環夢

うーむ、またあの夢だ。


僕は深夜四時頃、1ヶ月ほど前から毎日見るようになった夢のせいで目を覚ました。


その内容は、ショートヘアの女の子にデートに誘われて、でも僕はなぜかデート中浮かない顔をしている。

それを見たその子が悲しそうな顔をするから僕が頭を撫でて慰めてやって、良い感じの雰囲気になると必ずそこで目が覚めるといった内容だ。


何度も同じ環を描いているようだから環夢かんむとでもいうのか。

そんな言葉は存在しないのだけれど、存在しないものがもし存在しているのだとしたら…



「「環夢」」



ちゅんちゅん


すずめが鳴いた。


蒸し暑い夜が続いていたがその日は珍しく冷夏で、まだ外は薄暗いままで完全に日は上りきっていない。


いつも早い時間に起こされるもんだからこっちは溜まったもんじゃない。

そして童貞の僕があんなかわいい女の子の頭を撫でているもんだから溜まったもんじゃない。


僕は1発生命の種を蒔きそれを純白のベールで包み込みいつものようにゴミ箱に捨てた。

日を重ねるごとにそれの山は積み重なり大きくなっていく。


僕「ふぁぁぁ、今夏休み中だし二度寝するかー」


僕は大きく欠伸をし、もう一度眠りについた。


グゥ。


また夢の世界へ来てしまった。

しかしいつもと違う、異変に気付いた。

先程の夢の続きを見ているのだ。

最初から始まるはずの環夢が続きから始まっている。


つまり現在僕はショートヘアの女の子の頭を撫でている。

今しがた生命の種を蒔いた後のその手で。ぐふふ。…失敬。すると、女の子が何かに気付き僕の目を見た。


女の子「あっ!お、大場くん!戻ってきちゃだめだよ…」


僕は自分の名前を呼ばれ驚いた。

さらにこの夢の世界がすごく現実であるように感じられて変な違和感を覚えた。


僕「ど、どうして僕の名前を知っているの?それにいつも君は僕の夢に出てくるけど誰なんだい?」


すると、女の子は少し寂しそうな顔をして僕の問いに答えた。


女の子「…私、あなたをずっと見てたから…大場圭おおばけいくん。あなたは私を知らないかもしれないけど私はあなたのことをよく知っているよ」


ケイ「ずっと見てた…ってまさかあれも…」


僕は先程の自慰行為のことを連想してしまっていた。


女の子「…ティッシュの山、たまには捨ててね…」


女の子は顔を赤らめ視線を逸らしながらそう言った。


オワタ。


恥の多い人生を送ってきたけど、目の前の女の子をオカズにしていてその事実をその子に知られているなんて…


放心状態の僕にその女の子は続けてこう言った。


女の子「恥ずかしいけど嬉しいよ…」


…えっ


ケイ(…んーなんだこれ?エロゲのやりすぎでこんな夢を見るようになったのか僕は。たしかにこういったシチュエーションは特に好きで何度も僕の子種は枯渇の一途を辿ってきた経緯がある。しかしそればかりでなく…)


妄想キモオタ全開の思考を張り巡らせていると女の子は僕の耳元に近づき囁いた。


女の子「ごめんなさい、もうお別れをしなくちゃ。私の名前は悠 冷夏ゆうれいか。また会いましょう大場くん。今度はそっち側で…」


ケイ「?そっち側?」


彼女の指が僕の額を軽く押すと僕の意識は遠のいていき辺りをじわじわと白い光が包み込んだ。


ケイ「ま、また会いに…くる…から…」


僕は遠のいていく意識の中で彼女にそう告げた。

彼女の瞳から何か零れ落ちたような気がしたがはっきりとはわからなかった。


ジリリリリ


煩い目覚まし時計の頭を叩き僕は目を覚ました。

目覚ましに起こされるのは随分久しぶりな気がする。

と悠長なことを考えている場合ではない。


今見ていた夢について、あれはなんだったのだ?

怖いくらいリアルな夢を見ていた。僕は自分の頬をつねってみる。


ケイ「いてててて。」


僕は自分でもバカなことをしていると可笑しくなってきた。

だいたいこの部屋、どう見ても自分の部屋だ。


ケイ「ははは、テーブルがあってテレビがあって正真正銘現実世界だ。それにゴミ箱があって…あれ?ゴミ箱の中が…」


ゴミ箱の中のティッシュの山がなくなっている。


???「変な匂いしてたから、捨てちゃったよ。」


僕はどこからともなく聞こえてきた声の方を向いた。


ケイ「き、君は…!」


そこには先程の女の子、冷夏と名乗る女の子がいた。


レイカ「ごめんなさい、お邪魔してます。」


にっこりと笑うと目が細くなり猫のようになる。

そんな彼女に見惚れてしまっていた。


ケイ「あ、あの、ごめん。なんか混乱しちゃってて、なにがなんだか。」


レイカ「どうして謝るのよ。ふふ、まぁ細かい詮索はやめてデートに行きましょう!」


レイカはいつも夢の中で僕にしていたように右の手のひらを差し出しデートのお誘いをしてきた。


ケイ「あ、うん…どこに行こうか。」



これが現実世界に突然現れた彼女との初めてのデートだった。

動物園へ行ったり水族館へ行ったり買い物をしたりカフェでお喋りをしたり日を増すごとに彼女の存在が大きくなっていった。


彼女が現れて2週間ほどの月日が経ったが、今は彼女といるのが楽しくてしょうがなかった。

毎朝彼女は僕を起こしに来て、そのまま手を取ってデートへ行きたくさん遊んだ後、日の暮れる頃彼女は自分の家に帰る。

今日もデートをしてきて僕は自分の家に帰ってきた。


ケイ「あーっ、レイカちゃんに会いたいよー」


僕はベッドに倒れ込み枕を抱きかかえ悶々としていた。


ケイ(そういえば、レイカちゃんってSNSとかやってないのかな?なんか質問しても誤魔化されることが多いからやってなさそうだけど…)


僕はスマートフォンを取り出し悠冷夏の名前を検索してみる。


ケイ「…っ!なんだこれ…」


僕は驚いた。

1ヶ月半ほど前に悠冷夏さんという人物が亡くなっているというニュースが表示されたからだ。


ケイ(一体、どういう…ただの偶然、同じ名前?一月半前…僕が夢を見始めた時期と…)


???「バレちゃった…」


ケイ「!!レイカ…ちゃん?」


彼女はいつものように音もなくそこにいた。

そして僕に隠していたことを話してくれた。


レイカ「ケイくん、実は私はもうこの世に存在しない人間なの…幽霊になってしまって、でもなぜか成仏もできなくて…誰にも気づいてもらえなくなってそんな時に鳥のヒナを助けていたあなたを見つけて好きになってしまった。すごく優しい人がいるんだって思って。死んでしまった後に後悔しても遅いのにこんな素敵な人がいるんだったら死ななきゃよかったって…だから私勝手にあなたの夢の中に出てきて…それだけじゃ満足できなくて今もこっちの世界にまで来てあなたを…」


ケイ「レイカちゃん…」


僕は気の利いたことを何も言ってやれなかった。

ニュースの記事には彼女が飛び降り自殺をして亡くなっていたと書かれていた。

こんなに明るくて可愛い女の子が内に何を背負っていたのかはわからないが、ただ一人でそこまで追い詰められて苦しんでいたんだと思うと胸が締め付けられ苦しくなる。


ケイ「僕は…僕も君のことが好きだ!」


僕はとにかく彼女にも僕の気持ちを知ってほしいと思った。

思うと同時にすでに言葉にしていた。

言った自分も驚いてしまったが彼女も目を大きくしていて、その瞳から今にも涙が零れ落ちそうになっていた。


レイカ「やめて…そんなこと言われたらもう未練も何も無くなっちゃって成仏しちゃう…」


彼女の身体がうっすらとなっている気がする。

しかし、伝えなければいけない。

今度は僕の方から。


ケイ「レイカちゃん、君が好きだ。デートをしよう」


僕は彼女の前に右の手のひらを差し出した。

少しの間、時間が止まったような不思議な感覚がした。


レイカ「…うん!」


彼女は大きく頷き、その目は猫のように細くなる。

そして、僕の手に触れる手前で彼女は消えてしまった。

どこに行ったのか、そもそも存在していたのかすらわからない。

しかし、彼女の瞳から零れ落ちた雫は僕の部屋の床にたしかに残っていた。


人は死んでしまうと星になると言うが本当だろうか。

部屋の窓を開けたくさんの輝く星を見て思う。


まぁ、なんにせよ僕が星を好きになったのは言うまでもない。


ー完ー

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