異世界に転生した俺が苦労して得たスキルは〝豚汁〟でした。

ミズキミト

プロローグ

 酷くからだが重い。

重いまぶたをひらくとそこに広がるのは延々と続く暗闇であった。

何故こんなところにいるのか。混乱と痛みに渦巻く頭を必死に回す。

しかし答えは出ない。


「くそ……ッ」


倦怠感と曖昧な自身の記憶にイライラし、髪を掻く。

突然辺りがゆったりと光に包まれた。俺はまばゆい光の眩しさに思わず目を閉じ、手で光を遮る。


「なんなんだよ……」


 僅かに眩しさに目を細く開き、やがて明瞭になった視界で辺りを見渡す。

それは部屋だった。どういった部屋か、それは日本に住んでいるのなら恐らく一度は目にしたことがあるだろう。現代日本の畳が敷き詰められた六畳ほどの和室である。まぁよくある地方の年季の入ったアパートの一室と言うのが俺の勝手なイメージであった。

 中央にはちゃぶ台とその卓上には醤油のり煎餅が木製の丸みを帯びた皿に綺麗に並べられている。側には桜色の湯飲みが置いてあり、『めるしぃ』と平仮名で綴られていた。まるで子供が筆で書き殴ったかの様な字体である。中にはもちろんお茶が入っていて湯気をゆらゆらとあげていた。中央には茶柱が立っていた。だが現状の理解すら出来ていない状況で縁起がいいね、なんていう気持ちには慣れなかったのだが。というかそもそも何故俺はアパートの一室に居るのだろうか。


「誰かいませんか?」


 空しくかえってくるのは静寂のみである。人のいる気配はない。部屋にもちゃぶ台以外なになにも変わったものはない。出口も見回す限りないようだ。窓すらない。純白の壁が一面を覆っている。

ただ一つ手をつけていない場所があった。押し入れである。二十二世紀から来た青い猫型ロボットが眠っていそうなデザインの引き戸であった。

 俺は引き戸に手を掛けるが、少し躊躇があった。常識的に考えて見知らぬ家の押し入れを開けていい物か。ただ現状そんな余裕もないので引き戸に手を掛け、深呼吸と共にわびさびの心を捨てる。


「……ごめん!」


 誰かわからぬ家主に謝りつつ押し入れの襖を思い切り、開く。そこにはごそごそ動く布団が一つ。これはいよいよ○び太くんの家にでも来てしまったと焦る程に既視感があった。マジマジと見つめつつも拉致が空かないので、おもむろにその布団を捲った。

 中には丸まって眠っている少女の姿があった。白がかった蒼い髪色で、首元で切り揃えられた髪は所々くるくると跳ねている。星とハートの柄が散りばめられた水色のパジャマを着ており、見る限り小柄な十歳くらいの少女のようである。

少女よ、俺がロリコンでなくて良かったな。じゃなかったら可愛さに襲われていたかも知れない。それにしても頬がマシュマロみたいだ。好奇心を抑えられそうにない。少しだけ、先っちょ、先っちょだけだから。

と自身を正当化しつつ気持ち良さそうに寝息を立てる少女の頬をおもむろに人差し指でぷにぷにと突き刺す。柔らけぇ。餅みたいだ。完全に犯罪者のそれだが、今回は誰も見てないし多少はね。


「うぐっ……うぅ、う」


 寝心地悪そうな声をあげるも、起きる気配はない。その後もゆするが、起きないようである。相当眠りが深いようだ。よく見れば枕元に携帯ゲーム機が置いてある。この娘、夜遅くまでゲームによほど没頭して居たのだろう。まぁ俺自身もゲームはよくやるし、気持ちは凄い分かるしこのままゆっくり寝せてあげたい所ではあるのだがこのままでは全く事態は進展しないので、とりあえず強硬手段にでる事にした。

 あまり幼女に対してこういうことはしたくはないのだが。俺は心を鬼にしてため息を一息つくと、左手を宙高く掲げる。そのまま、勢いよく少女の頬目掛けて、腕をふり下ろした。


「アヒンッ」


ペチンッと音が部屋に響くと同時に、少女が飛び跳ねた。


「待って!待って!すこしだけ寝過ごしただけだから!だから天使長には、天使長にだけは……」


 少女は起きると同時に手を組みその場に土下座をするような形で震えながらうずくまっていた。どうもいきなり起こされ混乱し、別な人物と勘違いされているようである。


「あのぉ……この部屋の方ですかね?」


「ヘッ!?」


少女がおもむろに顔を上げる。お互いに顔を見合わせ数秒の沈黙の後、一言。


「……あんた、誰?」


「……いや、俺がききたいんだけど」


「まぁどうでもいいけど……ここ、私の部屋だから早く出てってよね」


そう言うと少女は頭を掻き、また再度布団を被り直す。


「ちょッ……ちょっとまてや!」


と、再度布団を被りなおして背を向けようとする少女の肩を掴み、こちらへ引き戻す。


「なに、まだなにかあるわけ?あ、それとも通報されたい?あ、もしもし、警察ですか?」


「待て待て待て。分かった俺が悪かったから話を聞いてくれマジで」


通信機器片手に変質者を見るような視線を幼女から浴びつつも、それを制止する。


「んー……うるさいなぁ、ちょっと待って」


「あ、あぁ……」


 少女は布団に包まりながら、人差し指で空中をなぞる。瞬間タッチパネルのような半透明な黄色い画面が出現した。なんか凄くSFチックなタッチパネル。それを幼女がいじっているのだ。ミスマッチ感が凄い。少女はそんな俺の視線も気にせずそれをスクロールして、何かを閲覧している様子であった。

そして結論が出たのか、眉をひそめ、おもむろにため息をつくと布団からでると、押し入れから活きよいよく飛び跳ねる。そして一言。


「とりあえず座ってもらってもいい?」


「はぁ」






「大体の自分が置かれている状況はわかったかな?」


「マジか、マジか……」

 結果から言うと俺は死んでいた。そして今更の紹介になるが俺は大沢孝 おおさわたかし。しがない高校二年生だった。高校にはいってはいたが、ぼっちでオタクの引きこもりだった。ただ唯一思い出せない事がある。それは死因だ。昨日はいつものルーティーンでエロゲをやってシコって寝たはずだ。なんの変哲もないありふれた日常を送ったはずだ。別にトラックにひかれかかった少女を飛び出して救った訳でも、はたまた電車にひかれた訳でもない。では何故、いつ俺は死んだのだろうか。全然思い出せない。


「まぁ、受け入れるしかないねぇ、少年よ」


「だれが少年だ。誰が」


 姿勢よく正座をし、茶をすするのは先程まで寝転んでいた少女メルシィである。話を聞くに一応天使らしい。この幼女に少年呼ばわりされるは違和感を覚えるが、もしかしたら天使と言う事なので俺よりも長生きなのかもしれない。メルシィはちゃぶ台に肘をつき、宙を撫で、タッチパネルを引き続き操作している。


「プププッ」


そして画面と俺を見比べてずっと苦笑している。


「……なんだよ?」


 思わずずっと笑っているメルシィに、俺は軽い苛立ちを覚えていた。子供相手だし、大人げないとは分かっていてもあんまりいい気分ではない。我ながら人としての器の小ささに呆れるが、むかつくものはむかつく。


「べっっつにぃぃなんでもないですけどぉ……ところでたかし君、死因は思い出せたかな?」


「いや、思い出せないんだよな、そこだけ」


 ニマニマと怪しい笑みを浮かべながら、メルシィが宙を横に思い切り人差し指でスライドする。その姿はさながら音楽団の指揮者の様な指裁きである。


「!?」


 瞬間目の前にスライド画面が現れる。そこにはプロフィールが大まかに出ていた。

 名前は大沢たかし。性別は男性。十七歳童貞。趣味はアニメを視聴しながら、ストーリー上、報われなかったサブヒロインと自身が恋に落ちる妄想をすること。

またはエロゲをやりながら各作品内での推しキャラを想いつつ、自慰をする事。

続けて※の後に、下半身直結脳である、と書かれている。

身長百八十九センチ。でかい。でかいだけ。なお愚息は……(笑)


「やめろぉぉぉぉッ!やめてくれぇぇぇッ!」


 俺は頭を抱え、その場にうずくまる。思い出した。いや思い出してしまった。数多のヒロインたちとの恋の妄想。脳内で幾多の女性を堕としたことか、百から先は覚えていない。なによりここまで自分のあられもない姿を緻密に文字に起こされると、悶えざる負えない。


「フフッ……神にはすべて筒抜けよ」


 メルシィは心なしか得意げでない胸を張っている。それと同時に見下すような、若干笑いを我慢するかの様な表情を浮かべ、悶えるタカシを軽蔑の眼差しで覗いていた。


「まぁ……まだ絶望するには早いんじゃないかしら?」


とメルシィが人差し指で「よっ!」と掛け声と共にタッチパネルを撫でる。

また眼前にタッチパネルが再度展開される。ゆっくりとまぶたを開く。そして画面に映し出されていた文字は……。




死亡理由 PCゲーム「ドキドキッ!義妹と幼馴染とラブラブラブデイズ!」の妹キャラの碧ちゃんを想いながら激しい自慰の末果てた。凄まじい最期であった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ死んじゃう、死んでやるぅぅぅぅ」


体が震える。更に追い打ちを掛けるかのように、メルシィは爆笑しながら俺の耳元で囁く。


「ねぇ、ねぇ、今どんな気持ち?どんな気持ちぃ?」


メルシィは耳を舐めるんじゃないかという勢いで迫り、クスクスと苦笑している。

吐息が耳元にかかる。幼女の吐息にぞくぞくしていたのは内緒だ。


(そうだ、俺はベットで確か……事に及んでいた。けどまさかあのまま死ぬなんて……。てか葬式の時やべぇじゃん。死因テクノブレイクって絶対参列者の方々にクスクス笑われる奴じゃん!クラスメイトにたかしくんて大人しそうに見えて性欲はすごかったんだねって陰口叩かれる奴じゃん。べぇッ……マジベェッわ。母さんと親父、愚息の不幸をお許しくださいッ!)


と両親に心の中で謝辞の気持ちを述べながら悶える。

そしてその過酷な現実を突きつけ、さもあざ笑うかのように自分をいじり倒す目の前の幼女メルシィに苛立ちを覚え、下から睨みつけた。


「くッ……」


「あっ……私に欲情してる?見ないで、触らないで、子供が出来るッ!」


「出来るかぁッ!」


メルシィがゲシゲシとちゃぶ台の上から素足で俺の顔を踏みつける。ただそれに痛みはあまりない。柔らかいふにふにした感触が顔中を支配する。悔しいがあまり悪い気はしなかった。メルシィがそこそこ可愛い幼女であったのも要因の一つだろう。


「……救えないクズね」


 俺を踏みながらぼそりとメルシィが呟いた。心中が表情に出てしまっていた様である。悔しいがでも悪く無かったのも事実である。だが、ここで認めては男の恥、ここはいい気になっているこの幼女にガツンといってやらねば。


「は、はぁ?お前みたいなツルペタ幼女に興奮なんてしねぇよブス!」


 咄嗟にでた言葉であった。まるで小学生が好きな子に素直になれなくて照れ隠しで吐くような悪態をついた。

 正直のところ全然そんな事思わない。むしろ普通にかわいい。この生意気な性格が無ければよしよしと愛でたいくらいである。


 普通この年齢くらいの子なら悪口の一つ吐いて寄こすものだが、メルシィは見た目とは裏腹にひどく落ち着いていて、変わらずたかしを汚物をみるかのような目で見下ろしていた。


「ふぅん……そう。ブスね。まぁいいわ。本題に入りましょうか」


とたかしを罵るのをやめて、尻を軸にくるりと回り、たかしに背を向けちゃぶ台を挟んで、たかしの正面にある座布団の上に器用に正座しなおした。そして肘をちゃぶ台の上につくと、反対の手で宙を人差し指で軽く横へ凪ぐ。


たかしの眼前にまたタッチパネルが出現する。思わず反射的に目を背けてしまう。このタッチパネルが眼前に展開される時、いいことがないというのはこの短時間に唯一たかしが学んだ事である。


それを察するかのように、煎餅にかじりつきながらメルシィが軽く笑う。


「大丈夫、次はほんとにほんと、あんたにとっていい話よ。てかこの作業やってもらわないと私いつまでたっても二度寝できないからはやくやってほしいかも」


たかしがゆっくりと目を開くとそこには……。




現実で不遇な思い、死んでも死にきれない恥ずかしい死に方をした皆さんッ!


今流行りの異世界へ転生してみませんか?夢の異世界でもう一度人生をやり直そう!




という怪しい勧誘サイトの様なキャッチコピーが書かれた画面が出てきた。画面の端に小さく『異世界転生協会』と書かれている。たしかにこのキャッチコピーはたかしに当てはまりすぎて困る。とりあえず画面をタッチする。


ピロリンッと効果音が鳴り、プロフィールを入力する画面が出てきた。まるで感覚はゲームのキャラメイクの様である。


「何これ?」


「みりゃわかんでしょうが。生き返らせてやるっていってんのよ。感謝しなさい」


流石にはいそうですか、とはならない。流石に話がうますぎる。なんの取り柄もないたかしが、異世界でもう一度生をやり直す事が出来る。しかし何故自分なのか。まさか……。


「俺は選ばれたのか、勇者に」


「ばっかじゃないの、妄想も大概にしなさいテクノブレイカー」


割って入るかのように鋭い突っ込みがはいる。


「んじゃなんで……」


「答えなんて一番最初の画面で言ってるようなもんでしょうが」


「……うむ?」


「だぁかぁらぁ、あんたがあんまりにも不憫で恥ずかしい人生を送って、はたまた死に方まであれじゃあ流石にかわいそうでしょうって今回の異世界転生の対象者に選ばれたのよ。我らが主に感謝しなさい、テクノ沢くん」


 理由は理解できたがあまり理解はしたくない、というよりも何となく自分自身に情けなくなった、たかしであった。しかしとりあえず生き返らせてくれるというのならうますぎる話ではあるが乗ってみるのもいい、いやもはやこの話に乗らざる負えない状況なのである、とたかしは悟った。


「まぁどんな理由でもいいさ。恥ずかしくない人生を次こそ歩もう。んで俺は何をすればいい?」


煎餅を口にくわえてメルシィは人差し指でタッチパネルを指さす。そこには質問が綴られていた。


「アンケート、か?」


「とりあえず参考までに答えて。内容は適当でもいいから」


「わかった」


とりあえず言われた通りに、目の前の画面に向かう。


問1 好きな食べ物はなんですか?




「豚汁っと」


「あぁ、あれ美味しいわよね」


「豚汁は無限に食えるな。腹に溜まるし」


「ふぅん。異世界でも食べられるといいわね」


「まっさか……お、二問目」




問2 コンプレックスはなんですか?




「身長っと」


「へぇ以外も以外ね。高い身長って男子からしたら憧れじゃないの?」


「いや陽キャラだったらいいんだろうけどな。残念ながら陰キャラだし、日本人でこの身長はすごく目立つからな。目立ちたくない俺としてはちょっとコンプレックスではある」


「ふーん、そう」


「三問目か。これで最後か」




三問目 ひとつ能力を得られるとしたらなんですか?




「これはいうまでもない。〝言語理解・及び翻訳〟だろ」


「あら、意外に現実主義」


「異世界なんだから言語が日本語なはずないしな」


「妙に賢いわね。ちなみに転生者の大半は創作物の読みすぎで異世界いったら自動翻訳機能が付与されてると思っていてるのだけどそこまで世の中甘くないわ。だからその大半は異世界転移後に夢も希望も打ち砕かれて二度目の人生を自殺で終わらせる人が後を絶たないわね」


「あっぶね。〝言語理解・及び翻訳〟選んで正解だわこれ」




一通りの質問を答え終わった後、ご回答ありがとうございました。それではよい異世界ライフを。と出てタッチパネルが消える。


「やっと終わった?全く手間取らせないでよね」


「いやそんな時間とってねぇだろ……まぁいいや」


「あと転移後にはランダムで能力が付与されるわ。だからもしかしたらチート能力持ちの英雄かもしれないし、はたまた何もない無能力者かもしれない。まぁなんでもありね」


「それ怖いな。よっしゃッ!次は全うに生きるぞッ!」


「そう……それじゃあ、いい異世界ライフを」


と言ってメルシィが身を乗り出し、たかしに近づく。まるで雌豹のようにゆっくりとちゃぶ台の上を這い、たかしの眼前にせまる。


「お、おい……」


さっきまであんなに罵られていたのにも関わらず、満更でもなさそうなたかしである。


そしていきなりたかしのおでこに柔らかな手が触れる。


そして一発。デコピンが一撃。たかしのおでこを貫く。


思わぬ痛みにたかしは仰向けに倒れる。


まどろむ意識の中最後に耳に入った言葉をたかしは覚えている。


「ほんと救えない変態ね。精々足掻きなさい。出来損ないさん」


 この時の彼にこの言葉の意味は分からなかったが、後にこの言葉が自身の運命を左右する事になろうとは思いもしなかった。かくゆう大沢たかしはこうして異世界に転生することになったのであった。


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