17話―⑬『少女の選択』
爆風が辺りを吹き荒れる。着地し影の拳を上げてみるが、その下に天神朝陽はいなかった。
「これは驚いた」
すぐ後ろで低音が呟いた。再び影を振るうが、感触はない。逆に私が殴り飛ばされていた。壁か床か、背中を叩きつける。朝陽は華麗に着地し、私を疑うような眼差しで眺めてきた。
「貴様、どうやって侵入した?」
「教える義理はない」
「フン……まあいい。貴様一人だけでどうにかなるものではない」
朝陽と共にいた女は、庭まで飛ばされていた。彼女を助ける者は現れない。
随分静かだ。睡蓮の言う通り、本当にこの二人しかいないのか。もう直人達は、罠にハマってしまったのか?
「そんなに不思議か?」
目の前で太刀が振り下ろされる。寸前で避け、影で朝陽の足首を捕まえた。別の影で朝陽を殴る。追撃を加えようとすると、聞き慣れない言葉が飛んできた。
「『ポースフォスィオル』」
次の瞬間、朝陽の周りに光の壁が現れ、影と相殺された。別の角度から攻撃しても、同じように防がれる。影に気を取られていると、太刀で腹を斬られてしまった。
「恐ろしい武器だな。魔導石は」
朝陽と距離を取りながら後退する。
魔導石を使ったなら、髪の色が変わると言っていたが……雷と似た茶髪に変化なし。こういうこともあるのだろうか。
「この力を使いこなせば、貴様ら闇の者など一捻りだな」
「ハッ……神にでもなったつもりか?」
「神か……それもいいな」
ふざけんな。こんな自分勝手な神はお断りだ。死んでも反抗してやる。
影の攻撃は全て光で防がれた。ならばと刀で襲い掛かっても、決定打を入れることが出来ない。どちらも掠り傷程度で、体力だけが消耗していった。
何とか隙を突いて、重傷を負わせられれば……それさえ入れば、戦況は一気に有利になるはずなのに。
「貴様は仲間を助けに来たのか?」
斬り合いの合間に、朝陽が問う。だったら何だ―――そう答えると、フッと奴は笑った。
「ならば無駄なことだ。もう奴らは助からない」
突如目の前が発光し、目が眩む。その隙に肩を斬りつけられた。庭へ避難するが、その後を朝陽も追ってくる。影で壁を作っても、すぐに相殺された。
「私は貴様らを迎え撃つ為に罠を張っていた。それは私の元には辿りつけないという、非常に単純な罠だ」
――――――みんな消えちゃったの!
睡蓮が見たその現象は、やはり罠だったようだ。私はそれを伝えに来たのに、それは叶わずボスと戦っているが……。
「この敷地に入ってきた者は、誰であろうと飛ばされる。つまり、今貴様の仲間と我々の軍は、ここではない『異空間』で戦っている」
なるほど。消えたというのは、異空間に飛ばされたということか。ご丁寧に教えてくれやがって。余裕か。
「でも、それなら帰ってくるのは簡単じゃんか」
「鍵を外したままにさせておくと思うか?」
たしかに思わないな。私も逆の立場なら、何がなんでも閉じ込めようとするだろう。
朝陽は距離を取って後退した。私は倒れている女の横に立つ。
「あちら側からは簡単には帰れないようにしてある。準備は万全だ」
「それも時間次第だろ。鍵を開ければいずれ帰ってこれる」
「準備は万全だと言っただろう。貴様は阿呆か?」
分かりやすく説明しないお前が悪い。そういう目で朝陽を睨んだら、すぐ睨み返された。
「異空間の出入り口はすぐに封鎖する。だから無駄だと言ったんだ」
再び光が放たれ、目の眩む間に太刀が襲い掛かってきた。少しだけ目が慣れたお陰で、間一髪刀身から逃れることが出来た。そのまま朝陽に刀を突き出すと、刃先は奴の腹を掠った。反撃を恐れ、朝陽と距離を取る。
「出入り口を封鎖するなんて出来るわけない」
「何を言っている? 異空間の最大のデメリットは、出入り口の物理的依存にある」
「そもそも、その出入り口ってどこの話だ」
「分からないか?」
分かるか。私はそこまで察しが良くない。第一、そんなすぐにバレちゃあ、罠を張ったそっちとしても困るだろ。
朝陽は太刀を持った腕を上げ、そのまま横に振った。
「ここら一帯だ」
一帯―――? 何も見えないんだが……。空中に存在するってことか? たしかに、出入り口自体は目に見えない魔力だ。だから基本的にはどこにでも作れる、と言われているが……。
「四方八方、あらゆる角度から侵入されても良いよう、ドーム状に出入り口は張ってある。それを封鎖することなど、造作もない」
「……何をするつもりだ」
「知りたければ私に殺されろ。死ぬ直前に教えてやる」
「じゃあいい」
再び斬り合いが始まった。お互い魔法は無効化される。あちらが何か仕掛ける前に策を練らないと―――そう思った瞬間、朝陽が袖内から拳銃を取り出し、こちらに発砲してきた。咄嗟に張った影で目の前が死角になり、朝陽が迫ってきていたことに気付かなかった。光をまとった太刀を目の前で振り下ろされ、影ごと深く抉られた。思わず足がよろめく。
「死ね」
胸を刺され、全身が硬直した。吐血をし、刀身を引き抜かれた反動で倒れる。
あー………やばいなこれ……本当に死ぬかも……。
「フン………こいつのどこが要注意人物だか……」
太刀を鞘に収め、私を見下ろしながら朝陽は呟く。そして奴は、敷地を囲っている塀に飛び乗った。
「ちょうど時間もきた。その身に教え込んでやろう」
朝陽と同じように塀に並ぶ数人が現れた。視界がぼやけていて顔がよく見えないが、全員男と思われる。
男達は、空に手のひらを突き出した。その上空に、「何か」が生み出されていく。それは次第に大きくなっていき、やがて巨大なドーム状となった。
その瞬間、何をするつもりなのか、全て理解した。
「出入り口に蓋をする。ただそれだけだ」
異空間の出入り口は、例えばドアにそれを作れば、ドアに鍵をしめたり物を置いて通れなくすれば、封鎖することが出来る。要は、外的影響を受けない異空間そのものとは違って、出入り口自体は「物理」に依存するのだ。
出入り口はドーム状だと、朝陽は言っていた。つまり、同じ大きさのドーム状の「何か」を作って被せれば、出入り口を塞ぐことになるのだ。
そしてその「何か」が、これなんだ。
「これで終わりだ」
朝陽の無機質な声と共に、「蓋」が天神家の真上に浮かんだ。よく見ると、離れた塀の上にも誰かがいる。奴らも同じように「蓋」に手をかざしていた。
このまま「蓋」が落とされても、私はこっそり脱出すれば助かるかもしれない。しかし出入り口が封鎖されることで、直人達は帰ってこれなくなるし、光軍の連中も同じように閉じ込められる。
つまり、確実に異空間組は助からなくなるんだ。
「ふざけんな………」
それはつまり、闇軍の仲間達や、雷など大切な友達を一気に失うことになるんだ。
――――――そんなの、許せるはずないだろ。
「落とせ」
「蓋」がゆっくり落ちてくる。嘲笑うような顔のまま、朝陽は視界に映らなくなった。だんだんと影が辺りを支配していく。音も遮断されていくのが分かった。
――――――私は、たとえ出られたとしても、生き残れる確率は低いだろう。何人もが待ち構えているんだ。袋叩きに遭って終わりだろう。
ならせめて、何かの役に立って死にたい。たとえそれが無意味に終わっても、奴のシナリオ通りに死ぬのは非常に腹が立つ。
だから、私は決めた。
「――――――フェンリル」
煙を上げ、小さな闇狼はその姿を現した。手のひらに収まる可愛らしい獣だが、こいつも立派な寄生獣。何年も私の魔力を溜め込んだ、魔力の獣だ。
フェンリルはおすわりをし、尻尾を振りながら私を見上げた。その瞳は期待に満ちていて、私の指示を待っているかのようだった。
「お前は可愛いなあ、フェンリル」
「キャン!」
「可愛いままでいてほしかったけど……ごめんな」
手のひらに闇狼を乗せ、間近で問いかけた。
「一緒に、戦ってくれるか?」
「――――――キャン!」
元気よく返事したフェンリルは、私の中に飛び込んできた。
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