AM 2:43
「ホントに、ゴメン」
一度お風呂にはいってきたら?って言われて「そんなことしてるうちに君が逃げるかもしれないじゃん、却下」って答えたらさらにうなだれた彼がぽつりとこぼす。
「今更って言われるかもしんないけど、オレ元々、初めての相手ってうまくいくことなくて」
「はあ」
「ていうか童貞のころにはじめてやろうとした時がうまくいかなくて。その時に相手に怒られたのが今でも気になっちゃってて」
「へえ」
「だから大体は、っていうほどそんな経験あるわけじゃないけど、つきあって何度か試してそのうち慣れて大丈夫になってっていうパターンでさ」
「ふーん」
「まあナツミとつきあった時もうまくいかなかったんだよ。オレもうそのときめっちゃ落ち込んで、また怒られるかも、とかガッカリさせちゃうかも、って考えて。でもナツミは笑って大丈夫だよ気にしてないよって言ってくれてさ、初めての時の失敗談話してもそんなよくあることだよってはげましてくれたりしてさ。だから、ナツミのことはもう好きじゃないけど、恩は感じてて。だから長くつきあったっていうのもあるんだけど。でも結局まだ乗り切れてないってことなんだろうなって……この先もそうなら男として自信なくす部分があるっていうか……」
「ちょっと待ってストップストーップ。え、なにアメリカ映画にでてくるようなそれまでうまくいってなかった二人が中盤にいきなり『実はさ』みたいな身の上話して相手がカウンセリングして仲が縮まるみたいな状況になってるの?」
「え?」
「いやいやそんな君のトラウマカウンセリングとかする気ないよ?ここただの現代日本のラブホテルの部屋であってスクリーンにうつるアメリカ映画じゃないよ?わたしがそうか今まで大変だったんだねっていって慰めるみたいな展開ないよ?」
「え?いや、そんなつもりじゃ」
「じゃあどんなつもりでその話したの?あ、逆にわたしのせいじゃないって慰めのため?むしろさ、大体の場合はって言ってるってことははじめからうまくいったパターンもあるわけでしょ?」
「あ、いや、それはまあそうだけど」
「たぶんだけどそれってそれこそワンチャンみたいなパターンだったんじゃないの?ちゃんとつきあってる相手だと緊張してうまくいかなかっただけじゃないの。そうするとうまくいかなかったのってナツミいれて二人か三人ってとこでしょ。それで自信なくすとか意味わかんないし。あとうまくいかなくって慰めるのなんて恋人ならそれも普通でしょ。だって次があるってことだもん。一回こっきりってわけじゃないもん。わたしは君の恋人じゃない。だから次の約束なんてないし、それこそワンチャンだと思ってた。だから慰めて次がんばろうとかそんな話できないし、むしろ今までのワンチャンでできてたのならなんでわたしのワンチャンはダメだったんだろって逆に落ち込むしかない話じゃんそれ」
「え、えーっと、そうなの?」
「そうそう。まあそれこそ恋人の話だったら聞くし慰めもするけどさ、今その自分語りはないわーナシよりのナシだわー」
「いや、その、ちゃんと説明しといたほうがいいかなって」
「だから逆効果でしかないよね。ていうか自分も辛いんですみたいなアピールだったよね。辛さアピールするならこっちのほうが絶対勝つんだけどその不毛な争いしちゃう?」
わたしがどれだけ今日の日のために費やしてきたのか、それが失敗に終わってどれだけ辛いかって話をはじめたら勝利するのはわたしに決まってる。まあそんな話しないけどね。服を新しくしたり髪の手入れしたり体磨きしたりSNSをさりげなくチェックしたり生理の後始末をしたりしてたなんて話、そんなの表に出すつもりはない。そういう努力はひそやかに行われて、女同士だけで共有されてればそれでいい。そしてできれば男側はその詳しい努力内容は知らなくてもキレイにしようと頑張ってくれてるんだなって気づいてくれてればそれでいい。
鼻の毛穴汚れを落とすために電子レンジで濡れタオル温めてそれを顔にのせるのを繰り返す小技とか、皮脂崩れでファンデーションが落ちないようにするためにベースメイクを整えたあとに洗面桶に顔を突っ込んで水浸しにするテクニックを使っているとか、そんな細かいことは別に知られなくったっていい。
キレイにしようとする努力をしているのは、別に世の男性のためよりも自分自身のためのことのほうが圧倒的に多いけど、好きな相手や恋人のためにキレイにしようっていう女も多いと思うの。ちょっと電車にのったら、ああ今日のために頑張って彼女はメイクしたんだなってカップルなんてよく見かける。その頑張りに気づけよ彼氏って心の中で念じることもよくある。今日いつもより可愛いね、って一言いってあげなよって他人事ながら思うこともある。
まあわたしの場合は好きな相手でも恋人でもなくて、ただたんに一回セックスしたい相手なのでわりとカラダのほうに気を使ってたわけですけど。
そりゃ男のほうだってわたしの知らない努力をしたり、辛いこともそりゃあるんだろうけど。EDって男性にしたら深刻な悩みだしね。これで常にダメなんです、っていう話だったらわたしも考えは違ったけど。でもそうじゃないってことはナツミから聞いてたから知ってるし。彼氏とどんなセックスしてるかなんて話はつつぬけですからね。まあどんなに頑張ってもダメだって場合はナツミならもっと早く別れてると思うけど。
「えー……その、ゴメン、ほんと」
「いいよ謝んなくて。それよりビール頼んで」
「……お前、もともと他の女よりサバサバしてるとこあるなって思ってたけど、なんかいつもよりすごいね」
「誰のせいで荒れてると思ってるのかまだおわかりにならないんですかバカですか?」
「あ、ハイ、スミマセンでした。いや、でもお前のその女らしくないっていうか、いやええっと違う、その、ふつうの女子っぽさがないっ性格はつきあいやすくていいと思うっていうか。あ、いや、もちろんちゃんと女ってわかってるけど」
「わかってるよ」
慌てふためく彼から目を背けて、わたしはビールを飲む。
「知ってる。可愛げがないっていうんでしょ」
「や、違う、そうじゃなくて」
「別にいいよ。わかってるから」
ビールがぬるくなってきた。
「わかってるよ、そんなこと」
わたしは、オンナノコらしくふるまえない。
例えばさりげなく「わあすごーい」ってバカみたいに男を立てる会話もできない。なんか言われたら十倍にして返す。「生意気だな」って男の先輩たちから言われてきたことも何度もある。
おっぱい目当てでやってきた男たちは、おっぱいにわたしが脳の栄養が回ったものだと思ってるのか知らないけど、バカにして近づいてくるひともたくさんいた。そこでわたしが期待通りにしないとわかると、「可愛くないな」って言ってくる。なんでわたしがあんたのために可愛こぶらなきゃいけないんだ、って思ってさらに意固地になって、ってやったらもう演技でも可愛く振る舞うのは無理だった。
さすがにもう大人だから、そこそこ大人しく相手にあわせることはできるけど、やっぱり会話でその気にさせたり、メンツを立てようとすることとかは相変わらずできなくて。他の女の子たちが学生時代までにつちかう「オンナ」としての処世術を、わたしは手に入れるタイミングを逃してしまった。
そう、わたしには、致命的に可愛げがない。
そんなことは自分がよくわかってる。
わたしの性格はほんと可愛くない。口だってお上品とはいえないし、ズバズバものを言うし。会話とか気立てのよさなんていうもので男をつかまえることなんて芸当はわたしにはできない。
だから、わたしは外側にすべて努力を注いだ。
わたしが気の利いたことが言えなくたってグラスを持つ手の指先はぴかぴかだし。適当に相槌を打ったら髪の毛はさらさら流れるし。なによりどんなに可愛らしいことを言えなくても、わたしにはこのおっぱいがあるし。
性格が仕方ないのならばと、外見を、体を、女らしくするために必死になったのだ。
だってわたしは可愛げがないから。可愛くできないから。中で勝負できないなら外で勝負するしかなかったから。
その勝負のためにわたしがついやした努力を目の前の男は知らない。
もっと最初から、可愛いことができたなら、わたしはもっとうまく彼とセックスできたのかもしれない。
長年付き合ってきた戦友たるおっぱいよ、持ち主のわたしがふがいなくて、勝負に負けてごめんね。
「可愛くなくて、ごめんね」
わたしはビールをぐいっと飲んで洗面台にむかった。彼はあたふたとしながらついてきた。
「え、その、どうしたの、気分悪いの」
「違うし。メイク落とさなきゃ寝れないじゃん」
「え、寝るの?」
「寝るよ。あ、そういう意味の寝るじゃないよ。睡眠をとるための寝るだよ。ベッド使っていい?」
「え、うん、それはもちろん。えっとオレどうしたらいい?」
「ベッドで一緒に寝ればいいんじゃないの……って恋人でもなくてやったわけでもない女とは一緒に寝れないのか。始発まで時間あるし、ソファにいたら?」
「あーそうするか……朝になったらすぐ帰る?」
「うん、それでいいよ」
メイクを落としてアメニティの化粧水と乳液をつけるために鏡を見る。
すっぴんでもそこそこ可愛く見えるまつエクすごいな。
でもそれにも今となっては意味はない。
わたしはもう勝負に負けた敗残兵だ。
負けた戦場には長居したくない。
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