今夜の戦場はラブホテルBird301号室
コトリノことり(旧こやま ことり)
AM 1:05
「やっぱり、こういうのダメだと思うんだ」
は?なに言ってんの?って思わず言いそうになった。
ここはどこにでもありそうなありふれたラブホテル。高すぎもなく、安すぎもなく、冷房しか効かないエアコンにソファにテーブル、ちょっと乙女チックなパステルカラーの壁紙をしたラブホテルの一室。ここでいいよね、ってお互いで確認して、合意の上で選んだ部屋。
さっきのセリフを言い放った張本人である男は、いまその部屋のベッドに居心地悪そうに座っている。
そう、彼はラブホテルの、301号室の、ベッドに座っているのだ。
念押ししよう。わたしは彼氏のいない異性愛者の女性であって、彼も絶賛フリーの男性で、二人きりでラブホテルの個室にいて、彼はそのベッドの上に座っている。
二人きりでホテルの部屋にいる状況で、彼は先ほどの言葉をのたまったわけだ。
「は?なに言ってんの?」
やばい、抑えきれず声に出してしまった。
いや、でも、そう言ってしまっても仕方ないじゃない?今日は金曜。イッツフライデーナイト。そしてフリーの二人が二週間前から今夜飲むことを予定して、予定通りカジュアルだけどちょっとおしゃれなイタリアンなんかに行っちゃて、二軒目はふたりきりだし年齢もお互い三十歳手前な大人だからカラオケとかじゃなくてバーを選んだりして、「わたしこのカクテル飲んだことないな」「あ、じゃあオレはこっち頼むしそれ頼んでみたら?」って楽しく飲んだりして、おかわりを頼みながら「あ、もう終電なくなっちゃう」なんてことを気づいてたけど気づいてないフリして言っちゃって、「どうしよっか?」ってお店を出てから照れあっちゃったりしちゃったりなんかして、だいたいその二軒目はラブホテルが近い飲み屋街で有名だったわけで、大人な二人はこれからパーリナイな夜を過ごしちゃうナイトを想像しちゃうわけじゃない?フライデーナイトなパーリーナイトなロマンティックナイトじゃない?
しかも酔っ払いすぎてるわけじゃなくて、フラフラしてるから介抱のためなんて言い訳でもなくて、きちんと合意の上で二人で「どの部屋にする?」って話しながらここまできたわけよ。ラブホの。部屋に。インしたわけ。
それがどんだけ頭がパーリーナィッなセリフがここでできちゃうかもう疑問しかないじゃない?
「やっぱさ……元カノの友達とそういうことするのってさ、やっぱ……なんかなって」
「え、超絶今更すぎ問題」
だったらそもそも二人きりで飲むなよ。そしてラブホにくるなよ。そしたらあれか?その理由がまかり通るなら君の元カノのナツミとはいってた大学のサークルメンバー全員ダメってこと?君たちそのサークルで出会ったんだよね?え、思い切り選択肢の幅狭くならない?
いやいやそういうことじゃない、そうじゃない。ほとんど知らないサークルの方々のことなんて私には関係ない。わたしとナツミは別々の大学で、わたしの友人がナツミとおなじ大学で、その縁で会社勤めしてから知り合った友達なだけだ。わたしにはそのサークルの方々及び元大学の卒業生の皆様とのご縁のことなんざ関係ない。
そう、冷静に、冷静になれ、イッツビークールだ。
「えっと、でもナツミとは別れたんだよね?君の方がふって」
「いやまあ、そうなんだけど……だってあいつ普通に他の男と飲みにいったりするしさ」
「あーそれナツミからも聞いてたわー。飲むメンバーに女の子もいるのに男がいたらアウトとか厳しすぎるって」
「や、でもよくないだろ!?彼氏いるのに男と飲むとか」
「ナイショにして二人きりで飲みにいってたりしたらアレかもしんないけど、グループ飲みもダメっていうのは厳しすぎると思うよ」
「森下にもそんなこと言われたな…そんなにオレがおかしいのかな」
「森下くん……ああ君と同じ会社の」
ナツミと森下くんも含めて4人で飲んだことはある。というかそれがこの男と初めて会ったきっかけだった。森下くんは彼と同じ会社で、部署は違うけど同期ということもあって二人は仲がよくて、「じゃあ彼女紹介するよ」みたいな話だったらしい。で、ナツミが初めて会う人だし自分の友達もつれていきたいって行って選ばれたのがわたしだった。
ぶっちゃけちゃうとナツミとはめちゃくちゃ仲がいいってわけじゃない。たまに飲んでお互いの話をするけど、親友とかそういうのではまったくない。ただナツミがわたしを選ぶ理由は、わたしの口が堅いから。ただそれだけ。
それだけの理由で選ばれたわたしは、彼と会った。
会ってしまった。
会ってしまって、わたしは、それから。
「え、もしかしてナツミのことまだ引きずってる?」
二人が別れてからもう半年は経つ。だからもうそろそろいいかな、なんて思って今回誘ったのだけど。
考えてみればナツミと彼の付き合いは大学時代からで、ゆうに5年以上の交際期間があったわけだ。半年やそこらじゃ消えないほどの彼らの思い出があるかもしれない。思い出、のあとに「かっこわらい」ってつけたいけど。(笑)
「いやそれはない。最後のほうはマンネリだったし、デートするのも月一くらいでなんかそれも義務感みたいな感じで。しかもあいつオレに連絡しないで他の男もいるところに飲みにいったりしてたし、もう全然気持ちとかはない」
マンネリ化してたのは知ってる。それにナツミが他の人達とよく飲みに行ってたのも知ってる。だってナツミから全部聞いてるから。
でもわたしは律儀に待った。二人が別れてほとぼりが冷めるこの機会をずっとずっと待ってたわけ。
待ってたから、尚更な話なんですよ今この状況が。
「じゃあナツミの友達だからとか気にしなくてよくない?あ、もしかしてこのまましちゃってわたしと恋人関係になったりするのがイヤとかそういう理由だったりする?大丈夫、安心して、わたしそんなことこれっぽっちも思ってないから。ただの一夜限りのアバンチュールだから。ワンナイトラブ前提だから。君も気軽にワンチャンご馳走様くらいの感じでいいから」
「え、そんなにワンナイトとかワンチャンとか言うなよ。ていうか、その、なんでそんなに押し気味なの?」
「それは」
この日をずっと待ってた。
この日のために、ナツミっていうつながりがなくなっても疎遠にならないようにSNSで時々絡んで、個人的に星時代のほうがよかったよなと思いつつもアピールしすぎない程度に「いいね」とかやったりして、でもほんとは彼のホーム画面から飛んで他の人のリプライ見たりそのリプライ先の相手を見てナツミの次に女ができてないか確認したりして、でもまあそんな気配もなさそうで、ちょうど最近流行ったミステリー映画をどっちも見てたからSNS上でだけどやりとりして、その流れで「久しぶりに飲みにいく?」っていうところまで持ち込んで。
日程が決まった二週間前からはもうこの日のためにすべてをつぎ込んだよね。新しい服を買うのはもちろん、ヘアカラーも染め直して、すっぴんになっても可愛く見えるようにまつげエクステにもいったし、ネイルは仕事上できないのと彼が好きじゃないのは知ってたから爪の表面がつがつ磨いてオイルぬってぴっぴっかにした。その爪は今も綺麗に指先で輝いてる。マニキュアがなくても爪は綺麗にできる。もともと形と色がわるくない指先でよかった。ちなみに靴は新調してない。慣れてない靴にすると靴擦れがこわいからね。そしてあえてヒールじゃなくてぺったんこパンプス。ナツミはわたしより身長が高かったから、あえて身長低さで可愛さアピール。
他にもいろんな、いろんなことを仕込んできたの。
だって、それは。
会った時から、私は、ずっと。
「わたしは君とセックスがしたい!」
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