第11話
タカシは困惑していた。今現在目の前には十メートルを越す鋭い一角を持つサイに似た化け物と相対している状況である。退路も断たれ、藁にもすがる思いで自身が何かこの状況を打開できるようなスキルを覚えていないかと確かめた結果、ペンダントにうつしだされていたスキルは〝豚汁〟であった。もう一度目を擦り、確認する。
スキルの所には確かに〝豚汁〟と書かれている。完全にタカシの思考はここから逃げるための打開策についてではなく自らが覚えたスキル〝豚汁〟が何なのか、もはやそれしか考えられなくなってしまいその場に固まってしまった。
(え、豚汁ってあの豚汁だよね?俺が転生時に記入させられたアンケートの好物の欄で答えたあの豚汁……人参、豚バラ、大根、ゴボウ、里芋、こんにゃく、味噌。基本はここら辺の具材を中心に作られる日本の汁物料理。え、何々これがまさか長老がいってたスキル?え、異世界なのに?炎とか雷とかを操作する魔法の取得じゃなくて、え、と、豚汁?てかそもそもどうやってこれ使えばいいんだ?ワシが飲めばえぇんか?てかそもそもどうやって発動するん?え、もう意味わかんないんだけど。さっきまでのいい感じの成長パートからのピンチパート丸ごと帳消しにしちゃうくらいのインパクトだよここ?さっきのやけどの痛みが吹き飛んじゃったよこれ)
自らが得たスキルにタカシが困惑し、固まっているうちにサイのモンスターが挟まった角を抜き、再度タカシに迫ろうという時であった。
「グガァァァァァァァァァァアアッ!!」
咆哮と共に棒立ちのタカシ目掛けて突進してくる。タカシは完全にスキルについての思考に夢中でそれにすら気がついていない。
このままなすすべもなく吹き飛ばされて、二度目のタカシの人生が終わろうとした時であった。サイのモンスターの背後から小さな影が飛び出した。
「グガァァァアッ!?」
そしてサイのモンスターの眼前で燃え上がり、顔面に体当たりを噛ます。咄嗟の事に僅かにサイのモンスターの体が揺らぐ。
そこには一回り程小さくなった先程のフレアスライムであった。
そこでタカシは我に返る。正直なところタカシは滅茶苦茶落胆していた。
異世界。それは創作物が好きなものならだれでも一度は夢見る。その世界に幸か不幸か転生する事ができた。やはり想像するのは剣と魔法の世界を想像し、タカシも夢を馳せた。
しかし実際に来てみたらどうだ。RPGなどで雑魚キャラ扱いをされているスライムは強く苦戦を強いられた。
なんとかスライムを倒してその亜種と思われるフレイムスライムはそもそもスライムとは比べ物にもならなかった。おまけに今目の前にいるこのサイのモンスター。恐らく本来では第三階層如きにいるモンスターではないのだろう。
恐らく階層内にモンスターが少なかったのはこのサイのモンスターがいたせいなのだろう。
おまけにとどめは謎スキル〝豚汁〟である。
危険を冒してレベルを上げて得たスキルが〝豚汁〟である。落胆もする。そもそも使い方すらわからないし、想像してたものとあまりにもかけ離れていた。
おまけに現状このサイのモンスターが目の前にいる状況。タカシはすっかり諦めてしまっていたのだ。二度目の現実を。
(所詮はこのちっぽけな自分がこんな化け物を相手にしようってのが無理があるんだって。所詮俺は豚汁をすすってる人生がお似合いなんだよ)
そう思って落胆し、本能的に死を覚悟したのである。こんなスキルなんて、こんな人生なんてと。
しかしどうだ。先程のフレアスライムはあそこまでボコボコにされたのに、まだあのサイの化け物に勝てると信じ体を分離させ、またこのサイの化け物の前に立ちはだかったのである。衝撃だ。
確かにこのフレアスライム普通に強い。スライムの中では圧倒的に強い。一時はこのサイの化け物を圧していて、片目まで奪った。そのフレアスライムの姿を見てタカシは思った。
(どうしてそこまでして……そんなにちっぽけなのに。こんなにも絶望的な状況なのに。なんで?逃げようと思えば逃げられたのに。あのスライムナンデェ!?)
先程に比べて、小さいためサイの化け物の巨体にあたっては跳ね返されを繰り返している。しかしその細かい攻撃が鬱陶しいらしく、明らかに嫌がって身震いして引き剥がそうとしている。
そしてついにフレアスライムが弾かれ、地面に叩きつけられた。
「ガッァァァァァァァアアアアッ!」
咆哮と共に次は確実に仕留めるため、サイの化け物は自らの牙をむき出しにし、大きな口を開き、フレアスライム目掛けて喰らいついた。
ドガァァァァアアアンッ!
強烈な衝突音と衝撃による土煙があたりに巻き上がる。
その土煙の中からサイの化け物の頭が上がる。その口には真っ赤な血液がべっとり付着していた。
「ッたく……あんなのみせられっちゃぁな。おっかしいな……俺陰キャラのボッチで友達いなくて消極的で意気地なしが売りだったんっだけど……な」
そこにはフレアスライムを庇って左腕を失ったタカシが真っ赤な血液を滴らせながら立ち尽くしていた。
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