17話―⑫『事の発端』
「じゃあ、行ってくる」
そう言って出ていったのは、果たして何人目だろうか。もう数えるのも面倒になるくらいの人数が戦地へ赴いた。必ずしも目的地が同じというわけではなく、それぞれ与えられた役目を果たす為の、各々の戦地だ。それでも皆の最終目的は共通している。
光軍を倒す―――これはゲームか何かかとツッコみたくなるような、馬鹿げていて真剣なゴールだ。
そもそもの発端は、闇属性の一人が襲撃されたことだった。たった一人の大怪我程度で、光軍の挑発に乗り、戦争紛いのことをするような軽はずみな行動はしない―――普通なら。
しかし、その「たった一人」が大問題だったのだ。
何故なら、その「たった一人」とは、私だったからだ。
「白夜を襲いやがって……」
今更言うまでもなく、直人は私に好意を抱いており、故に誰よりも怒っていた。
そうは言っても、光軍に襲われたことなんて今まで何度もあるし、直人もそれを知っている。だから何故、今更こんなにも怒るのだろうと、本気で潰してやるとまで言っているのか、初めは理解出来なかった。
ああ―――思い返してみれば、何となく予想はついた。
「危うく獣化しそうになったよ」
原因は、これだ。この一言が余計だったんだ。
私は獣化を使いこなせない。つまり、発動したらほぼ死んだも同然。だから直人は、いつも以上に危機感を抱き、そして行動に移してしまったんだ。
「心配しすぎなんだよ……あいつ……」
「影縫のことか?」
闇軍最年長のアサシン・霧返陰児の地獄耳に捕まった。この人はもう相当な年だというのに、一向に耳が遠くならない。若者の耳を移植でもしているのだろうか。
「奴はお前さんが大好きな変人じゃからな」
「本当だよ。黙っていれば女に困らない顔してるくせに」
「そういう意味じゃあ、お前さんも十分変人じゃな」
「私は恋愛に興味ないだけで変人じゃない」
ケラケラと笑う陰児こと「陰ジィ」の背後に、小柄な少女―――じゃなくて、小柄な女性の『日和見
「陰ジィ、行くよ」
「はいよ。じゃあ行ってくるぞ」
「気を付けて。あ、黒那さん」
なに、と言いたげな表情で振り向かれる。睨むような朱色の瞳は、無駄な会話を嫌っている。だからなるべく話しかけないようにしてきたが、今は言わなければならないことがある。
「私の友達は………殺さないでください」
光側の雷と繋がりのある私は、軍の中でも特に有名だ。それ故、私の交友関係は大体バレている。この場合の「友達」が誰のことなのか、黒那さんには分かるはずだ。
「………行こう、陰ジィ」
返事はもらえなかった。しかし、彼女のことを信じるしかなかった。
それから拓夜も出ていき、この隠れ家には私含め数人だけになった。直人の過保護も理由の一つだが、怪我が治りきっていないのも、私が戦いに行けない原因の一つだ。足手まといにはなれない。
――――――とは思っていたのだが。
「シーーーーーローーーーーちゃーーーーーん!」
秋桜から居場所を聞いたのか、睡蓮が物凄い勢いで腹を貫いてきた。当然幽霊だからダメージはゼロだけど、慌てている様子が私の不安を煽った。
「どうした?」
「もお! シロちゃん! どうして黙っていなくなっちゃったの! 心配したんだからね!」
「ごめんって。それで、どうかしたのか?」
「あっ、そうそう! 大変なの!」
―――その報告は、衝撃的で、かつ信じられないものだった。
雷の家―――つまり天神家の敷地に入った人間が、こぞって姿を消したというのだ。
「どういうこと?」
「分かんないんだよお! 塀の中に入ったらみんな消えちゃったの! パッて!」
どうやら軍関係なく、入った瞬間に消えるらしい。ますます意味が分からん。
「僕もわけ分かんなくて! 入ったら分かるかなーって思って入ってみたんだよ!」
「勇気あるな〜」
「えへへ、そお? それでね、偶然にも結界は無かったから入れたことは入れたんだけど、誰もいなくて……」
「誰もいないわけはないでしょ。だって今、光軍はそこで待ち構えてるって……」
「えーっとね、いないっていうのは消えた人達のことで、家の中には人、いたよ。ただ……」
――――――二人しか、いなかったの。
しかもその二人のうち片方は、雷のお父さん―――天神朝陽らしい。
「意味が分からん」
「僕だって分からないよ! もっと護衛の人たくさんいて、軍の人たくさんいるのかと思ってたもん! でも家中探し回っても二人しかいなかったの!」
家の中にたった二人しかいないなら、偵察部隊がさっさとそれを報告して襲撃しているはずだ。そうじゃないってことは、偵察部隊がやられたか、天神家への道中で何かをされているか……だ。
それに………敷地に入って消えるとしたら、直人達はそもそも襲撃出来ない。
「なるほど……罠か」
「罠?」
「ああ、たぶん罠だ。襲われなければ護衛なんていらないしな」
このことを直人に伝えなければ―――私は携帯を取り出し、何日か振りに電源を入れた。身を隠す時は、追跡防止で必ず携帯を眠らせておく。その間外部と連絡出来ないのはかなり不便だ。
電話帳の画面を開き、はたと止まった。
直人は戦闘時、携帯を持っていかない。別の連絡手段があるからだ。拓夜や陰ジィ、闇軍全員同様だ。戦闘要員は、携帯は持ち歩いていない。
「まずい……どうやって知らせよう」
睡蓮に頼むには遅すぎる。恐らくあと数分後には襲撃を開始するだろう。つまり、今すぐ伝えなければ何の意味もない。
「あの……」
くいっと後ろから服を引っ張られた。振り向くと、私と同じように待機していた闇属性の少年がいた。彼はまだ幼い故、単純な戦力不足でここに残っている。彼の手には、文庫本程度の魔法道具が握られていた。
これは瞬間移動の魔法道具だ。非常用の為に、複数ある隠れ家に必ず一つ置いてある。これを使えば、どこにでも逃げることが出来る。
「これ、使ってください」
驚いた。まだろくに戦えない彼が、いざという時の助かる船を、自ら壊すようなことをするなんて。
そして、感心するほど察しがいい。
「ありがとう。じゃあ君を先に……」
「僕はいいので早く行ってください」
怒りを含んだような声で促される。どうやら気遣うまでもなく、覚悟は出来ているようだった。私は本を受け取り、ページをめくる。
作戦実行まで、あと数秒。今間に合うとしたら、その場に現れるしかない。そうしたら、敵の目の前に飛んでしまう可能性もある。
それでも、仲間を助ける為になら―――。
「飛べ!」
光に包まれた。音も映像も、何もかもが白に染まった。その中で、誰かの声が木霊した。それは、どこか懐かしい声。
「『私』は《私》だ。それを正しく認識しているのなら、今更何を怖がる?」
私は、わたし―――?
そうだよ。私は私だ。他の誰でもない、冷幻白夜だ。
今更、何を確認するというんだ。
「――――――ッ!」
急に視界が切り替わった。薄暗い空間に、様々な色が浮かんでいる。二人のヒトが、私を見上げた。橙色の瞳と目が合った瞬間、状況が理解出来た。
――――――いきなりラスボスの前に現れてしまった。
――――――ドォオオオオオン
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