AM 1:22

「……え?」


目を丸くした彼がベッドに座ったままこっちを見てる。やる気ないって言ってるならベッドじゃなくてソファ、いやいっそ床に座れよと思うけど、さすがにそれを口にする気はない。

わたしはさっきの発言の勢いでソファから立ち上がっていた。ああ、もしかして彼がこっち座らなかったのはわたしがソファに座ってたから、密着度が高くならないように逃げのためだったのかもしれない。いや、それならなおさらやっぱり床に座れよと思っちゃうけど。


「えーと……それは、その、オレのことが好きってこと?」

「いや、ある意味ではめちゃくちゃ好きなんだけど、恋愛関係になりたいとか、恋人になりたいとか、そういう意味で好きとかはぜんぜんない。むしろつきあいたくない。わたしもグループ飲みなのに他に男がいたら行くなとかいうようなタイプの男つきあいたくない」

「え、そこそんなにダメなの?ダメ評価なの?えっと、そうじゃなくて、その、じゃあ……なんでオレとやりたいって言うの?普通、女って好きな男としかしたいとかそういうもんじゃないの?」

「そんなフツウの話とか知らないし。まあ実際セックスする相手は恋人とっていう女は多いと思うけど、別に好きとかじゃなくてもセックスしたいって思う人は結構いるんじゃない?それこそ男の人だって好きな女じゃなくてもセックスできるひと沢山いるでしょ?」

「いやでもそれは男の話で、女とは違うじゃん」

「女にも性欲くらいあるんですけど。まあ男女関係なく性欲とか恋愛感情持たない人もいたりするけど……うわあすごく何言ってるかわかんないって顔してる。うん、ほんとつきあいたいとは全然思わない。たとえば君って映画のエンドロール最後まで見る?」

「エンドロール?あの映画終わったあとのなんか役者の名前とかのってるやつ?」

「あーもういい、おーけーおーけー、わたしエンドロールになったら席を立つタイプのひととはつきあえない。まあそれはそれでいいんだけど。そこも踏まえたうえでわたしは君とセックスがしたい。それだけ」

「だからそれって……オレのこと好きだからってわけじゃないの?」


このめんどくさいやりとりがイヤだから、「酔ってなんとなくいい気分になっちゃったからワンナイトしちゃった」コースでいこうと思ってたのに。全部台無しにしてくれやがって͡コノヤロウ。

そりゃめったにこういうこというタイプの女がいないことはわかってた。だから隠しておきたかったのに。わかってもらえる気がしなくて、面倒な誤解してほしくなかかったからふいんきで流されてほしかったのに。あれふいきんだっけふんいきだっけ。


「恋愛感情っていう意味では、好きじゃない」


でももうここまできたらぶっちゃけるしかない。ここは好きっていうことにしてたほうがうまくおさまるのかもしれない。でもわたしは恋人になりたいとか全く考えてないし、それで尻込みされてもやっぱりイヤだし。

それなら面倒な誤解をさせるよりも、直球で話すことしかわたしにはできない。


「でも、わたしは君にめちゃくちゃ性的欲求を感じてる」

「は?」

「もうね、なんていうかね、顔とか声とか体つきとかあと匂いとか、なんかそういうの全部が子宮にくるっていうか」

「え?」

「好みドストライクっていうの?もう完封試合って並みに理想そのものっていうか。いやむしろこれが理想だったんだなって思わせられたっていうか」

「ええ?」

「理想の塊の男がいるならセックスしたいって思うじゃん?ていうか性欲の好みとしての理想っていうの?一度でいいからヤりたいなと。ワンチャン試してみたいなと、もうずっと思ってたわけです」


そう、初めて会ったあのときから、わたしはずっと彼とセックスがしたかった。

彼はめちゃくちゃイケメンってわけじゃない。まあまあいいかなっていうくらいの顔のレベルだと思う。でもすっと通った鼻筋とか、ちょっと斜めから見たときのとがった顎のラインとか、そういうのにわたしはしょっぱなからときめきっぱなしで。

あと声。声もやばい。ちょっと少年っぽさを感じるけど高すぎないその声は何かしゃべる度にわたしの耳をくすぐって。その声をベッドの上で聞いたらどうなっちゃうのかなって。想像しただけで耳がはらむ。

そして匂い。思わず「なんの香水つかってるの?」って聞いたら「え、何もつけてないよ?」って言われたときの驚愕ったらなかったね。つまりは素の匂いでそれですかと。相性がいい相手の体からはフェロモンな感じでいい匂いとして感じるっていうけど、もしもそれが本当ならこれは相性フルホームランなんじゃないかと。ホームランしちゃっていいのかわかんないけど。野球くわしくないし。

とにもかくにも、わたしは彼と一度でいいからセックスしてみたかった。外面を構成するすべてがわたしの性欲衝動をゆさぶってくる男と、セックスしたくてたまらなかった。会ったときからずっと願ってたこと。その機会を虎視眈々と狙ってた。さすがにナツミとつきあってる時にアプローチをかける気はなかった。でもどうせ別れるだろうなって思ってたから、待てた。

そして二人は本当に別れて、全ておぜん立てできた本日。フライデーナイトはわたしが夢見たパーリナイトなロマンティックメイクラブナイトになる予定だった。だったわけです。

だけど、こんな直球で話したら引かれるに決まってる。わたしだったら好きでもない相手から「性的な目でしか見たことありません」なんて言ったら引く。引きまくる。

彼が理性を取りもどせないくらいもっと飲ませればよかったのかなあ。でも飲んで酔いつぶれられても困ると思ったんだよ。ほろ酔いくらいでいいかなって。それか速攻で押し倒せばよかったのか。いやでもそれだと男女逆でもレイプみたいなもんだし。


「えーっと……いまいちいまだによくわかんないんだけど、とりあえず、その、オレとエッチしたい、って気持ちがあるってことだよね?」

「うん、そーそー。むしろそれしかないです。ごめんなさい」


反省しかない。なんか彼はうんうんうなってるけどそれはわたしの気持ち悪さにどう対応したらいいのかわからないからか。言うべきじゃなかったか。嘘のつけない性分なのがここでイヤになる。ただし終電に気づかないフリをしたのは嘘の範囲内ではない。


「ほんとはまだやっぱり元カノの友達っていうのは抵抗感あるけど……でもそこまで言われちゃったら……」


ここから挽回する方法はなにかあるだろうか。もう脱ぐか。脱ぐしかないか。女の裸を見たら彼でもその気になるかもしれない。でもそれだと痴女じゃないか。変質者と変わらないじゃないか。相手の合意なく勝手に脱ぐとかやっぱりよくない。ああこれなら部屋にはいってすぐお風呂にいってバスタオルまいて出てくればよかったのか。ちょっと雑談してからとか考えてたのがよくなったのか。


「男としては嬉しいし、だからさ、その……」


ここは奥ゆかしく三つ指ついて「こんなふつつかな体ですが一晩だけもらってください」とお願いするべきか。それともお金を払うべきか。こういうときの相場はいくらなんだ。出会い系ではイチゴとかよく聞くけどそれって男が女に払うパターンだし。逆ってどうなんだ。考えろ考えろ挽回できる一手を考えるんだ。わたしはクールに生きる女だ。わたしのクールさで冷静に頭を回せばクールな案が出てくるに違いない。

よし、もうここはクールな一手で潔く土下座で「セックスさせてください」と頼みこもう。これ以上ないクールな方法だ。土下座は最高のクールスタイルだ。

よっしゃ気合いれて土下座するぞ、とわたしが頭を下げようとしたとき。


「とりあえず、一回やってみる?」

「よろしくお願いしまああああす」


天からの救いの一言にわたしはクールさを投げ捨てて高校球児並の勢いで叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る