第10話

今タカシは窮地に立たされていた。スライムの相手をしていたと思ったらそのスライムはタカシが想像する何倍も強いモンスターであり、とどめを刺される寸前で更に別のモンスターの襲撃で事なきを得るも状況は更に悪化の一途を辿っていた。


「っ…や、ばいぃッ!」


と眼前に迫る天井に身をひるがえし、危機一髪の所でかわす。


しかしその際に手から唯一の光源である松明を離してしまった。




ガッラガラ、ガシャアアアンッ!




 洞窟内の落石により、土煙が辺りに舞う。せき込みながら辺りの煙を手で払う。


落石により、かき消された炎の火の粉がパラパラと舞う。


その火の粉が辺りの岩壁に付着しては消える。


その火の粉のひとつがモンスターの頬に付着し、シュウッと音と共に消える。


ゴツゴツした岩を纏った、サイのモンスターは淡い残火により一瞬見えたのち、再度暗闇に包まれる。


そして一間置いた後、煌々とした月の様な黄色の光がタカシを照らした。


洞窟内で松明のみの光に頼っていたせいか、光源の光が強すぎて、思わず手を翳し、光を遮る。


僅かに閉じた目をゆっくりと開く。


 こういったときお約束といってもいい程悪い予感しかしなく、その悪い予感というのが当たってしまう確率が大半を占めるのが異世界でありダンジョンというものである。


おまけに暗闇でモンスターに追われていたということはもはや答え合わせもいいとこだ。


目の前に広がっていた光はその正体不明生物の眼球であった。


ギョロ、ギョロ、縦横無尽に動き回る目が眼前にあった。


体が強張る。今動いたら終わる。生存本能が体全体のありとあらゆる動作を行う機能をがっちりとグリットロックして、動かない。


目と目が合う。ここで目を逸らしたら、きっと襲われるだろう。


タカシは自分に言い聞かせる。これはクマだ、と。


そんな中タカシは考える。クマから逃げおおせるにはどうだったか。




①死んだふりをする。


②荷物を置いて後ずさる。


③戦う。


④諦める




(ッ……いやいや、考え方が後ろ向きすぎるッ!考えろ)




 死んだふりは完全にアウトだろう。二つ目の選択肢、荷物を置いて後ずさる、これが一番無難な選択だろう。


 タカシの記憶の中では、荷物を置いて、目を外さずに後ろへ後ずさる。そうすれば相手は荷物に興味を持ち、荷物に気を取られているうちに逃げるのだ。


しかしそれが異世界の異形のモンスターにも通用するのかどうかだ。


 最もそんなことを考えても仕方ない。今はイチかバチかだ。


背中の荷を降ろし、ゆっくりと目を離さないように後ろへ一歩、二歩。


満月の様な金色の瞳は、タカシから荷物に視線をギョロりと移す。そして重い重低音を放ち、目がわずかに後ろに遠ざかる。


(よしッ!今のうちに……)


と、怪物に背を向けた一瞬、三歩目に力を込める。しかしそこまでうまくいかないのが現実である。




「ッ!?」




四歩、五歩、タカシの全力の加速は虚しく岩壁に遮られた。タカシの体がゴムボールのように跳ね返され跳ねる。


 そもそも見落としていたのだ。怪物の咆哮で崩落した洞窟内。そして松明という光源を失い、怪物に睨まれ緊張し、死の危険に頭が冷静に働いていなかった事、また暗闇の中の唯一の光源が怪物の目だった事で、怪物の顔が離れたことで背後の巨大な落石に気がつく事が出来なかった。


ここは異世界ではあるが、フィクションではない。ここは創作の世界の範疇に留まらず、異世界であるが故の過酷な現実なのだ。つまりノンフィクション。


当然怪物はタカシが置いた荷物よりも不自然に動き出したタカシ本体に視線が戻る。




「グガァァァァァァアアッ!」




 重低音が大音量で辺りを振動で揺らす。思わず耳を塞ぐ。


唸りを上げながら怪物が周りの岩壁に巨体を擦りつけ、崩しながらタカシ目掛けて、突っ込んでくる。


後ろは、先程の落石で塞がれている。どのみち逃げ場はない。




「えと、え~っとぉ……そだ、そうだそうだッ!スキル、スキルだッ!」




 この状況に焦りながらも、必死に打開案を考えるも、冷静ではいられない。その間にも迫る巨躯を前に思いっきり全力で横へ飛ぶ。岩壁の破壊音と共にサイのモンスターの頭突きを間一髪で避ける。走りながらペンダントを胸元から引っ張り出す。




(そうだッ!何かスキルを習得しているかもしれないッ!もうこれに頼るしかないッ!)




 一方目の前のモンスターはというと先程の頭突きで突っ込んだ岩壁に角が挟まったようで抜こうと必死にもがいている。




「ゴガァァァァァァアアアアアッ!」




しかしこのサイのモンスターが挟まった角を抜くのは時間の問題である。




ガンッ……ゴウンッ……。




怪物が角を引き抜こうと巨体を壁面に対してぶつけている。このままではこの階層ごと落盤し、崩れる。




「やばいやばいやばい」




と、おぼつく手つきでペンダントを取り出し記載されている文字を確認する。




「頼む頼む頼む、なんかあってくれ……」




 もし打開策がなにもなければタカシの異世界人生はここで終わりである。


がっちりと力を入れ閉じた瞳を開き、確認する。同時に願うようにペンダントを握りしめた手の力を抜く。まばゆい光がペンダントトからあふれ出たかと思うと、収束し文字になってペンダントへと刻まれた。




「こ、これわァッ!?」




 このまばゆい光は覚醒的な何かであろう。もうなにもこわくない、と言わんばかりである。


これには当の怪物も驚いたのか、動きを止めたようであった。


そこに記されていたステータス情報はこうだ。




タカシ・ボルフシュテン 十七歳(童貞) オス


レベル 5レベル(LEVEL UP)


職業  一般人


スキル 豚汁(NEW)




レベルは少し上がったようだ。やはりスライムを狩った事でレベルがそこそこ上がっている事に一安心する。


ダンジョンに来た甲斐はあったようである。少しは成長しているようで安心したとタカシはホッと胸をなでおろす。その姿はまるで通知表を見てほっとする中学生さながらである。


ただひとつ成長に安堵しつつも、タカシの脳内にあったあのは今のこの状況に対しての不安とか絶望とかではなかった。


たったひとつの疑問であった。


「なんで……豚汁?」

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