第23話

「ふえっ!?」




 思わずアリシアが悲鳴をあげる。それもそのはずだ。見る限り危険なダンジョンを渡り歩いてきた猛者が集っているのだから。背中に自分の身の丈程の剣を背負う者、顔に凄惨な爪痕を残す者、多種多様だ。内装は見る限り酒場であり木のテーブルに六人ぐらいづつ座れる机が二十程準備されていて、他にもバーの様な個人席まである。奥には厨房があり、せわしなく料理を作る音が聞こえてくる。


そして厨房の横には別の窓口が設置してある。ご丁寧に『ご登録・クエスト受注はこちらまで』と書かれている。




「あそこだ、アリシアさん」




「は、はい」




 アリシアは気圧されたのか返事に覇気がない。元々静かな森で暮らしていたのだ。人間が多くいる場所にいきなり連れ出されれば無理もない。




「ギルドへようこそッ!ギルドははじめてですか?」




 受付には綺麗な女性のエルフが立っていた。エルフ特有の金髪を後ろでお団子にまとめている。胸元には『アリス』と書かれた名札をしている。精鍛に整った顔立ちは女性の色香を纏い、薄紅色の唇はなんともなまめかしい。


 そして一番目がいくのははちきれんばかりの胸だ。大きく開けた胸元には男性ならいやでも目が行ってしまうのは間違いない。下の息子がおっきしてしまう人は少なくないだろう。


そしてやはりタカシも男の子。やはり視線は胸元に自然と誘われる。




(いやいやタカシ。なにいやらしい事考えているんだ。何度いったらわかるッ!?お前は自身の性欲におぼれ死んだんだぞッ!しかも隣にはこんなにもかわいいアリシアさんがいるのに早速他の女に目移りかッ!?最低だぞタカシッ!我慢しろタカシッ!ここだけだ。ここだけ乗り切ればいいんだッ!簡単だぞタカァッシィ!)




「あのぉ……タカシさん」




 アリシアの言葉にタカシは我に返る。ここではタカシが頼りだ。しっかりしなければいけない。自身にタカシは言い聞かせアリシアに向き直る。




「なんだい?アリシアさん」




「それ、なんです?」




「ん?」




 アリシアが指さした方向に目を向ける。それはいきり立った自身の愚息がつくる衣服のもりあがりであった。受付の女性エルフも困った様な笑みを浮かべている。




「ちッ……違うから。トイレ我慢してたらこうなっただけだし」




「最低」




 アリシアのとどめの一言。アリシアのタカシをみる目はごみを見るかの様な目でタカシを軽蔑していた。普段はあんなにも大人しく、優しいアリシアに今タカシは軽蔑の視線を向けられている。おまけにとどめの一撃を喰らったタカシは弁解の余地なくその場にへたり込む。




「あのぉ……ご用件お伺いしてもよろしいですか?」




「はい。ギルドに登録お願いします。私とあそこにへたり込んでる人の二名で」




「かしこまりました。ではこちらにご記入お願いします」




アリスは受付の下から記入用紙を取り出し、胸元からペンを取り出し渡してくれた。




「ペンの出し方……たまらん」




「タカシさん……ほんと最低です」




(そしてアリシアちゃんのごみを見るような視線もたまらんッ!!)




とそんなこんなで登録用紙の記入が終わった。用紙のチェックが終わったアリスが登録用紙をトントンと揃えた後、ペンダントを渡される。




「手続きは以上です。これであなたたちも今日からこの街の冒険者です。ただ受けられる依頼はランクによって異なります。下から順に白、黒、蒼、碧、紅、銅、銀、金といった八階級が冒険者階級になります。あなたたちはまだ白のペンダントなのでまだ大型モンスターを狩るといった事はできません。ですが依頼をこなしていくうちに徐々に増えていくので頑張って階級をあげて強い冒険者になってくださいね。あとこのペンダントを身につけるとその方の強さが分かります」




「あ、ほんとですね。私はまだレベル8です」




「あの、アリスさん。このペンダントなんだけど俺もう持ってるんですけど」




 最初に長老から受け取ったペンダントがあるためタカシはペンダントの受け取りを拒否する。エルフの森を出発する前にアリシアや長老のステータスを見ることが出来たのはこのペンダントのおかげである。アリスはにっこりと笑う。




「であれば引き続き身に着けているペンダントを使っていただいて結構です。一応確認のため、恐れ入りますがペンダントを拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」




「わかりました。……よいっしょっと。どうぞ」




 胸元からペンダントを取り出し、アリスに渡す。するとアリスの目が大きく見開かれた。




「銀……まさかそんなッ!?大変失礼いたしましたッ!銀等級冒険者様」




「え」




銀等級の冒険者という事でギルド内の空気が変わった。皆どよめいている。




「あれが世界で百人もいないといわれる銀等級……こんな所でみるとはな」


「あの冴えない坊主がか?信じらんねぇ」


「人は見かけによらないってか。てことは隣の嬢ちゃんも相当の手練れか」


「俺にはわかるぜ。あいつから放たれる強力な勝者の覇気をな」




 口々に館内から飛び交う声にタカシは内心焦っていた。冷や汗が止まらない。


思わず隣のアリシアに目を向けるとアリシアは先程とはうってかわって羨望の眼差しでこちらを見ていた。




「タカシさん、なんで言ってくださらなかったんですかッ!?タカシさんがそんなすごい人だったなん


て……御見それいたしました」




とペコリとアリシアはタカシに頭を下げる。当のタカシは完全に固まってしまった。




(やべぇ……あの爺とんでもねぇもん渡してくれやがったじゃねぇかよ。どうすんのこれ?まずいんじゃないのこれ。俺やだよいきなり魔王狩りとかいかされたりすんの。まだ異世界を堪能したいじゃん。中型モンスターをパーティー組んで皆で倒して勝利の余韻に浸りたいじゃん。装備とかこまめに変えて皆で頑張ってここまで来ましたみたいな展開期待するじゃん。いきなり銀等級なんですけど。たとえるならモンスターをハンティングするゲームを買って最初からいきなり他のやり込んでるプレイヤーの最強データをコピーして遊ぶようなもんだよこれ。全然楽しくないやつだよこれ)




「……タカシさん?タカシさんたらッ」




「はッ……と、と、とりあえず今日は登録だけしに来たんでもう帰っても大丈夫ぅ……ですかね?」




「えぇ、はい。失礼いたしました。ではお外までお見送りを……」




「いやッほんと大丈夫なんで。マジで勘弁してほしいっていうか、ハハハ。それでは。行きますよアリシアさん」




「は、はい。ありがとうございました」




 早足のタカシを後目にアリシアは丁寧にアリスに頭を下げ、皆凝視してくるので一同に最後頭をペコリと下げ、二人はギルドを後にしたのであった。足早に人ごみに逃げるタカシの後をアリシアは追う。そして人ごみをかき分けやっとの思いでタカシの手を掴む。




「タカシィ……さんッ!一体どうしちゃったんですかッ!」




「え、あぁごめん。少し焦った」




「もう、でもびっくりしましたよ。タカシさんが銀……」




「わぁぁああああああああああああああああぁぁあああッ!!」




 大声を上げアリシアの口を咄嗟にふさぐ。まわりの目が痛い。


とりあえずアリシアを連れ人ごみを抜け、広場を後にした。




「もうなんなんですか。いきなり人の口を塞いで。危うく殺されるとこでしたよッ!!もうッ!」




「心臓止まるかと思ったのはこっちのほうだわッ!やめてぇほんま。マジでさぁ」




「だから何がですか」




「いや広場で思いっきり俺が銀等級冒険者だって言いかけたじゃんか」




「それの何がいけないんですか。名誉ですよ、タカシさんはもっと誇るべきです」




「と、とにかくもう外で階級の話するのはなしッ!いいね?」




「んー……何故隠したいのかは全然わかりませんが、そこまでいうならいいません。そ、そのかわりッ!露店、見たいですッ!」




ときらきらした目線をタカシに向けてくる。本当にベヒ美と違って表情の緩急が分かりやすくて助かると思いながら許可を得る前に駆けだすアリシアの後を追う。




「ったく、しょうがないなぁ。アリシアお嬢様に付き合いますかね」




 頭を掻きながら渋々アリシアの背中を追い駆けだすタカシなのであった。しかしこの時のタカシは知らない。街に向けて巨大な影が進行中ということに。




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