晴れやかになる。エレノアも心なしか吹っ切れた表情を浮かべている。
「ありがとうございますタカシさん」
「礼はいい。相手のモンスターのデータが欲しい」
その言葉にアリスは胸元から丸めた報告書を取り出し、その場に開く。
「はい。モンスターの概要は一角のモンスターです」
「ふむふむ」
「歩行形態は四足歩行」
「ふむふむ」
「片目に傷があり隻眼せきがんだと思われます」
「……」
「体調は二十メートルに達します」
「ん」
「編成部隊の方々のいう特徴がダンジョンに現れる大型モンスターベヒモスと一致します。故にベヒモスと断定し対策をするべきかと。……タカシさん?」
「ふえっ……はいはい。聞いてますよぉ。うん。ごめんちょっとアリシアちゃん、エレノアちゃんこっちきてもらってもいいかなぁ」
とタカシはアリシアとエレノアを呼び、アリスには聞こえない程度の距離まできた後にひとこと。
「んー……これまずいかも」
「ですよねぇ。特徴全部一致してて途中から冷や汗止まりませんでしたよ」
「いやでも二十メートルを超すとも言っていた。ベヒ美はそこまで大きくなかろう」
エレノアの言葉に、タカシとアリシアは顔を合わせて互いに苦笑いを浮かべる。
「だよねぇ……思い違いだよねぇ。ダンジョンモンスターも外徘徊するよね。最近隻眼とか流行りだしねぇ。ベヒ美くらいの年頃はそういうのあるからね。俺もあのくらいの頃は隻眼とかかっこいいとか思ってたし、うん」
「ですよねぇ……ハハ」
と楽観的な二人を後目にエレノアは溜息をつくと、両手ともピース閉じた形にして口にはさんだかと思うと思い切り指笛を拭いた。
僅かな沈黙ののち、風音が徐々に大きくなり、瞬間強風が吹き荒れる。思わずタカシ、アリシア両名その場にしゃがみ込む。目を開けるとそこには大鷲のハクトがエレノアにくちばしの裏をワシワシと撫でられ気持ちよさそうに目を細めていた。
「あれがベヒ美か、そうでないか、それは手っ取りばやく見に行った方がはやい。ハクト、二人を頼む。私はアリスさんに状況を説明しにいってくるから」
「わかった。エレノア、ありがとう」
「いいってことさ」
背中越しに手を振りエレノアはアリスの元へ向かって駆けて行った。その背中を見送りつつ、ハクトの背にタカシとアリシアを乗せ大きく翼をはばたかせる。地面はばたきが巻き起こす風圧が跳ね返ってきてタカシ達は目を開けられない。出来ることといえば振り落とされないように必死に縋りつく事ぐらいであった。やがて地面からハクトが離陸し、高く高く上昇していく。やがて市壁どころか街の全体を一望できるほどの高さをタカシ達は飛んでいた。恐らく下では大騒ぎになっているのであろうなと思いながら、巨大モンスターの影を探す。
「うわッタカシさん。下高すぎます、やばいです、見れません」
「おーいアリシアちゃん何のためについてきたの。さっきまでの威勢はどこいったの」
と目をつぶり縋りついてくるアリシアに溜息をつきつつ下をのぞき込む。
街の外壁のすぐ外に月明かりに照らされる蠢うごめく影が見えた。
「ハクトッ!頼む、あそこに、あそこまで俺を運んでくれッ!」
「クルァァアッ!」
タカシの言葉に呼応するように短く鳴き声を上げたかと思うと、一気に急降下する。
「きゃぁぁぁぁぁぁあああああ私たち落ちてますッ!?地面に落ちてますよぉぉぉおおおおおおおおおッ!」
「アリシアちゃん騒がないで。マジで」
突然の急降下にアリシアが騒ぎ散らす。そんな彼女を後目にタカシははっきりとその黒い大きな影を目でとらえていた。
十メートル程離れた位置にハクト急降下で急ブレーキを駆け降り立つ。着地の衝撃でハクトの体からタカシ、アリシア両名弾き飛ばされ、地面に着地した。
「いたたた……マジかよ。ハクト乱暴すぎる」
「もう、もう大鷲には乗らない。絶対ッ!」」
と口々に大鷲のフライトに文句を吐きつつ、立ち上がり目の前の怪物と相対した。
「グルゥゥゥウウウウ……」
怪物がうなり声をあげる。タカシはうなり声で分かった。やはりこれはベヒ美だということに。
「おいおい。ベヒ美……?ま、待ってろって言っただろう?これどうすんだよ。市壁壊す前でよかったぁ。市壁壊したあととか取返しつかないしさぁ。いやほんと置いていったことに関してはほんと悪かったよ、な?」
タカシの言葉にベヒ美は全く反応を示さない。ただ静かにその煌々と輝く隻眼はただ真っ直ぐタカシを捕えていた。
「ベヒ美ちゃんッ!ごめんね置いて行っちゃって。でももう少しの辛抱だから、ね?」
とアリシアがベヒ美に近づこうと足を一歩進めた時だった。
「ッ!?あっぶねぇッ!」
咄嗟にタカシがアリシアに飛びつく。瞬間ベヒ美の一角が横を恐ろしい速さで通過する。
アリシアは一体何が起こったかわからなかった。一瞬の事で危うくタカシも見逃す所であった。
「ガァァァァァァァァァァアァァァッ!!」
ベヒ美はけたたましい咆哮を大空に響かせる。そしてまっすぐタカシ達に視線を据える。
タカシはその目を知っていた。
(ありゃぁ……ダンジョンで初めてあった時の目だ。でもなんで?スカウトは成功したはずじゃ……)
「タカシさん!ベヒ美ちゃんの目の色がすこし違いますッ!」
アリシアが指を指す。揺らめくベヒ美の煌々と光る目が生む陽炎が黄色から紅に染まる。
「なんじゃありゃあ……」
「なんかやばげじゃないですかねぇ……」
「ガァァァァァァァァァァアァァァッ!!」
咆哮と共にタカシ達目掛け一角を突き立て突進してくる。
(ここで〝ロケットン汁〟を使うか……いいや同じ手が通用するほどこのベヒ美はやわなのか?学習されている可能性を考慮した方がいい。長老は俺の豚汁の浸透率はモンスターによるといった。それにあの時とは違う。あの時はフレアの猛攻で目をつぶされて確実に消耗していた。今はどうだ?ハイエナ狼につけられた傷はあるにせよ消耗している様には見えない。ならものは試し)
液状の左腕に〝豚汁〟を充填していく。同時に紅蓮が左腕を渦巻く。腕の中でタカシの生成した〝豚汁〟が煮えたぎる。そして左腕をタカシが突進してくるベヒ美に向けて構える。
「アリシアちゃん避けてろッ!」
その声にアリシアがタカシから即座に離れる。ベヒ美の一角がタカシを貫くが寸前タカシは思い切り重心をお落としたかと思うと一角目掛けて飛び乗る。
「タカシさんッ!?」
ベヒ美の突進とすれ違いで一瞬にしてその場からいなくなったタカシにアリシアが思わず声を上げる。がタカシはベヒ美の一角につかまっていた。
ベヒ美はタカシを振り払おうと頭を振りのたうち回る。そんなベヒ美の抵抗に必死に耐えながらベヒ美の口の中に左腕をねじ込む。
「じっと……してろッ!」
そして左腕に充填していた熱々の〝豚汁〟を流し込む。
「ガフッ……ガガガガァ」
僅かに抵抗が鈍る。その隙にタカシは左腕を引き抜き新たな〝豚汁〟を左腕の中に生成する。しかしベヒ美もまだ抵抗を諦めていないようでおもむろに走り出した。
「うわぁッ!?あっぶね」
滑り落ちそうになりながらもなんとか姿勢を維持する。しかしベヒ美が走っている先は街の市壁である。このままでは壁をぶち破り街に侵入してしまうだろう。
(マズいッ!)
左腕の〝豚汁〟の生成を一旦止め左腕を振り上げる。
「フレアァ!!」
掛け声と共に僅かな紅蓮が左腕に渦を巻く。紅蓮に染まった腕をベヒ美の鼻の穴に突っ込む。
「ガァァァァァァァァァァアァァァッ!!」
驚きと熱さに顔を宙に向け悲痛の叫びを上げる。がしかし足は止まらない。一直線に市壁に向かって走る。その勢いは怒りによるものかかなり速度を増していた。壁がタカシの寸前まで迫っていた。
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