第2話東照宮
「佐藤さん、これ、何時になるか分からないですよ。」
道路は渋滞し、車はほとんど動かなくなった。駐車場の列がずっと続いているような具合だった。
「手前で停めて歩きましょうか。」
二人は何とか日光橋を越え、その後すぐに見えた美術館の駐車場に車を停めた。車の列はまだまだ続いている。それもそのはず、その美術館の駐車場から、かなりの急坂を上る羽目になった。車の列をたどり、宝物館の横を抜けて、参道に出た。
観光客でごった返す中、鳥居をくぐり、拝観券売り場へ行った。ごった返している割には、窓口は混んでいなかった。団体客が多いためだろうか。窓口で写真を見せて聞き込みをしたが、どの人も覚えていなかった。伊藤少年が券を買ったとも限らない。または、ここに来ていないのかもしれない。
東照宮内に入るのは諦め、引き返した。参道の脇にお土産屋さんと食堂が一緒になった「きしの」という店があった。ちょうどお昼時だったので、二人はそこに入った。名物の湯波そばを注文し、店員に写真を見せた。
「この少年、覚えていませんか?」
律子が写真を見せると、店員の中年女性は素っ頓狂な声を上げた。
「あれまあ!なんてきれいな子なの!うーん、こんな可愛い子は見てないわねえ。」
すると、もう一人の店員、同じく中年女性が寄ってきて、頭を寄せ合って写真を見た。
「ほんとだあ、こりゃあ可愛い男の子だわあ。うん、ここには来てないわね。来てたら絶対覚えてるもの。」
「そうですか。ありがとうございました。」
律子はお礼を言い、湯波そばを待った。日光湯波は黄色くて、ぐるぐると筒状に巻いたものを輪切りにして煮る。温かいそばに乗って出てきた湯波は輪切りが二つ。卵焼きのように見えた。
「ん!ほんのり甘い!出汁が効いてますね。」
良平が湯波を食べて感嘆の声を上げた。ちなみに、京都のゆばは湯葉。日光のゆばは湯波と書く。
律子と良平はきしのを出て、参道から斜めに伸びている杉並木を歩いて行った。その先には二荒山神社と輪王寺がある。とりあえず二荒山神社へ行ってみると、観光客もまばらだった。ここには夫婦杉、親小杉と呼ばれる杉の木が祭られており、縁結びの御神木もあった。
「ここは、縁結びの神様がいるのね。」
律子は、たくさんぶら下がっているハートの書いてある絵馬を見て言った。絵馬を売っている巫女に写真を見せに行ってみた。
「すみません、この少年を見ませんでしたか?」
「あ、見ましたよ!そう、この子ちょー可愛かったから覚えてますよ。」
巫女にしては現代っ子丸出しである。
「絵馬を買ったんですか?」
律子が尋ねると、
「いいえ。その子ね、絵馬を買おうとしてここに来たんですけど、絵馬にハート型が書いてあるのを見て、躊躇して、くくく。そして、買わずに行ってしまいました。」
その時を思い出したようで、笑いを挟みながら巫女は言った。
「彼は、誰かと一緒でしたか?」
律子が尋ねると、巫女は宙を睨んで考えて、
「ここに買いに来たのは一人だったけど・・・その後誰かの所へ走って行ったような感じだったんですよねー。」
「どんな人と一緒だったか、見ませんでしたか?」
「次のお客さんが来ちゃったんで、見てないです。」
「そうですか。この少年を見たのはいつ頃ですか?」
「昨日の夕方です。ここ5時までなんで、そのちょっと前だったかな。」
「大変参考になりました。ありがとうございました。」
二人は授与所を離れた。
「佐藤さん、彼は恋人と一緒だったって事ですかね?わざわざ縁結びの神様の所へ来て絵馬を買おうとしたわけですから。」
「そうねえ。だとすると車を運転する恋人。年上の彼女って事かしら?」
律子にも高校生の息子がいる。息子が年上の女性と付き合うという事を想像しようとしても、想像がつかない。若い男の子にとっては、少しでも年上の女性というのはすごく大人に見えるものである。まだまだやんちゃな男の子が、どうやって年上の恋人と付き合うのか、想像がつかない。
「とにかく、昨日ここへ来た事は分かったわね。5時にここを出たら、あとは宿に行くんでしょうけど、宿を見つけるのは難しいから、今朝からの足取りを追いましょう。」
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